丘巨人との戦い
──数分前、ダグラス──
宿の前から見渡したところ、丘巨人は街の西門、東門、北の市壁方面の三ヶ所から、それぞれ一体ずつ襲い掛かってきているようだった。
例のエルフは、西門方面に向かったようだ。
そちらも心配でないわけではなかったが、旅行客と思しき人物がわざわざ自分から向かっていったのだから、それなりに勝算があるものと判断し、俺たちはほかの二ヶ所の迎撃に向かうことにした。
北の市壁が真っ先に破壊されて、丘巨人が街中に侵入していたので、俺がそちらを担当。
残る東門を、【守護乙女の祝福】によって変身したミィナ、エレン、セラフィーナの三人に任せることにした。
この三人でBランクのワイバーンをほぼ無傷で撃破できたのだから、三人がかりならC+ランクの丘巨人一体を相手に苦戦することはまずないだろう。
「だが危ないと思ったら、すぐに撤退しろよ。何度も言うようだが、俺はお前たちに何か大事が起こるのが一番嫌だからな」
「分かってるって、ダグラスってば過保護なんだから。でも多分だけど、この状態なら丘巨人一体ぐらい、頑張ればボク一人でも倒せると思うよ?」
「だとしてもだ、エレン。絶対に無理はしない。いいな」
「はぁーい」
親に叱られた子供のように、ぷっくーと頬を膨らませるエレン。
それを見て、ミィナとセラフィーナの二人が苦笑する。
「じゃあミィナたちは東門のやつを倒したら、西門の援護に向かうにゃ。ダグラスとも西門で合流ってことでいいにゃね?」
「ダグラス様のほうは心配ないとは思いますが。どうかご武運を」
「ああ。じゃあまたあとで、西門でな」
俺は三人と軽く抱き合ってから、嫁たちと別れて、市壁が壊された北のほうへと向かった。
ミィナ、エレン、セラフィーナの三人は、東門へと向かっていった。
しばらく街中を駆けて北の丘巨人の前に到着すると、そこでは街の防衛兵力らしき何人かが巨人と交戦していた。
弩で遠隔攻撃を行っている兵士が五人と、接近戦を挑んでいるのが一人。
接近戦を挑んでいるのはそれなりの手練れのようだったが、それも「一般兵士にしては」という領域だ。
通常状態のエレンよりも格下といったところで、さすがに単身で丘巨人の相手をするのは荷が重いと見えた。
実際にも彼は、俺が現場に到着する直前に丘巨人の蹴りの直撃を受け、窮地に陥っていた。
だが、あの実力で丘巨人をどうにか足止めしようと奮闘していた漢気には、俺も少し感じ入るものがあった。
死なせるには惜しい男だ。
俺は男を救助すべく、全力で現場まで駆けた。
……いや、嫁たちと抱き合ったりして余計な数秒を消費していなければもっと早く来れたという話もあるが、それも結果論だ。
この街の人々には申し訳ないが、俺にとってこの街を救うのは「ついで」でしかない。
たまたまこの場にいたし、問題なく勝てる相手だから、ついでに助ける。
俺にとっては、その程度のものだ。
俺はこの世のすべての人々を救う正義のスーパーヒーローになるつもりは、今のところはないのだ。
だが──
結果として間に合ったのなら、その男は殺させない。
俺は丘巨人のもとに駆け込むと、ロンバルディアを振るう。
男を握りつぶそうとしていた丘巨人の両手首が、それで切断された。
俺は切り離された丘巨人の手の中から、男を救い出す。
「ナイスファイト、よく頑張った。あとは俺に任せろ」
「あ……あんたは……」
「なぁに、ちょいと温泉に浸かろうと思ってこの街に立ち寄った、通りすがりの冒険者だよ」
男は重傷を負ってはいたが、今すぐ命を落とすというほどでもない。
俺は男を寝かせると、両手を失って苦痛の叫びをあげていた丘巨人へと向かう。
怒りを覚えるというのも筋違いだろうとは思うのだが、しかしそれでも、俺は少し怒っていた。
「……なあ、巨人さんよ。人間の集落を襲ったら痛い目に遭うって、ママから教わらなかったか?」
向こうも向こうで怒り狂って襲い掛かってきた丘巨人の鈍重な攻撃を回避し、俺はロンバルディアをさらに二度振るった。
一撃目で丘巨人の片脚を切断し、転倒したところに二撃目を振るって頭を叩き潰した。
そうして俺は、丘巨人を難なく撃破した。
「す、すげぇ……」
重傷を負った男は、呻くようにそうつぶやく。
俺はそんな男に、こう言葉を返した。
「俺はあんたのことも、相当すごいと思ったけどな」
もっともロンバルディアを手に入れる前の俺が、自分よりはるかに強いやつからそんなことを言われたとしても、微妙な気持ちになっただろうとは思う。
だから称賛というよりは、今のは俺の素直な感想だな。
「じゃあ悪い、俺は別の場所の援護に向かうわ。重傷のお前さんのことは、あっちの兵士たちになんとかしてもらってくれ」
「あ、ああ、頼む……すまない……」
「任せろ。東門のほうは今頃俺の嫁たちがどうにかしているだろうし、西門にはこれから俺が向かう。安心してくれていい」
俺はそれだけ言って男に笑いかけると、西門へと向かって駆け出した。
***
西門の近くまで来たとき、向かう先から凛とした女性の声が聞こえてきた。
「稲妻よ、我が敵を撃ち貫け──ライトニングボルト!」
辺りが一時だけ、パッと明るく輝く。
続いて、ずぅんと重たい地響きが鳴った。
少しして、俺は西門の前に到着する。
そこにあった光景は、予想外と言うべきか、予想通りと言うべきか。
打ち破られた門の前には、焼け焦げた丘巨人が一体横たわっていた。
その前に立つのは、ユカタ一枚を身にまとったエルフの剣士だ。
いや、目の前の光景や直前の出来事から予想するに、ただの剣士ではなく、強力な魔法も扱える魔法剣士なのだろう。
エルフは荒く息をつき、ユカタを今にも裸になりそうなほどに乱しながら、細身の剣を片手に立っていた。
周囲には幾人かの街の兵士がいて、そのうちの一人が「すげぇ……この化け物を、ほとんど一人で倒しちまいやがった」などとつぶやいていた。
そしてエルフの剣士は剣を鞘に納め、ユカタの乱れを直しながら、西門から踵を返す。
俺のすぐ横を通り過ぎていこうとしたので、俺はエルフに声をかけた。
「どこに行くつもりだ、エルフの魔法剣士さんよ」
「キミは……確か先ほど、宿の廊下ですれ違った冒険者だな。──丘巨人はもう二体いた。こんな小さな街の衛兵が、寡兵でまともに相手にできるモンスターではない。助太刀に行く」
「それなら必要ないと思うぜ。北のやつは俺が倒した。東門のほうも、今に俺の嫁たちが片付けてくるさ」
「何……?」
訝しげな顔を見せるエルフ。
そのとき東のほうから、三人の天使たちが走ってきた。
「お待たせ、ダグラス! 東門の丘巨人は倒してきたよ。──って、こっちももう終わった感じ?」
「にゃーっ、あれはダグラスがやった感じじゃないにゃね」
「魔法と剣による、二重攻撃でしょうか? ひょっとして、そちらのエルフの方が……?」
「ああ、どうやらそのようだ。それよりお前たちが無事で何よりだよ。三人とも、お疲れさん」
俺は三人の嫁を、まとめて抱きしめる。
神装姿の嫁たちは「にゃはっ」「えへへーっ」「このような人の見ている場所で、大胆です」などと言いながら、俺の腕の中に収まった。
そんな俺たちの様子を、顔をひくつかせながら見ていたのは、エルフの剣士だ。
「き……キミたちはいったい、何者だ……? 少数戦力で丘巨人を二体も倒したというなら、さぞかし高名な冒険者なのだろう」
俺は嫁たちを解放して、エルフに向かって答える。
「さて、どうかな。俺が名の知れ渡るようなことをしたのはつい最近だし、それがこんなところまで伝わっているか分からないが──とりあえず、あんたとは同じ宿みたいだし、宿に戻ってから話さないか?」
「いいだろう。同じ宿のよしみでもあるし、キミたちには興味もある。宿に戻って少し話をしようか」
そんなわけで俺たちは、エルフの剣士と連れ立って宿へと帰還したのだった。





