とある防衛隊長の奮闘
温泉街トルトレントの防衛隊長バーナードは、おそるべき巨人の脅威を前にして歯噛みしていた。
夕焼け空の下、市壁の一部を破壊して街中へと侵入してきた巨人は、何が楽しいのかげらげらと笑いながら、無造作に建物を破壊し、逃げ惑う人々を追い駆け回している。
巨人の動きは鈍重だが、歩幅が大きいため、実質の移動速度は並の人間よりもはるかに速い。
すでに何人もの犠牲者が出ている。
バーナードは巨人から逃げ惑う人々の悲鳴を聞きながら、建物の陰に隠れ、部下たちが弩の発射準備を終えるのを今か今かと待ちわびていた。
──その絶望的な報告がバーナードのもとに届いたのは、今から数分前のことだ。
防衛隊の詰所にいたバーナードが今日の夕食に思いを馳せていたとき、慌てて飛び込んできた複数の部下の口から、信じたくもない言葉が伝えられた。
話を総合すると、三体の丘巨人が、西門、東門、そして北の市壁側からこの街に攻めてきたという内容だった。
バーナードは部下たちに慌てて出撃指示を出した。
そして自らも鎖帷子を着込み、剣と盾を手にして、数人の部下とともに詰所を飛び出した。
このトルトレントの防衛隊の戦力は、今日が非番の者を含めても二十人ほどだ。
ゴブリンやオークの小集団程度が相手ならば、たいていはこれで対応できるが、丘巨人の相手となると十分とは言い難い。
しかもそれが三体ともなれば、これだけの戦力で対応するのは不可能とも思える。
西門と東門に戦力を集中して、北の市壁から攻めてきている一体はひとまず無視するしかないか──
そんなことを考えていると、さらに絶望的な報告が重なる。
「北の市壁の一部が破壊されました! 巨人が街の中に……!」
「なんだと!? クソッ、手抜き工事でもあったのか……! 分かった、俺が行く! 弩を持ったやつ五人、俺について来い!」
西門と東門の指揮は副隊長に任せ、バーナードは北の市壁を破って入ってきたという丘巨人を迎撃に向かった。
そして北の市壁近くで目標の姿を確認すると、部下たちに建物の陰に隠れて弩の射撃準備を指示した。
弩は強力で扱いも簡易だが、専用の道具を使って弦を引くなどのアクションに数十秒の時間を要する。
そのわずか数十秒が、今はもどかしくて仕方がなかった。
だがその待ち望んでいたときが、ついに来た。
「隊長、総員弩の射撃準備、完了しました!」
「よぉし! 出るぞ、あの化け物をハチの巣にしてやれ!」
バーナードの合図で、彼と同時に五人の部下たちが建物の陰から飛び出した。
そして街中で堂々と横暴を行っていた丘巨人にに向けて、五台の弩が照準する。
「撃てーっ!」
──バンッ、ババババンッ!
機械式の弓から、太矢が一斉に射出された。
そのうちの一本は狙いを外れたが、残りの四本は見事に丘巨人の体に命中した。
だが──
「き、効いていないというのか……!?」
防衛隊員の一人が、絶望の声でうめく。
巨人は四本の太矢がたて続けに命中した瞬間、確かにわずかな反応を見せた。
だが、それだけだ。
四本の太矢は巨人の体に突き刺さりはしたものの、丘巨人の分厚い皮膚と闘気の壁に阻まれ、いずれも深手には至っていなかった。
「む、無理だ……」
「あんな化け物、倒せるわけが……」
防衛隊員たちが、今にも逃げ出しそうな及び腰になる。
そこにバーナードの叱咤の声が飛ぶ。
「効いていないわけがあるか! あの巨人野郎は鈍すぎて、自分が力尽きて倒れるまで痛みに気付かねぇんだろうよ! ──俺が切り込んで、野郎の足止めをする。次の矢が装填できたやつからどんどん発射しろ。だが間違って俺に当てたやつには、枕元に化けて出てやるからそのつもりでいろよ!」
「「「「「は、はい!」」」」」
及び腰になっていた部下たちが、我を取り戻して矢の再装填を開始する。
バーナード自身は剣と盾を構え、丘巨人に向かって駆け出していった。
だが部下たちを激励したバーナード自身、内心では冷や汗を流していた。
彼我の距離は二十メートルほど。
巨人に向かって駆けながら、バーナードは思う。
(俺が切り込んで足止めをする、ねぇ……あの化け物相手に、足止めなんてできるかね)
自分が発したその言葉に、苦笑する。
防衛隊の隊長などをやっているバーナードだ、剣の腕にもそれなりに覚えがある。
防衛隊の平隊員との訓練だったら、三人や四人は同時に相手をしても互角に渡り合える程度の技量はある。
だがあの巨人を相手にして、どこまでやれるか。
やれるか、ではなく、やるしかないのだが。
(──ま、なるようになるさ)
そう思って、彼我の距離を半分ほど詰めたときだった。
丘巨人が、何かの八つ当たりをするように、その拳で近くの木造住居をぶん殴った。
その住居の一角がバラバラに砕かれ、風通しが良い状態になってしまう。
効いていないように見えて、弩のダメージが案外やつに苛立ちを与えているのかもしれない。
ざまぁ見ろ、とバーナードは思ったのだが、認識が甘かったことを彼は直後に知ることになる。
「キャアアアアアッ!」
「いやぁああああっ! ママっ、ママぁーっ!」
砕かれた住居の中から、女性と女の子の声が聞こえてきた。
そして丘巨人は、穴が開いた住居の中を覗き込み、その醜い顔をにたぁっと歪ませる。
「くそっ、冗談だろ……!?」
バーナードは悪態をつく。
避難をせずに、住居の中に隠れていた住民がいたということらしい。
近くに獲物を見つけた丘巨人は、風通しが良くなった建物の中にその長い手を差し入れようとする。
「テメェの相手はこっちだってんだよ、デカブツ!」
丘巨人の足元に駆け込んだバーナードは、挑発をするように叫び、剣で巨人の足に斬りつける。
だが──
「硬ってぇ……! 石を斬ってるんじゃねぇんだぞ!」
弩の食い込み具合から予想できたことではあったが、丘巨人の分厚い皮膚と闘気の壁は、バーナードの斬撃に決定打を許さない。
その一撃は浅く裂傷を与え、わずかに血を流させたものの、大した痛手を与えることはできなかった。
だが注意は引けたようだ。
一度丘巨人の足元から離脱し間合いを取ったバーナードのほうを、巨人の目が睨みつける。
「そうだ……! 俺だ、俺を狙ってこいよ、このうすのろ!」
もはや破れかぶれだ。
バーナードは決死の覚悟で、丘巨人と対峙した。
それから猛攻撃が、バーナードに降り注いだ。
丘巨人の攻撃は、リーチが長い、多少鈍重でも巨大だから実質速い、剣や盾での受け流しがまず無理、一撃でも直撃したら致命傷必至、などなどあって普通の人間にまともにさばき切れるものではない。
それでもバーナードは、持ち前の技量と経験と勘を頼りに、暴風のごとき攻撃をしばらくの間だが耐えた。
弩部隊の二射目が発射されるまで時間を稼いだことは、称賛されるに値する働きであったと言えよう。
だが弩の二射目がちらほらと命中しても、丘巨人を撃破するには到底至らず──そしてついに、バーナードにも限界が来た。
「がはっ……!」
丘巨人の何度目かの強烈な蹴りをついに回避し損ねて、バーナードは吹き飛ばされ、その体を近くの住居の壁に激突させた。
盾による防御も鎖帷子の防御力も、その恐るべき破壊力の前にはほとんど役には立たなかった。
いや、その一撃で命を落とさなかったのは、それらのおかげだったのかもしれないが。
そして、力なく崩れ落ちたバーナードの体を、丘巨人の両手が鷲掴みにし、力任せに握りつぶそうとする。
「ぐぁあああああっ……!」
バーナードは死を覚悟した。
いや、元より覚悟はしていたが、ついにそのときが来たと思った。
だが、そのとき──
バーナードをつかんでいた巨人の両手、その手首から先が、飛んだ。
両手首が切断された丘巨人は、一時、何が起こったのか分からないというように自らの腕を見る。
だがその切断面から血が勢いよく噴き出すのを見て、ついに苦悶の叫びをあげた。
一方で、その手首から先、バーナードを握りつぶそうとしていた手指は、その場に現れた一人の男の剛腕によって開かれ、勇気ある防衛隊長はその命を失う前に救出された。
「ナイスファイト、よく頑張った。──あとは俺に任せろ」
「あ……あんたは……?」
「なぁに、ちょいと温泉に浸かろうと思ってこの街に寄った、通りすがりの冒険者だよ」
輝くような立派な斧を担いだ巨漢の戦士が、バーナードの前に立っていた。





