約束のデート
翌朝。
俺たちは王都を出て、東の山中にある廃墟へと向かっていた。
その道中、俺の話を聞いていたセラフィーナが驚きの声をあげる。
「竜人族──って、あの竜人族ですか? 数百年前に絶滅したという」
「ああ、どうもそうらしい。実際には絶滅はしていなくて、生き残りは人里離れた場所に隠れ住んでいたんだとよ」
「にゃーにゃー、その竜人族ってなんにゃ? ミィナ全然知らないにゃ」
ミィナもまた、会話に交じってくる。
それを聞いたセラフィーナが、やれやれと肩をすくめた。
「駄猫は無学ですね。仕方がありません。私が説明してあげましょう」
「むっかぁーっ! どうしてセラフィーナは、そういうムカつく言い方するにゃ! 別にいいにゃ! ミィナはダグラスから教わるにゃ!」
「ダグラス様のお口を煩わせるなと言っているのが分からないんですか、この駄猫! いいから私から聞きなさい!」
二人はおでこをつつき合わせていがみ合うと、互いにふんとそっぽを向く。
俺はそれを見て苦笑する。
飽きもせずによくやり合う二人だ。
「ほれほれ、喧嘩しない。いつも言っているけど、嫁同士仲良くな」
俺が二人の頭に手を置いて一人ずつなでてやると、猫耳少女と第六王女はともに頬を赤らめておとなしくなった。
それを見ていたエレンは、ふむふむとあごに手を当てる。
「うーん、二人ともかわいいなぁ。──ねぇダグラス、ボクも二人と喧嘩してみせたほうがいい?」
「やめてくれ。これ以上いさかいが増えても困る。エレンはエレンのままでいてくれ」
「りょうかーい♪ じゃあボクの頭もなでなでして、ダグラス♪」
脈絡が分からないが、そう言ってくるのでエレンの黒髪もなでてやる。
エレンは「えへへっ」と笑って、嬉しそうに俺に寄り添ってきた。
と、今度はロンバルディアが、思念会話を飛ばしてくる。
『わが主よ~。また我のことを忘れておるじゃろう。ほかの嫁たち同様、我のこともなでるがよいぞ』
「いや、つっても斧のままじゃ」
『斧のままでも構わん。ほれ、こう斧頭のあたりを優しくなでてくれれば』
「ん……? こうか?」
『そうそう、それじゃよ。……あ~、気持ちいいのぅ。蕩けそうじゃ』
ロンバルディアの斧頭──両刃と柄との接続部分辺りをなでてやると、ロンバルディアが気持ちよさそうな思念を送ってきた。
よく分からんが、そういうものらしい。
さて、それはともあれ竜人族である。
昨日のクソガキ通り魔殺人犯──“竜神器十将”槍使いのマルクトは、自分のことを「誇り高き竜人族」と呼んだ。
竜人族というのは、これも十の首を持つ竜王セフィロトと同じく、伝承レベルの存在だ。
文献や伝承によれば、竜人族と呼ばれる種族は数百年前には人間とともに暮らしていたが、やがて何らかの理由で滅亡したという。
もともと数百年を生きるだけの寿命を持った種族だが、竜王セフィロトが封印されたことによって不死性を失っただとか、当時の人間たちから迫害行為を受けて滅びたとかいろいろな説がある。
だがそもそも滅亡していなかったというのが真実なら、それも世界が驚くほどの大発見だ。
今頃この森林王国ラクリースの王城は、この世紀の発見をどうするかで大騒ぎになっているかもしれない。
ちなみに竜人族のマルクトはほとんど人間と同じ姿をしていたが、あれは人化と呼ばれる技術らしい。
マルクトに人化を解かせたら、人間姿のときと基本同じ外見のまま、頭部に二本の角が生え、ドラゴンに似た尻尾と翼が生えた姿になった。
あんなクソガキでも、その見た目はちょっとかわいらしかった。
そして──そんな竜人族の生き残りの中でも、“竜神器”と呼ばれる十の武器に選ばれた十人がいて、それが“竜神器十将”と呼ばれるのだという。
その武器が与える力により、“竜神器十将”は並の竜人族と比べて遥かに強い力を持つ。
だが同じ“竜神器十将”でも、個人個人でその強弱にはかなりの差があるようで、マルクトはどうも十将の中でも最弱クラスのようだ。
マルクト曰く、「これで勝ったと思うなよ、クソ人間! ほかの十将はだいたい僕より強いからな!」とのことである。
──さてそんなわけで、だいたいマルクトより強い“竜神器十将”、そのうちの一人とのご対面である。
「来てくれたんですね、ダグラスさん。我ながら自意識過剰すぎて、来てもらえなかったら恥ずかしさで悶え死んでいるところでした」
山中の森の中にぽっかりと開けた場所があり、そこにうち捨てられた神殿跡のような建造物。
その建物の前で、儚げな笑顔とともに立つのは、空色の髪の弓使いの少女だ。
アイスブルーの瞳に敵意はなく、ただ切なさと悲しみと、それを押し殺そうとする意志だけが湛えられているように見える。
俺と彼女の今の距離は、走れば十秒もかからないで接触できるほどだ。
当然、すでに弓矢の射程内である。
だがすぐに攻撃してくる様子はない。
俺は空色の髪の少女──“竜神器十将”の一人、弓使いのビナーに返事をする。
「まあな。せっかくの美女からのデートの誘いだ。すっぽかすわけにもいかないだろ」
「ふふっ。浮気をするのに、奥さんたちを連れてくるんですね」
「浮気のつもりはないからな。嫁たち公認の仲だ。ただ、彼女らは見届け役だ。このデートに手出しはさせないし、そっちも彼女らに攻撃はしないでくれ」
「私のこと、ずいぶんと信用してくれているんですね。殺し合いましょうと言ったはずですけど、覚えていませんか?」
「覚えているが──ビナー、お前さんはマルクトと違って、根っから人殺しが好きってわけじゃないだろ。むしろできるなら人を殺したくはないし、人間とも仲良くしたい。だがお前さんの立場がそれを許さない──そんなところじゃないか?」
俺がそう問うと、ビナーは驚いたという顔を見せる。
「ダグラスさん、マルクトちゃんとも会ったんですか?」
「ああ。王都で通り魔殺人をやっていたんでな。昨日とっ捕まえて、王国騎士団に引き渡した」
「そうですか。……ダグラスさん、人間なのにマルクトちゃんに勝っちゃうんだ。すごいなぁ。これはひょっとしたら、私も負けてしまうかもしれないですね。でも──」
そこでビナーは、一息をつく。
少女は左手に弓を構え、右手で背中の矢筒から矢を一本引き抜いて、こう言った。
「──でも、マルクトちゃんを王国騎士団に引き渡したのは、まずかったかもです」
「は……? なんでだよ」
「さあ、なんででしょうね。私に勝って王都に戻れば、分かるかもしれませんよ」
「話す気はないってことか」
「はい。私とデートをしている間は、ほかのことに気を取られないでほしいですから」
「そうかい。じゃあお前さんを倒せば、教えてくれるな」
「できるものなら、やってみてください。──でも殺す気で来ないと、あなたが死にますよ」
ビナーは矢を弓につがえ、俺に狙いを定める。
「いや、きっとそうでもねぇさ」
俺は地面を蹴り、ビナーに向かって駆けだした。





