村長との対話、急転
「おおっ、冒険者様! よくいらっしゃいました。ささ、どうぞ中へ」
村長の家と思しき住居を訪ねると、初老の男性が出てきて、俺たちを迎え入れてくれた。
彼がこの村の村長だという。
村長宅にお邪魔すると、ちょうど夕飯が終わった時間だったらしく、リビングにはシチューなどの残り香があった。
そういえば、俺たちも夕飯は食べていない。
どこかこの村で腹ごしらえができる場所でもあるかなと思っていると、村長が奥方らしき女性に、もう四人分の夕食を作るように言った。
奥方は村長に言われる前に動いており、すぐに台所へと向かった。
俺も一度は遠慮したが、村長が「こんな時間に遠路はるばる来てくれたのに歓迎もできないのでは申し訳ない」と言うので、厚意にあずかることにした。
ただその代わりに、ミィナとエレンが奥方を手伝ってくるというので、二人を向かわせた。
奥方は二人の申し出を恐縮しながらも受け入れ、野菜を切るなどの仕事を任せていた。
一方で、一人申し訳なさそうに、そして恥ずかしそうにしていたのはセラフィーナだ。
「す、すみませんダグラス様。私、家事の類は心得がなくて……」
そう言って小さくなるセラフィーナである。
セラフィーナはあれこれ何でもできる万能淑女のイメージがあったが、意外なところに王女らしい落とし穴だ。
というか、勇者様に嫁がせる予定の娘に夜伽の練習をさせておいて家事修行はさせないとか、ウェントワース王家の片手落ち感が半端ない。
普通は逆だろ。
とはいえ、どうこう言うほどのものでもない。
俺はセラフィーナの頭にぽんぽんと手を置いて、しょげている少女に伝える。
「気にしなくていいさ。誰にだって得手と不得手はあるもんだ」
「うぅっ……寛大なお言葉をありがとうございます、ダグラス様。ポンコツでごめんなさい……」
そう答えたセラフィーナは、ものすごく肩身が狭そうにしていた。
なので夕食ができるまでの間、セラフィーナには俺と一緒に村長から話を聞く役割を任せた。
俺はリビングで彼女とともに席に着き、村長から話を聞く。
大まかな話の内容は、冒険者ギルドでローレンスから聞いた話と合致していた。
ただ村人が何人殺されたという話をするときは、村長の声色と言葉遣いから、憎しみとやるせなさがにじみ出ていた。
「冒険者様、あの憎きワイバーンめを、必ず殺してくだされ! お願いします……!」
そう言って村長は、俺に向かって深々と頭を下げた。
ワイバーンに殺された村人たちは、いずれも彼の親しい隣人だったのだろう。
他人事では種の生存競争としか映らなくとも、本人たちにとってみれば恨みや憎しみの対象だ。
俺はその意志を汲んで、村長に答える。
「分かった、俺たちにできる限りの尽力をすると約束しよう。──ところで村長、そのワイバーンの棲息場所はどこだか分かるか?」
「いえ、すみません。北の山のほうから飛んできて、同じ方角に帰っていくとしか……」
「そうか。巣穴の場所が分からないのは、ちと厄介だな。どうするか……」
するとそこに、セラフィーナが口をはさんでくる。
「ダグラス様、巣穴の近くまで行けば、私の探査魔法で居場所を突き止めることは可能だと思います。あまり広範囲の探査ができる魔法ではないのが難点ですが……」
「いや、それでも十分役に立つはずだ。探査範囲はどのぐらいだ?」
「周辺三百メートルほどです」
「そうか。それなら北の山のそれらしい場所を虱潰しにすれば、何とか見つけられるかもしれないな」
そのとき台所にいたミィナから、声が飛んでくる。
「ダグラス、ひょっとするとにゃけど、ワイバーンがこの村の家畜を殺して持ち帰ったときの血の跡で、ミィナが追跡できるかもしれないにゃ。雨で完全に流されてないことを祈るにゃ」
「お、そうか。となると、だいぶ希望は見えてくるな」
はっきり言ってこのクエスト、ワイバーンを倒すことそのものよりも、その居場所を見つけることのほうが大変かもしれない。
この村で待ち構えていれば、いずれまた襲ってくるかもしれないが、それではいつになるか分からない。
場合によっては永久に襲ってこないかもしれないし、それでは困る。
俺たちのパーティの手持ちの能力──セラフィーナの探査魔法やミィナの追跡能力を使って、何とかワイバーンの巣穴を見つけられればいいのだが……。
しかし、そんな風に考えていた俺の目論見は、意外な形で打ち破られることになる。
そのときどこか遠くから、何頭もの牛や豚などが騒ぐ鳴き声が聞こえてきたのだ。
何事かと思い、俺がセラフィーナ、村長とともに村長宅の外に出ると、やがて遠くからこんな声が聞こえてきた。
「ワイバーンだーっ! ワイバーンが出たぞーっ! みんな、家に隠れろーっ!」
「冒険者様、あれは村人のマシューの声です!」
村長がそう告げてくるのと同時、少し遅れてミィナとエレンも村長宅の中から飛び出してくる。
「ドンピシャだにゃ、ダグラス」
「無理にでも今日来て正解だったね」
「ダグラス様は、運命に愛されておりますから」
口々にそう言って、俺のもとに寄り添ってくる少女たち。
俺は口元に笑みを浮かべつつ、答える。
「これを愛されていると言っていいのかは分からないが、好都合には違いないな。──【守護乙女の祝福】を使うぞ」
聖斧ロンバルディアを握りしめ、スキルを発動した。
そして俺はミィナ、エレン、セラフィーナと一人ずつ抱き合い、口づけを交わしていく。
俺の腕の中で嫁たちが光り輝き、どこか神々しくも勇ましい戦闘用衣装をまとった姿へと変わった。
それから俺たちは、ぽかーんとした様子の村長を尻目に、声のした方角へと駆け出した。
***
声のしたほうへと走っていくと、やがてそれらしき現場へとたどり着いた。
田園風景の中にある吹きさらしの家畜小屋に、巨大な影が一つ取りついている。
その緑色の鱗を持った巨獣は、前肢のない二足歩行の竜のような姿をしていた。
体躯は牛や馬よりもはるかに大きく、重量感で測ってもサイやカバにも匹敵するほど。
長い尾の先が、鋭く尖った毒針になっているのが特徴的だ。
あのモンスターこそ、ワイバーンである。
俺たちは家畜小屋から少し離れた場所で、一度立ち止まる。
ワイバーンは俺たちの姿を認め、その首をもたげ、こちらを睨みつけてきた。
「セラフィーナ。予見の夢で見た緑色のドラゴンってのは、あれのことじゃないよな」
「はい、違います。それに戦っていたのは洞窟の中でした。不気味な森の奥にある、滝の裏の洞窟です」
「オーケーだ。だがどっちにしろ、あれも倒すことには変わりないな。──セラフィーナ、それにミィナ、エレン。あいつをお前たちだけで倒してきてくれ」
「はい、やってみます!」
「分かったにゃ!」
「了解だよ、ダグラス!」
俺が嫁たちに指示を出すと、神々しい姿をした三人の少女たちは俺の前に出て、家畜小屋に取りついたワイバーンと対峙する。
俺はその後ろで腕を組んで立ち、戦況を見守ることにした。
今回のワイバーン討伐の目的の一つは、【守護乙女の祝福】の効果がどれほどのものなのかを知ることにある。
本来ならばワイバーンは、Cランク冒険者であるエレンとセラフィーナが協力して戦っても、勝てるかどうか分からないほどの強敵だ。
ミィナに関しては、通常ならば完全に戦力外か、足手まといになるのがいいところだろう。
ゆえにワイバーンは、【守護乙女の祝福】によって三人がどれだけ強化されているのかを見るのに、最適な相手であると言える。
そうして見ている間にも、戦況は動く。
セラフィーナが呪文の詠唱を始め、それとほぼ同時に、ワイバーンが大きく雄叫びを上げて上空へと舞い上がった。





