邪竜の襲撃
闘技大会があった日の、翌朝。
宿の一階にある食堂で、嫁たちとともに朝食を食べ終えたときのことだ。
宿の入り口の扉を開き、踏み入ってくる姿があった。
エルフの魔法剣士、オーレリアだ。
オーレリアは食堂にいた俺たちを見つけて早足で歩み寄ってくると、唐突に、俺に向かって深々と頭を下げてきた。
「ダグラス殿、あなたたちに折り入って頼みがある。──わが故郷を救うため、手を貸していただけないだろうか。頼む、この通りだ……!」
俺はきょとんとする嫁たちと、互いに顔を見合わせる。
だがオーレリアは焦った様子で、俺たちに向かって重ねて頼み込んできた。
「ダグラス殿、どうかあなたたちの手を貸してほしい。報酬であれば可能な限りのものを支払う。頼む、一刻も早く、私とともに我が故郷まで──」
「──ちょ、ちょっと待って、オーレリア。落ち着いて。ねぇどういうこと? オーレリアの故郷に何かあったの? オーレリアの故郷っていうと、エルフたちが住んでいる場所?」
冷静さを欠いている様子のオーレリアに、エレンが寄り添って嗜め、席を勧める。
だがオーレリアは、それすらももどかしげな様子だ。
「いや、なんならこのまま聞く。話を続けてくれ、オーレリア」
俺はエレンを制して、オーレリアに話の続きをうながす。
オーレリアはうなずくと、気が急いた様子で話しはじめた。
「私の故郷であるエルフの集落から、つい先ほど連絡が入ったのだ。──集落が残虐なる邪竜、グリーンドラゴンに襲われて半壊したと」
「グリーンドラゴン……! ダグラス様、それって……」
セラフィーナが驚きの声をあげる。
予見の夢の出来事が、ここで現れたか。
俺はそんなセラフィーナに向かってうなずいてから、オーレリアに問う。
「それで俺たちに、そのドラゴンの討伐を手伝ってほしいってわけか」
「ああ、そのとおりだ。だが……ドラゴンだけではない。そのグリーンドラゴンの配下のオークやゴブリンどもが今現在集落にいて、我が同胞たちに非道な行為の限りを尽くしているというのだ」
「にゃっ……!? ──ちょっ、ちょっと待つにゃ。ドラゴンって、オークやゴブリンを配下にしたりするものなんにゃ!?」
そのミィナの疑問には、セラフィーナが額に汗を浮かべつつ答える。
「……ええ。邪悪な竜族の中には、自分より弱いモンスターたちを従えて、人族の里に対して征服・侵略行為を行うものもいると言われています」
「で、でも、だとしてもオーレリア、その話おかしいよ。ついさっき連絡が来たって言ってたけど、どうやって? 誰かがそのエルフの里から馬か何かで知らせに来たなら、その……悪いけど、もうとっくに手遅れなんじゃ……」
エレンのその指摘には、オーレリアは「そうではないのだ」ともどかしそうに首を横に振りつつ、懐から一つの宝石を取り出す。
「この宝石は、『メッセージストーン』と呼ばれるマジックアイテムだ。一日に一度、これと対となる石を持つ相手と、相互に短いメッセージを送り合うことができる。これで私は、片割れを持つ故郷の同胞からメッセージを受け取ったのだ」
「……なるほど、状況は分かった。だがもう一つ疑問がある。そのエルフの里は、この街のすぐ近くにあるのか? 今から急行して間に合うのか?」
俺がそう問うと、オーレリアはさらに左手に嵌めた指輪を見せてくる。
「この指輪は『テレポートリング』。きわめて希少なマジックアイテムだが、使い切りで三度だけ、使用者が思い浮かべる任意の場所に自身を含めた最大六人までを瞬間移動させることができる。なんならこの指輪も、事が終わった後には譲渡しても構わない。──頼む、ダグラス殿、この通りだ! きっと私だけで向かっても、オークやゴブリンは散らせても、老師の力でも敵わなかったというおそるべき邪竜を倒すことはできないだろう。どうか──どうか我が故郷を救うため、力を貸してくれ……!」
オーレリアは再び、俺に向かって必死の様子で頭を下げた。
今現在、自らの故郷が襲われているというのだ。
気が気ではないだろう。
ほかにもいくつか気になる点はあるが、事が急を要することと、話の要点までは分かった。
ここは詳細の確認は後回しにして、迅速に動くべきだろう。
俺はミィナ、エレン、セラフィーナの三人に確認する。
「俺はオーレリアに協力してやりたいと思っている。ひょっとすると厄介な事態になるかもしれないが──三人とも、ついてきてくれるか?」
すると三人とも、真剣な顔でうなずいた。
「もちろんにゃ。ダグラスが行くって決めたんなら、ミィナは地の果てまでもついて行くにゃ」
「うん、当然だよ。それにどうせ放っておいたら、オーレリアは一人で行くに決まってる。ボクは友人を見殺しにするのは嫌だよ」
「私の運命は、ダグラス様とともにあります。どうか私たちにお気遣いなく、ダグラス様は自らの為すべきと思うことを為してください」
俺は嫁たちの意志を受けて、大きくうなずく。
「よし。──オーレリア、聞いての通りだ。その頼み、引き受けよう」
「ありがとう……! ──本当にありがとう、恩に着る!」
オーレリアは俺の手を取り、感謝の涙を流した。
俺は嫁たちとともに手早く出立の準備を整えると、宿にはチェックアウトを伝える。
そしてオーレリアに連れられて、宿の近くにある人気のない路地裏へと向かった。
オーレリアが指輪を手に祈るような仕草をすると、数秒後、路地裏の地面に光り輝く魔法円が現れた。
俺たちが魔法円に踏み入ると、さらに数秒後──
視界の風景が、ぐにゃりと歪んでいった。
体感で数秒の後、景色が正常化する。
場所は、それまで俺たちがいた商業都市ベルフォードの路地裏ではなくなっていた。
そこは深い森の中にあると思しき、素朴な集落だった。
簡素な木造の住居が点在する、人間の村だとすれば少し大きめの規模の集落風景。
俺たちは、その集落の入り口と思しき地点付近に現れていた。
オーレリアと三人の嫁たちも、ちゃんと近くにいる。
だが──
その集落じゅうに広がる地獄のような光景は、まさに無惨の一言だった。
「いやぁあああっ……もう嫌ぁあああっ……誰か……助けてよぉっ……ひぐっ、あぐぅっ……」
「あっ、うっ……あぎっ、ひぎっ……もう……やめ、て……」
集落のあちこちからあがっている、エルフ女性の悲鳴。
そこかしこの道端で、オークやゴブリンどもがエルフの女性に群がっていた。
そればかりではない。
無惨に殺されたエルフの死体があちこちに転がり、あたりに血の匂いを充満させている。
邪悪さと残酷さを煮詰めたような、陰惨な陵辱と殺戮の風景が、あたりに広がっていた。
その状況を目の当たりにしたオーレリアが、総毛立った様子で怒りの形相を浮かべる。
「──貴様らぁああああああっ!」
エルフの剣姫は、腰からレイピアを引き抜いて駆け出していく。
レイピアは無論のこと新調されたもので、闘技大会で折られたものではない。
一方で、彼女よりは幾分か冷静なのが俺とその嫁たちだったが、いずれにせよ怒りの感情を持っていることには変わりなかった。
エレンが腰から剣を引き抜き、俺にぽつりと言う。
「……ねぇダグラス。ボクもオーレリアも、こういうのは嫌いだからね。望まない誰かを不幸にするのは、ボクたちは好きじゃない」
「分かってるよ。──【戦乙女の祝福】はまだ温存する。無茶はするなよ」
「分かった」
静かな怒りをたたえたエレンが、オーレリアが向かったのとは別の方向へと駆け出していった。
「ミィナとセラフィーナは、俺についてきてくれ。この集落にいるオークやゴブリンどもを掃除する。セラフィーナはドラゴン戦に備えて、魔法はなるべく温存してくれ。オーレリアの話によるとドラゴン自体は一度集落から飛び去ったというが、油断はするなよ」
「分かったにゃ」
「はい。ダグラス様の仰せのままに」
そうして俺たちもまた、邪悪なモンスターどもを掃討すべく、エルフの集落を歩み始めた。





