護身と殺戮
森を貫く、一本の街道。
乗合馬車とその御者、それにかわいい嫁たちを背に守るように立った俺は、襲い掛かってくる野盗どもを迎え撃つ。
「この人数を相手に勝てるつもりか、おっさん! ──死ねぇ!」
「「「ヒャッハーッ!」」」
前方から駆け寄ってきた男たちが、思い思いの武器を振り上げ飛び掛かってくる。
まずは四人。
俺は斧を水平に構え──
「──せめて百倍の人数を連れてこい!」
聖斧ロンバルディアを横薙ぎに振った。
なまくらな刃は、四人の男たちをまとめて捉え──
ゴキャメキャボキゴキッ──ズドォオオオオンッ!
「「「「ギャアアアアアッ!」」」」
全員をまとめて吹っ飛ばして、森の木々へと叩きつけた。
吹き飛ばされた男たちは白目をむいて泡を吹き、ずるりと崩れ落ちる。
「「「は……?」」」
それを見て足を止め、呆気にとられる残りの野盗たち。
いずれも驚愕した様子で目を見開いていた。
「よ、四人をまとめて、吹き飛ばしただと!? 嘘だろ……!?」
「しかも斧を一回、振るっただけに見えたぞ……!?」
「な、何だあのおっさん……ありえねぇ……」
勢いづいていた野盗たちは、今や完全に浮足立っていた。
一方で俺の背後からは、エレンの声が聞こえてくる。
「うへぇ、容赦ないなぁ……。ねぇダグラス、なるべく殺さないって言ってたけど、あれってもう何人かは死んじゃったんじゃないの?」
「さぁな。一応斬ってはいないんだが、それ以上は知らんし、面倒も見切れん。向こうも殺しにきているんだから、その程度のリスクは負ってもらう」
「あ、そういう感じなのね。オッケー、了解」
そんな軽い返事が戻ってきた。
わざわざ殺すこともないが、一人も死なないように慎重に扱ってやる必要もない。
降りかかる火の粉を払うのが第一だ。
すると野盗のリーダーと思しき男は、新たな指示を出す。
「くそっ……! だったら女どもを押さえろ! 女を人質にすりゃあ、あのおっさんも手ぇ出せなくなるだろ!」
「「「お、おうっ!」」」
横合いの森に隠れていた男たちが数人、飛び出してくる。
狙いは、俺の背後にいる嫁たちのようだ。
だがそれも当然、織り込み済みだ。
「まったく……そんな浅はかな戦術を、ダグラス様が見抜いていないとでも? 愚かな下郎ども、眠りなさい──スリープ!」
セラフィーナの魔法が炸裂し、彼女らに襲い掛かったうちの三人ほどをバタバタと眠らせた。
さらに残った数人には──
「はっ、バーカ! ボクたちがお前ら程度に捕まるかっての!」
「おととい来やがれにゃ!」
エレンとミィナが武器を手に飛び掛かり、あっという間に制圧していく。
【守護乙女の祝福】を得たうちの嫁たちを凡百の野盗がどうこうしようというなら、あれの十倍の人数は用意しないと話にならないだろう。
そんなわけで、あれよあれよという間に、野盗のうち十人以上を無力化した俺たち。
一気に手勢の半数を失った野盗のリーダーは、あからさまにうろたえていた。
「そ、そんな……バカな……!? たった四人の冒険者なのに……つ、強すぎる……!」
一方で俺はロンバルディアを肩に担ぎなおし、男たちに向かって問いかける。
「さて、もう一度確認だ。これ以上多くのものを失いたくなければ、立ち去ったほうが賢明だと思うがどうだ? 俺はここで、世のため人のためにとお前たちを皆殺しにするのには、少々のためらいがある。これ以上俺たちに危害を加えないなら、まだ見逃してやれるんだが」
「ぐっ……くそっ……たかだか冒険者のおっさん風情が、調子に乗りやがって……!」
野盗のリーダーと思しき男は、武器を持った手をぶるぶると震わせる。
と、そのときだった。
「──【剛弓】」
俺の背後から、少女の声がした。
同時、「ボッ!」と何かが激しく空を切るような音がして、何かが俺の横を豪速で通りすぎた。
「なっ……!? 何が……ガハッ……!」
野盗のリーダーと思しき男が、吐血した。
男の胸には、風穴が空いていた。
そう、風穴だ。
攻城弩の矢弾で撃ち抜かれたとしたら、あのぐらいの傷口ができることもあるかと思うような。
男の体が、ぐらりと倒れる。
倒れた男の体は、一度だけびくびくと痙攣してから、やがてぴくりとも動かなくなった。
大地に赤い染みが広がっていく。
背後へと振り向いた俺が見たのは、意匠を凝らした弓を手にした、空色の髪の少女だった。
「──逃がさないでください、ダグラスさん。あいつらは私の獲物であり、私たちの女王に捧げる供物なんですから」
瞳の色は、今や空色というよりはアイスブルー。
氷のような冷たさを持った瞳が、野盗どもを鋭く射抜いていた。
少女から小動物のような愛らしさは消え、今は冷徹な殺し屋のごとき気配をまとっている。
その小柄な体からは、うっすらと闘気の輝きが立ち昇っているようにも見えた。
そうしてほかの誰もが呆気にとられ、動けずにいる中。
弓を手にした少女ビナーは、流れるような動作で次の矢をつがえ、放った。
──ボッ、パァンッ!
再び野盗のほうを見れば、そのうち一人の頭部が四分の一ほど弾け飛んでいた。
その男も倒れ、大地を血に染めていく。
先に倒れたリーダーらしき男と、今倒れた別の男の体から、何やら靄のようなものが抜け出して、ビナーが手にした弓に吸い込まれていく。
「ヒッ、ヒィッ……!?」
「な、なんだあの女、ヤベェぞ! ──に、逃げろぉっ!」
恐怖に取りつかれた野盗の男たちは、我先にと踵を返して逃げ出していく。
だがそうして逃走した男たちを狙って、ビナーはさらに矢を放っていく。
一人の胴を撃ち抜き、別の一人の頭部を吹き飛ばせば、やはり同様に死体から靄が出てきてビナーの弓に吸い込まれる。
そのあたりで残る男たちは森の奥へと消えたので、ビナーはそれを追いかけようと駆け出していく。
俺は、殺戮者となった空色の髪の少女に向かって、声を張り上げる。
「──ビナー! お前さんはいったい、何者なんだ!?」
するとビナーは野盗を追いかけていた足を止め、俺のほうへと振り向いた。
そして儚げな笑顔とともに、こう言った。
「……ダグラスさん。皆さんとは仲良くできるかもしれないと思ったけど、やっぱりダメそうです。──私は“竜神器十将”の一人、弓使いのビナー。私はこれからたくさんの人間を殺します。十日後、王都の東にある廃墟で待っていますから、私を止めたかったら来てください。殺し合いましょう」
そしてビナーは、恐ろしい速度で森の中を駆けていって、俺の視界から消え去ってしまったのだった。





