通り魔殺人
「──殺人事件?」
俺が問い返すと、騎士の少女クロエはこくりとうなずいた。
「はい。『通り魔殺人』とでも呼んだほうが適切かもしれませんが──」
それは王城で報償金を受け取ってから、四日ほどがたった日の朝のことだ。
クロエが宿まで来て、俺たちに頼みたいことがあると言ってきた。
どうも国からの依頼らしい。
話している場所は、宿の食堂。
俺と嫁たちが腰かけたテーブル席で、クロエが説明を始める。
「ここ三日間の話ですが、この王都の街中で毎晩、通り魔殺人が起こっています」
「ふんふん。それは物騒な話だね」
エレンが干しイカをつまみながら、そう相槌を打つ。
緊張感がないようだが、日々物騒と戦っている冒険者なんてこんなものである。
「はい、物騒です。そこで私たち王国騎士や兵士が、夜の見回りを強化しているのが現状なんですけど……まずいことに、ミイラ取りがミイラになってしまっています」
「……ん? それはどういうことにゃ? 見回りをした騎士や兵士たちまで、殺されたってことにゃ?」
ミィナのその問いに、クロエは再びうなずく。
「はい。兵たちは必ず四人以上を一組にして見回りをしていたのですが……昨夜はついに、三組のチームが一夜の間に殺害されました。そのことはまだ民衆には知らされていませんが、いま王城の中枢では大騒ぎになっています」
「そんな……!? 王国騎士団の膝元でそのようなこと、街の人々に知れたらパニックになりますよ!?」
セラフィーナが驚きの声をあげる。
クロエはそれにも肯定の意志を見せ、説明を続ける。
「街の人々に現在伝えられているのは、夜中に通り魔殺人事件が頻発しているから、夜間の出歩きは控えるようにということだけです。今後の対応については、国王陛下とその側近、王国騎士団との間で様々な意見が出ていますが……その一つとして、ダグラスさんたちにも見回りをお願いできないかというものがあがりました。皆さんの強さを見込んでのことです。もちろん上級冒険者パーティへの依頼として、相応の報酬はお支払いします」
俺はクロエのその説明に、うなずいてみせる。
「なるほどな。ちなみにそいつは、俺たちだけで見回れって話じゃなくて、王国騎士団のほうでも人員は出すんだよな?」
「はい、もちろんです。ただ、一つのチームを何人で構成するかなどで、議論が紛糾しているのが現状で……埒が明かないので私はひとまず会議から抜けて、皆さんにお願いにきた次第です」
「そうか。お前さんもいろいろと大変だな、クロエ」
俺はふっと笑って、クロエの頭を優しくなでる。
プラチナブロンドの髪は、さらさらとしていて触り心地がいい。
が、その行動の違和感に気付いて、俺は慌てて手を引っ込めた。
「──っと、悪い。つい嫁たちにやるのと同じノリで、頭なでちまった。気を悪くしたなら謝る」
「い、いえ……。大丈夫です……」
俺に頭をなでられたクロエは、うつむいて頬を赤らめ、もじもじとしていた。
いかん、えらくかわいい。
「でも何にせよ、その通り魔殺人の犯人は、相当な手練れだってことだよね。──どうする、ダグラス? 手伝っておく?」
「そうだな……」
エレンの言葉を受けて、俺は思案する。
相手が手練れだというなら、それなりの強敵であることが期待できる。
強敵と戦うことこそ俺が強くなるための条件なのだから、そいつに遭遇して戦うことになるのは、俺にとっても望むところだ。
それに“竜神器十将”弓使いのビナーとの約束の日まで、まだ四日ほどある。
どうせこの地にとどまるのだから、もののついでで引き受けてもいいだろう。
「よし、分かったクロエ。適正額の報酬が約束されるなら、引き受けよう」
「本当ですか……!? ありがとうございます、ダグラスさん!」
クロエはその表情を、ぱあっと輝かせる。
なんだかんだで人死には避けたいだろうから、戦力が増えるのは嬉しいんだろうな。
***
そんなわけで、夜の見回りを引き受けることになった俺たち。
その夜から、さっそく見回りの任についた。
時間は夕食後から三時間ほど。
王都のあちこちをぷらぷらと歩き、外を出歩いている人を見かけたら、危ないから家に帰るように伝える。
ただ【守護乙女の祝福】は一時間しか効果がないので、効果時間が切れた後は俺が一人で見回りを行った。
素の状態でもエレンとセラフィーナはかなりの実力者だし、ミィナの知覚力の高さも見回りの役には立つのだが、まあ念のためにである。
セラフィーナなどは「ではダグラス様、ベッドを温めて、お帰りをお待ちしておりますね♪」などとかわいいことを言ってくれるので、見回りを終えて帰るのが楽しみになったりもしたのだが。
しかしそうして一日目、二日目と見回りをしても、何事も起こらなかった。
クロエの話によると、王国兵たちのほうにも、ここ二日間は襲撃も被害もなかったという。
王国騎士団がこの件に動員する兵数を増やし、一つの見回りグループの人数や質を大幅に上げたからかもしれない。
一個分隊──すなわち十数人から二十人ほどの人数で一組を編成し、しかもそれぞれの組に一人以上の騎士がついている。
それが何組もぞろぞろと見回りをしているのだ。
ヒルジャイアントやキマイラ、ワイバーンといったC~Bランク級のモンスターが現れても対応可能なぐらいの布陣であり、多少腕が立つ程度の殺人鬼では、それにのこのこ襲い掛かることは自殺行為だ。
強いて言うなら、狙われる可能性が高いのは、人数が少ない俺たちの見回り組だろうか。
それもここ二日間は、反応がなかった。
犯人からすれば、少人数で動いている俺たちは、逆に不気味なのかもしれない。
そして三日目。
明日は弓使いビナーとの、デートの約束の日だ。
クロエには、三日目までに何も起こらなければ見回りを終了する旨は伝えてある。
今夜が空振りに終われば、労賃だけもらってこの件からは身を引くことになる。
【守護乙女の祝福】の持続時間である一時間も終わり、俺一人での見回りの時間が始まる。
まあ、今日も何も起こらないだろうな──
そう思いながら、ひと気のない夜の王都の道を、ロンバルディアを肩に担いでぷらぷらと歩いていたときだった。
俺の行く手に、一つの小柄な人影が現れた。
その手には、一振りの槍を携えている。
小柄な人影が、口を開く。
「やあおじさん。おじさんだけ一人で見回りっていうのは、それだけ腕に自信があるってことなのかな? いつも途中まではもう三人、かわいい女の子たちがいるよね? どうして途中から一人になっちゃうの?」
少年のような声。
そんな言葉をぶつけてきながらも、小柄な人影は身を低くして、槍を両手で構える。
只者ではないと直感する。
俺もまた聖斧ロンバルディアを構え、答えた。
「二日間ずっと見ていたのか? 殺人鬼にしては慎重だな。それにミィナの知覚力で捕まえられないとは、大したもんだ」
「ミィナって、あの猫耳族の女の子のこと? あの子鋭いよね~。何度か気付かれそうになって、びっくりしたよ。この僕がだよ? 帰ったら褒めてあげたらいいと思うよ。──おじさんがここから、生きて帰れたらの話だけどさ!」
小柄な人影は地面を蹴り、俺に向かって猛然と突進してきた。





