国王への謁見
討伐部隊の指揮官、若き女騎士クロエに出会って、翌日。
彼女に連れられて、俺たちは森林都市ラクリースの王都へとたどり着いた。
その夜、俺たちはクロエから晩餐の席に招かれ、高級料理店にて豪勢な食事と酒でもてなされた。
その晩餐はクロエ個人からの感謝の気持ちだという。
国からも別に謝礼が出るだろうとのことだが、せっかくなので、ありがたく頂いておくことにした。
加えて、さらにその翌日。
俺は王城へと呼ばれ、謁見の間で報奨金を受け取ることになった。
国王が玉座に腰を掛け、重鎮たちがずらりと立ち並ぶ前で、俺とクロエはともに床に片膝をついて国王の言葉を待っていた。
老齢の国王は、玉座についたまま口を開く。
「旅の冒険者ダグラスよ。そなたら一党は、我が国の兵たちに加勢し邪悪なモンスターどもを打倒する手助けをしたと聞いた。しかもその働き甚大で、そなたらの助力がなければ兵たちは全滅していたであろうという。そなたらの働き、まことに重畳である。よってそなたには、金貨二百枚の報奨金を与える。受け取るがよい」
「ありがとうございます」
俺は兵士が持ってきた巾着袋を受け取る。
今の俺にとっては莫大な額ではないが、正当な報酬だと思うし、受け取れるものは受け取っておこう。
俺が巾着袋を受け取ったのを見て、国王は鷹揚にうなずく。
そして次には、俺の隣にいる人物へと視線を向けた。
「さて、次に騎士クロエ」
「はっ」
クロエは恭しく返事をする。
彼女の主君からの言葉なのだから、当然のことだ。
そんなクロエに、老齢の国王は冷徹さと慈愛がないまぜになったような目を向け、こう言った。
「そなたは此度の討伐任務で、指揮下の騎士四名をはじめとして、総勢二十七名の兵を失った。そればかりか、冒険者ダグラスの一党による偶然の手助けがなければ、部隊は全滅していただろうとの報告も受けている。これらの事実に相違はないか?」
「……はい。その点の事実関係につきましては、誤りはございません、陛下」
クロエは苦しげな声で、そう答える。
この王都に来るまでの道中で、俺もクロエから事のいきさつはひと通り聞いているが、確かにそこまでは事実としか言いようのないところだ。
クロエから聞いた、事のいきさつはこうだ。
くだんの村にアンデッドモンスターの群れが出現したという報告を受け、王国騎士団から一等騎士クロエを部隊長とした討伐部隊が編成され、派遣された。
部隊はクロエのほか二等騎士四名と一般兵士七十五名で編成された一個小隊であった。
「一等騎士」「二等騎士」というのはこの国の騎士のランクを表すもので、二等騎士が功績をあげるなどして出世すると一等騎士になるという。
通常のアンデッドの群れ──例えばスケルトンやゾンビの集団であれば、五十やそこらの数は、この八十名の兵力でまったく問題なく討伐できたはずだった。
イレギュラーだったのは、その五十のアンデッドすべてがグールであったことだ。
会敵してそうと判明した時点で、クロエは指揮下にある分隊長の二等騎士たちに、全軍撤退の指示を出したらしい。
だがその二等騎士たちは、部隊長であるクロエを臆病風に吹かれたと笑って、彼女の指示を無視。
彼らは兵たちに突撃の指示を出し、自らも「勇敢に」──言い方を変えれば「無謀にも」──グールの群れに馬上突撃を仕掛けたという。
二等騎士たちは、自分たちよりも年下の女性騎士であるクロエのスピード出世を快く思っていなかった上に、グールというモンスターに関する知識も欠けていて、ゾンビに毛が生えた程度のものだと認識していたらしい。
つまりのところ、今回の討伐部隊の惨事の責任は、第一には命令無視の独断先行を行った当の二等騎士たちにあるはずだ。
当人らはすでに死んでしまって責任を問えないとはいえ、その全責任を部隊長であるクロエが負うというのは、ちょっとばかり筋がおかしいのではないかと思うところだ。
だがそこに、国王の側近として立っていた一人の男が声をあげる。
「なんだね、騎士クロエ。『事実関係に誤りはありません』で終わりかね? キミはこの国の大事な騎士や兵士を、そして二十七人もの大事な命をむざむざ死へと追いやったのだぞ? 陛下の前で泣いて謝って、自ら降格を願い出るぐらいのことをするのが当然だと私は思うのだが、そうではないかね?」
おそらくはこの国の大臣の一人であろう。
歳は五十絡み。
その厭味ったらしい喋り方のせいもあり、俺はその男に一瞬で不快感を覚えていた。
だがその言いざまにも、クロエは──
「……申し訳ありません」
声に悔しさをにじませながらも、言い訳一つせずに耐えようとしていた。
たしかにクロエにも、指揮官としての責がまったくないわけではないだろう。
ひょっとすると彼女にも、もっとほかにやりようはあったのかもしれない。
それに騎士の美徳として、みっともない言い訳を良しとしないのも分からないでもない。
部隊を統括する総責任者として、指揮下で起こった問題のすべての責任が自分にあると考えるのは、責任感ある指揮官の模範的態度であるともいえよう。
だがなぁ……。
俺から見れば、これはどうにも理不尽な話に思える。
「あー、俺は部外者ではあるんだが、一つ発言させてもらってもいいか?」
俺は挙手をして、そう進言した。
するとクロエを罵倒した男が、俺のほうをぎろりと睨みつけてくる。
「何だ、冒険者。部外者の自覚があるなら、口を挟まないでもらおうか」
だがそれには、国王からの仲裁が入る。
「いや、構わぬ。──旅の冒険者ダグラスよ、本件に関して何か言いたいことがあるなら申してみなさい」
あの大臣らしき男はむやみに敵対的だが、国王はまだ話が分かる印象だ。
発言許可をもらった俺は、国王に向かってまずは確認をする。
「今回の惨事の一番の原因は、クロエの指示に指揮下の騎士たちが従わず、そいつらが独断で動いたことにあるわけだが──国王陛下、その旨の報告は受けていますか?」
「むっ……? いや、その報告は受けておらぬな」
国王の口から漏れた、意外な言葉。
一方、その国王の言葉には、クロエが驚きの声を上げる。
「えっ……? 私はその旨も、騎士団長に報告をしたはずですが……」
謁見の間がざわめく。
俺は心の中で、なるほどなと得心する。
意見そのものを言う前に、事実関係の確認をしておいて正解だった。
ときどきあるんだ、こういう情報の行き違いが。
国王は側近たちへと言葉を向ける。
「騎士団長カルロス、騎士クロエからその報告は受けておったか?」
「はっ、確かに。その旨は大臣のアウグスト殿にそのままお伝えいたしました」
「ふむ……。アウグスト、わしはそなたから、そのような報告は受けておらぬが、どういうことか」
そう言って国王が視線を向けたのは、クロエを罵倒した例の男だった。
男──アウグストは、苦虫を嚙みつぶしたような顔でこう答える。
「も、申し訳ありません。陛下にご報告する必要のないことと愚考いたしまして、そちらの報告は省かせていただいた次第にございます」
「そうか。だがこれは失態であるぞ、アウグスト。今後、報告があった旨は、細大漏らさずわしに伝えなさい。よいな?」
「はっ……まことに申し訳ありませんでした……」
アウグストは国王に向かって深々と頭を下げた。
だが俺の位置からは、その顔は憤怒と屈辱に歪み、ギリギリと歯ぎしりをしているように見えた。
一方で国王は、俺のほうへと向き直る。
「旅の冒険者ダグラスよ、貴重な情報を伝えてくれたこと、感謝する。ほかに何か意見はあるかな?」
「いや、それが伝わっていなかっただけなら、それ以上はありません」
「そうか、ありがとう。──では、騎士クロエよ」
「はっ」
クロエは再び恭しく返事をする。
国王はそんなクロエに、こう伝えた。
「今の話を聞けば、此度のことが起きてしまった責任のすべてをそなたに求めるのは、酷であろうとわしは思う。だが一等騎士であるそなたには、そのぐらいの難事をどうにかできるだけの剛腕をも期待したいところだ。──一等騎士クロエ、此度の責は不問とする。今後とも精進を続け、より良き騎士となるよう努めなさい」
「はっ……! ありがとうございます、陛下。この騎士クロエ、今後ともさらなる精進を続けてまいる所存です!」
クロエは感無量といった様子で、少し涙ぐんでいるようだった。
俺はそれを見て、どこかほほえましい気分になったのだった。





