槍使いの少年
槍を手にした小柄な人影は、凄まじい速度で疾駆してくる。
あっという間に、こちらの懐に飛び込んできた。
そして──
「──もらった!」
俺の左胸を狙って、鋭く正確な刺突を繰り出してきた。
必殺の一撃。
回避は不可能。
槍は狙い過たず、ずぶりと俺の胸に食い込んだ。
だが──
「なっ……!?」
小柄な人影──見た目は十歳を少し過ぎたほどの少年のように見える──が驚きの表情を浮かべる。
槍は俺の胸に、指先一本分ほど浅く突き刺さっただけだった。
俺の胸筋と闘気によって、槍の威力のすべてが受け止められたのだ。
強い闘気を持つ戦士は、その闘気による防御力を無意識的に急所に集中させるという。
心臓のある左胸、首、頭部、眼球などには、むしろ鉄壁の防御が敷かれている。
その防御を破るには、まずその戦士の生命力を削って、闘気防御を弱めるところから始めないといけない。
逆に初手からいきなり急所を狙うのは、相手を格下だと思っているときだ。
俺はニヤリと笑う。
「どうした少年。おじさんはもっと弱そうに見えたか?」
「くっ……!」
俺が左手で槍をつかもうとすると、少年は慌てて槍を引いて大きく飛び退った。
俺から距離を取った少年。
額に汗を浮かべて、無理やりに笑ってみせてくる。
「は、ははっ……危なかったぁ。その闘気量でその筋肉じゃ、掴まれたら終わりじゃん。──おじさん何者? それもう、まともな人間の領域じゃないよね?」
「そっちこそ、やはり見た目通りのかわいらしい少年ではないようだな。俺のことを『おじさん』なんて言っちゃいるが、どうせ俺よりも年上なんだろ?」
「あはっ、分かっちゃう? 困るなぁ、ちゃんと見た目で油断してくれないと。僕は強敵との真っ向力比べとか望んでないんだからさ。──あーあ、こんなことなら、数だけ達者な王国兵たちのほうを襲っていればよかったよ。今からでもそうしようかな?」
「俺がお前さんのことを逃がすとでも?」
「試してみる、おじさん? 速さはきっと、僕のほうが上だよ?」
「ま、通常ならそうだろうな。だが──【神速】!」
「えっ……?」
俺は速度倍化のスキルを使って、少年のもとに駆け込む。
予想外の速さに虚をつかれたのか、少年の初動が遅れた。
「──っらあ!」
「なっ……!?」
俺が斧を振るうと、少年はバックステップでかろうじて回避する。
だがロンバルディアの刃がわずかにかすり、少年の胸部を浅く切り裂いた。
俺はさらに地面を蹴り、少年との距離を詰める。
「くそっ……!」
少年は必死に、槍による攻撃を繰り出してくる。
その一撃は、俺の脇腹に突き刺さった。
それなりに深手だ。
だが俺はそれに構わず左手を伸ばし、槍を持った少年の手首をつかむ。
「しまっ……!? ──あぐぅっ!」
そのまま力づくで、少年を地面に押し倒した。
少年の右手首をつかんだ左手と、ロンバルディアを持った右手、それに脚なども使って少年を抑え込みにかかる。
「さあ、チェックメイトだ。いろいろと話してもらうぞ」
「くそっ……! 離せよおっさん! クソ人間が! 僕を誰だと思ってるんだ……!」
「通り魔殺人の犯人だろ。さあおとなしくしろ」
「ふざけんなよ! この痴漢! 変態!」
「ああ……? 何言ってんだ、安心しろ。俺に少年愛好の気は──」
俺に抑えつけられ、じたばたと暴れる少年。
ロンバルディアの刃がかすった胸部の傷は、俺と同様に【治癒能力】を持っているのか、すでにふさがりかかっていて──
──ぷるんっ。
……ぷるんっ?
少年の破けた衣服の下には、さらしが巻かれた胸があった。
今はそのさらしも破けて、さほど大きくはないにせよ柔らかそうな胸が、ぷるぷると自己主張していた。
……おや?
「お前、ひょっとして女か?」
「僕が女だったら何だっていうんだよ! 早く僕の上からどけよおっさん! 殺すぞ! 殺してやる! このクソ人間が!」
「いや、お前さんを解放するって選択肢はないんだが……」
それこそこいつの言うとおり、女だからどうだということはない。
こいつが通り魔殺人の犯人であることはおそらく間違いないだろうし、であるならば捕縛して王国騎士団に突き出すのが筋だ。
だが、そうしていると──
「くそっ……もういいよ……犯すなら犯せよ、バカ人間……」
瞳に涙をためて、あきらめたように全身から力を抜く少年──じゃなくて少女。
いや、待て待て。
「人聞きの悪いことを言うな。──で、お前さん、名前は?」
「……マルクト。誇り高き竜人族にして、“竜神器十将”の一人、槍使いのマルクト、それが僕だよ。……ぐすんっ」
「あのさ、俺が悪いことしてる感じになるから、そうやって泣くのやめてくれるか?」
「バーカバーカ! おっさんのバーカ! 死ね! 死んじゃえ!」
瞳いっぱいに涙をためて、駄々っ子のように喚くマルクト。
こんにゃろう。
わざとやっているのか、そうでないのか。
事情を知らない人に見られたら、確実に誤解されるよなこれ……。
一般人に夜間の出歩き禁止令が出ていて本当に良かった。
「じゃあ次の質問。──といっても、これは確認なんだが。お前さん今、“竜神器十将”って名乗ったよな? じゃあ大剣使いのティフェレト、弓使いのビナー、杖使いのコクマーって名前には覚えがあるか?」
そう聞くと、マルクトは驚きの表情を浮かべる。
「な、なんでそれを……」
「やっぱり知り合いなんだな。お前たちはいったい何なんだ? 何を目的に動いている?」
「……話したら、逃がしてくれるのか?」
「いや、それは無理」
「なんだよーっ! そんなの話すだけ損じゃん!」
「まあな」
それで話してくれないなら仕方がない。
話したら逃がしてやるってわけにはいかないからな。
だが──
「……人間を殺すんだよ。たくさん。この竜神器に、人間の命をたくさん吸わせるんだ。そうすれば僕たちの女王が、より完全な形で復活する」
マルクトはぼそりと、そう語り始めた。
「女王?」
「ああ。僕たち竜人族を含めた竜族の女王、十の首を持つ竜王のセフィロト様だよ」
「何だと……!?」
今度は俺が驚きの声をあげる番だった。
十の首を持つ竜王セフィロト──
それは数百年の昔、古代魔法文明時代に暴れたという、おそるべき力を持った伝説の邪竜の名前だ。
その力は古竜をも遥かに上回り、全盛期には神にも及ぶと思えるほどの破壊の力を見せたという。
そのあまりの怪物的な能力は、今よりもはるかに優れた魔法文明を持っていた古代魔法文明期の人々の手にすら余るもので、幾多の英雄的大魔法使いが集っても滅ぼすことはできず、封印するのがやっとだったという話だ。
無論、それは過去の文献にそのように記述されているという話であり、事実であるのかどうかは知る由もないのだが……。
「……それでお前さんは、通り魔殺人をして、人間を殺していたってわけか。三日前に十二人の見回り兵士たちを殺したのもお前か?」
「ああ、そうだよ。──まあでも、僕にとっては女王復活のためなんてのは、口実みたいなもんだけどね? 僕は弱い者いじめが大好きだし、人を殺すのも大好きだし、何よりも人間たちの絶望した顔や、苦しんで悲鳴を上げる人間の姿を見るのが大好きなんだ」
「……お前それ、本気で言ってんのか?」
「ああ、本気だよ。キミたち人間はそうじゃないの? 自分以外の誰かが苦しんでいる姿を見ると、胸がゾクゾクってして快感が湧き上がってくる──そうじゃないのかな?」
「…………」
根っから邪悪──と断じるのが、妥当なのかどうなのか。
だがいずれにせよ、こいつを放置しておいたらとんでもないことになる。
さらにいくつかの質問に答えさせた後、俺は用意しておいたロープを使って、マルクトを縛り上げていった。
俺自身でも抜け出せないほどのぐるぐる巻きのギチギチに縛り上げると、マルクトはぎゃんぎゃんと文句を言う。
「痛ぇっつってんだろ! もっと緩めろよこのバカ人間! 僕の玉の肌に傷がついたらどうすんだよ!」
「知らん。殺人鬼がわがままばっかり言うんじゃない」
「あーもうムカつく~! なんだよこのおっさん! 人間のくせになんで僕より強いんだよ! ホント死ねよな!」
「あー、はいはい。ちょっと静かにしてな」
俺はさらに、騒ぎ立てるマルクトに猿轡を噛ませていく。
うるさくてしょうがねぇ。
「むぅーっ! むぐぅーっ!」
芋虫状態になったマルクトを、荷物のように担ぎ上げる。
槍は別途回収。
そうして、拘束したマルクトを王国騎士団に明け渡すと、通り魔殺人事件はあっさり解決だ。
さて、明日はビナーとのデートの日だ。
楽しんでくるとしよう。





