新たなる敵
俺と嫁たちが、グールの群れと戦っている騎士や兵士たちを助けに入ってから、しばらくの時が経過していた。
その頃にはグールの過半数は殲滅され、全滅させるのも時間の問題であるように思えた。
俺はロンバルディアを振るってグールを二体同時に屠りつつ、全体の状況を見渡す。
ミィナとエレンの二人は、人間離れした敏捷性でグールを寄せ付けない立ち回りを見せていたし、セラフィーナは乱戦に巻き込まれない位置から魔法で攻撃や回復を行っている。
騎士や兵士たちは、俺たちが到着した時点で部隊の三分の一ほどが倒れていたが、その後は実質的な被害はほとんどなく、戦闘を有利に進めているようだ。
無論、俺も問題はない。
グールは精鋭モンスターではあるが、今の俺にとっては鎧袖一触も同然の相手だ。
まだまだ油断はできないが、このまま順調にいけば、これ以上の被害者を出さずに勝てるだろう。
全部片付いたら、負傷者の治癒をセラフィーナに任せつつ、俺は指揮官と思しき女騎士から事情を聞くことにしよう。
そう思っていたのだが──
「──ダグラス! あそこの丘の上に、誰かいるにゃ!」
二本の短剣でグールの一体を切り裂きつつ飛び退ったミィナが、少し離れた場所にある丘の上を鋭く見据えた。
俺も飛び掛かってきた一体のグールを薙ぎ払いつつ、嫁の一人が指し示した丘の上へと視線を向ける。
暗くなってきた時間だし、よく見ないと分からないが、そこには確かに人らしきシルエットが一つあった。
手にしているのは杖だろうか。
背丈は高くなく、老人のようにも見える。
ついで、そこから声が聞こえた。
「ほっほっ。これはグールだけではどうにもならんの。──どれ、わしも一つ手出しをさせてもらうとしよう」
しわがれた老人の声がそう言って、シルエットが杖を掲げる。
いったい何だと思いながら目の前のグールを屠っていると、次にはこんな声が聞こえた。
「すべてを破壊する隕石よ、かの大地に墜ち、地を這う蟻どもを塵と化すのだ──メテオストライク!」
「「「なっ……!?」」」
セラフィーナ、エレン、そして兵士たちの驚きの声。
上空から、燃え盛る巨大な火球──否、「隕石」が一つ、俺たちに向かって落下してくる。
──あまりに唐突。
究極の攻撃魔法、隕石落下。
攻撃魔法を真に極めた一握りの術者のみが放つことのできる極大破壊魔法が、俺たちに向かって襲い掛かった。
「「「に、逃げろぉおおおおおっ!」」」
兵士たちが慌てふためき、我先にとその場から逃げ出そうとする。
だがもちろん、それで間に合うようなものではない。
あれが俺たちのもとまで落ちてくるのは、二秒後か三秒後か──いずれにせよ、一瞬だ。
古竜の絶大な防御力すら貫く破壊力が、人間の兵士の集団に襲い掛かったらどうなるか。
人の住居を何軒もまとめて破壊するほど広範囲の大地が穿たれ、その爆発的大破壊に巻き込まれた人間は、よほど大きな闘気を持った者でなければ塵のように消し飛んでしまうだろう。
だが──
隕石の落下目標地点は、どうやら俺がいる場所のようだ。
好都合である。
俺は聖斧ロンバルディアを大きく振りかぶる。
「──ロンバルディア、やれるな?」
『当然じゃ』
「よし──【魔断の斧】!」
俺は隕石が目前に来たタイミングを見計らって、ロンバルディアを振り下ろした。
光の軌跡が奔り、斧の刃が隕石を「斬った」。
それだけで──
隕石は光の粒となって、嘘のように消え去った。
──ロンバルディアが俺に与えるスキルの一つ、【魔断の斧】。
魔法やそれに類する現象を、ロンバルディアの刃が放つ光で「斬る」ことによって、その現象を打ち消す効果を持つ。
しかもこのスキルは、因果そのものを操って元から消し去るとか何とかで、それによって起こるはずの風や衝撃波なども含めて、綺麗に消し去ってしまうらしい。
もちろんそれにも限界があるということだが──まあ細かいことは置いておこう。
いずれにせよ、もはや落下してきた隕石は綺麗さっぱり消え去ったし、それによる被害もないということだ。
「げ、幻覚……だったのか……?」
「た、助かったのか、俺たち……?」
逃げ惑っていた兵士たちが、驚いた様子を見せている。
だが最も驚愕していたのは──
「な、なんじゃと……!? いったい何が起きた……!?」
当の魔法を放った、丘の上にいる人影だった。
想定外の事態なのだろう。
明らかにうろたえている。
だがそうだとしても、あいつをこのまま放置しておくのはまずい。
グールの残党などよりも、よほど優先して何とかするべき相手だ。
それに──俺は直観していた。
あれはティフェレトやビナーと同じく、まともな人間ではない。
手加減が許されるような相手ではない。
俺はロンバルディアを構え、二つのスキルを同時に発動する。
「──【ホーリースマッシュ】【トマホーク】!」
そして強く光り輝いたロンバルディアを、投げた。
本来、戦斧の形状をしたロンバルディアは投擲には適さないはずなのだが、そんな道理など関係ないというように高速回転して目標へと飛んでいく。
古竜を倒したことで手に入れた新たなスキルの一つ、【トマホーク】の効果だ。
「なんと……!? ぐぅっ──【空間跳躍】!」
斧が命中する直前、人影が消えた。
かと思うと、そこから数メートルほど離れた場所に忽然と姿を現す。
回転して飛んだロンバルディアが、ブーメランのように俺の手元に戻ってくる。
俺はそれをキャッチすると、再び投擲の姿勢をとる。
だが人影は、それ以上の追撃はしてこなかった。
代わりにこう言葉を向けてくる。
「おのれ、このわしが初手で【空間跳躍】を使わされるとはな……! 口惜しいが、ここは一度退くとしよう。──そこの斧使い、貴様は何者だ? わしのメテオストライクを消し去った奇怪な技に加え、その攻撃の圧、只者ではあるまい」
俺はその問いに、襲い掛かってきた次のグールを無造作に薙ぎ払いつつ答える。
「通りすがりの冒険者だ。名前はダグラス。この聖斧ロンバルディアのご主人様ってことにはなっているがな。──で、あんたこそ何者だ?」
「そうか、貴様も神器使いということか。──わしは“竜神器十将”が一人、杖使いのコクマーじゃ。運命が邂逅を望めば、いずれ再びまみえることもあろう。さらばじゃ」
そう言って人影は再び杖を掲げ、魔法を行使する素振りを見せる。
攻撃魔法を一応警戒したが、その魔法は人影の近くの地面にわずかな光を生んだだけだった。
その光に踏み入ると、数秒後に人影はその場から消え去った。
その現象は、エルフの魔法剣士オーレリアから受け取った「テレポートリング」の効果に似ているように感じた。
俺は知覚力に優れたミィナに聞く。
「ミィナ、もうこの周辺に、あいつの気配はないか?」
「ない……と思うにゃ」
「ダグラス様、最後に使ったあれは、おそらく瞬間移動の魔法です。そうであれば、術者にとってよほどなじみの深い場所か、数日以上の長期間をかけて事前準備をした場所にしか飛べないはず。この近辺には、もういない可能性が高いかと」
セラフィーナがそう補足してくる。
ちなみに俺を含めて全員、グールと戦いながらの情報交換だ。
まあ、あの「杖使いのコクマー」と名乗った人影は、言葉通りに退散したと見ていいだろう。
俺はそう考えて、グールの残党退治に精を上げることにした。
──しばらくの後には、俺たちはグールの群れを全滅させることに成功した。
ちなみに俺や嫁たちは、まったくの無傷。
兵士たちの実質被害も、俺たちが参戦した後はほぼ皆無といってよい状態だった。
あのまま放っておいたら、この部隊は全滅──皆殺しの憂き目に遭っていただろうから、この戦果は誇っていいと思う。
「ミィナ、エレン、セラフィーナ──三人ともお疲れ様。よくやったな」
戦闘を終えて俺のもとに寄ってきた三人の少女を一人ずつ抱き寄せて、頭をなでていく。
嫁たちは三者三様、嬉しそうに俺に抱き着いてきた。
するとそこに、麻痺が解けたらしき女騎士がやってくる。
女騎士は俺に向かって、深々と頭を下げた。
「旅の方々、このたびは本当に、ありがとうございました! ──あなたたちの手助けがなければ、私も私の部下も、すべて命を落としていたはずです。あなたたちは、私たちの命の恩人です。私は私にできるすべてを尽くして、この恩に報いたいと思っています」
感情のこもった声で、心の底からの感謝の言葉を向けてくる若き女騎士。
お、重い……。
いやまあ、この若い女騎士の立場にしてみれば、そのぐらいの恩を感じるのも分かる話ではあるのだが。
「そんなに気にしなくていいさ。俺たちも行き掛けの駄賃でやったことだ。報酬がもらえるならそれに越したことはないが、別に路銀や生活費に困っているわけでもないしな」
俺はひとまず、そう答えておく。
すると何を思ったか、エレンがにやぁっとした顔になり、目の前の女騎士にも聞こえる声でこんなことを言い出した。
「だったらさ、ダグラス。今度この美人の女騎士さんに、一晩を一緒に過ごしてもらったらどうかな? 助けたお礼としてさ」
「「は……?」」
俺と女騎士の声がハモった。
ちなみに女騎士は、頬を真っ赤に染めて、目をまん丸くしている。
エレンはさらに、女騎士には聞こえないように、俺に耳打ちをしてきた。
「──あの子、ダグラスに惚れてるよ。今の救出劇で、一発でハートを持っていかれちゃったみたいだね」
「……なんで分かるんだよ」
「なんとなく? 女の勘だね」
「いや、だからってなぁ……」
一方で女騎士を見れば、「あわわわわっ……」と焦った様子であたふたしていた。
「あ、あの、それは、その……確かに『私のすべてを尽くして』とは言ったけど……そもそも私なんかと一晩を過ごすのがお礼になるなんて、そんな……それはむしろ、私のほうがさらにお礼をもらっているっていうか……そ、そうじゃなくて……えっと、えっと……」
若き女騎士、大混乱である。
頭からぽひゅーっ、ぽひゅーっと蒸気を発している。
……やっべ、かわいい。
だが旦那としては、嫁の暴走を止めなければならない。
俺は女騎士に絡もうとしていたエレンを引っ張り寄せて、その口を手で塞いで黙らせる。
それから女騎士に向かって、こう伝えた。
「あー、うちの嫁が妙なことを言ってすまん。こいつはこういうやつなんだ、気にしないでくれ」
「ふぐーっ、むぐーっ!」
「い、いえ、その……私も変な言い方をしたのが悪かったっていうか……気にしてないっていうか……むしろ嬉しいっていうか……。あっ、いや、ええっと……そ、そうだ! もしよろしければ、王都までご一緒いただけませんか? そちらであらためてお礼をさせていただければと思います」
「お、おう、そうだな。そうしよう。こいつの言うことは無視しよう」
「むぐぐーっ、ふむむぅーっ!」
そんなわけで、エレンのせいで若干変な話にはなったが、それはさておいて。
俺たちは女騎士──クロエという名前らしい──とともに、王都へと向かうことになったのである。





