ワイバーンの情報
王都を出立して、四日後の夕刻。
俺たちは目的の地方都市へと到着した。
さっそく冒険者ギルドに向かう。
受付で王都から来た旨を伝えて紹介状を渡すと、少ししてギルドの奥にある応接室へと通された。
応接室で待っていたのは、四角い銀縁眼鏡をかけた男だった。
男はその銀縁眼鏡を、指先でくいっと持ち上げる。
「当冒険者ギルドのギルドマスターをしております、ローレンスと申します」
「ダグラスだ。よろしく頼む」
俺が代表してあいさつをし、ローレンスと名乗ったギルドマスターと握手をする。
それから勧められたロングソファーに、三人の嫁たちと並んで腰を掛ける。
ローレンスは、ローテーブルを挟んで対面のソファーに座った。
ローレンスは眼鏡を再びくいっと持ち上げつつ、本題を口にする。
「紹介状は確認しました。ワイバーン退治のクエストを受けてくださるとのことで。……ときにダグラス殿は、ドラゴンスレイヤーであるそうですね。それも単身で壮竜を打倒するという、恐ろしい偉業を果たしたとか」
「ああ、それは一応の事実だ。だがあの竜討伐を、俺一人の功績だって言っちまうのには抵抗があるな。どっちかって言うなら、ここにいる全員が死力を尽くしたからってほうが妥当だ。仲間たちの献身がなけりゃ、俺は今頃、地獄の底だよ」
そう言って、俺はミィナ、エレン、セラフィーナの三人を紹介する。
ミィナとエレンはぺこりと小さくお辞儀をし、セラフィーナは優雅に一礼した。
俺があのドラゴンを単身で撃破したのは事実だが、その後にロンバルディアや彼女ら三人が身を挺して俺を止めてくれたからこそ、俺は今、ここにこうしていられる。
さもなければ【鬼神化】の影響で暴力的な欲望に支配された俺は、近くの村々を襲い、許されようもない悪業を行うこととなっただろう。
「ふむ……。細かな事情は分かりませんが、いずれにせよ、あなたがたのパーティには壮竜を打倒できるほどの力があると、そう認識して構いませんか?」
「とりあえずはそれでいい。──で、ただワイバーンを一体討伐するだけならそんな話はしないと思うんだが、詳しい話を聞かせてもらえるか?」
王都で見たクエスト依頼の貼り紙には、状況次第で追加報酬ありと書かれていた。
単純なワイバーン退治にはない、何らかの事情があるということだろう。
それにクエストランクがBでなく、B+だったのも気になる。
Bランクモンスターであるワイバーンを一体討伐するだけなら、クエストランクはBであるのが普通だ。
俺の返事を聞いたローレンスは、ふっと口元を緩ませ、また眼鏡をくいっと持ち上げる。
「ダグラス殿、あなたは強いだけではなく聡明な方だ。話が早くて助かりますよ」
「世辞はいい。それで?」
「これは失礼を。──いえ、まあそう複雑な話でもないのですがね。ワイバーンが本当に一体だけなのかどうか、疑わしい状況なのですよ」
「ほう……?」
それからローレンスは、ワイバーンが発見された状況についての説明を始めた。
そのワイバーンが最初に現れたのは、この都市の近隣にある村の一つだった。
ある日突然、北の山から飛んできたワイバーンが村を襲い、村の家畜を何頭も殺して持ち帰ろうとした。
そればかりでなく、弓矢で迎撃しようとした狩人をはじめとして、何人もの村人がワイバーンの暴力によって無残に殺された。
村長は慌てて、村の若者の一人に馬と報酬を預け、この都市の冒険者ギルドまで走って救援を求めるよう指示した。
村の若者は馬を走らせ、村の南にあるこの都市へと向かった。
だが若者が馬を走らせていると、前方からワイバーンが飛来した。
村のある後方からではなく、だ。
ワイバーンは若者に襲い掛かり、若者が乗っていた馬を尻尾の毒針で刺して殺した。
若者は馬から転げ落ち、ほうほうのていで逃げ出した。
ワイバーンは森の中に逃げ込んだ若者を追いかけては来ず、殺した馬を拾って飛んで行った。
若者はその後、徒歩でこの都市に到着、救援の要請には成功。
村にもそれ以上の大きな人的被害はなく、ワイバーンは家畜を奪って北の山へと帰っていったという。
だがこの都市の冒険者ギルドにはワイバーン退治を請け負えるだけの実力を持った冒険者パーティはおらず、王都の冒険者ギルドに救援を頼んだという次第だった。
ローレンスはそこまで説明をしてから、一息つき、再び眼鏡を持ち上げてこう続けた。
「──ただ、その若者の話では、そのタイミングで前方からワイバーンが来たのは、どう考えてもおかしいというのです。村から馬で全速で駆けてきたのだから、それを追いかけてきたにしてもありえないと。そのときの恐怖や動転から、若者が混乱して言っている可能性も考えたのですが、そうでないとしたら──」
「つがいの可能性もある、とか、そんなところか」
「ええ、私もその可能性が低くはないと考えています」
俺の相槌に、ローレンスはうなずく。
そして今度は、眼鏡を持ち上げるのではなく、指先で軽く位置を調整しながらこう付け加える。
「その後も村は一度だけ襲われたそうですが、そのときに目撃されたワイバーンは一体だけです。ですが二体いる可能性も視野に入れて、クエストランクはB+とさせていただきました。二体討伐の場合には、討伐証明部位を二体分持ってきていただければ、通常報酬のほか追加報酬として金貨百枚をお支払いいたします」
「なるほど、事情は分かった。それで引き受けよう」
「ありがとうございます。朗報をお待ちしておりますよ」
そう言って、再び眼鏡をくいっと持ち上げるローレンス。
いい加減、眼鏡動作がしつこい。
ここのギルドで活動しているやつら、この鬱陶しさには、突っ込み入れたくてしょうがねぇだろうな……。
いや、癖なんだろうから、言って直るものでもないだろうが。
さておき、ローレンスからの話を聞き終えた俺は、嫁たちを連れて冒険者ギルドを出る。
空を見上げれば、夕焼け色ももうすぐ終わり、夜の紺色に変わろうとしている頃だった。
俺は村があるという方角の空を見て、つぶやく。
「さて、どうしたもんかね。今から出発するには少し遅い時間だが、そうしているうちに村がまた襲われないとも限らねぇし」
くだんの村は、この都市を出て三時間ほど歩いた場所にあるという。
村人たちは、今も村で暮らしている。
避難ができればいいんだろうが、体の弱い老人などもいて村人全員での移動が困難なら、よほど危険が明白でもなければそういう判断も取りづらいだろう。
二回目の襲撃では家畜を捨てて住居に隠れた結果、人的被害は出なかったらしいから、そこまで急ぐこともない気もするが……。
するとセラフィーナが、俺の服の裾をぎゅっとつかんできた。
「あの、ダグラス様、差し出がましいかとは思うのですが……私はダグラス様さえよろしければ、すぐに村に行って、村の人々を守ってあげたいと思っています。きっと不安な夜を過ごしていると思うのです」
そしてエレンやミィナも、それに同調する。
「ボクも賛成。今日は宿でゆっくりしようにも、その間に村が襲撃されるかもって思うと気が落ち着かないし」
「二人ともいい子ちゃんにゃねぇ。まあでも、ミィナも異論はないにゃ。ダグラスさえ嫌じゃなければ、このまま村に直行でも構わないにゃよ」
嫁たちが満場一致だ。
それなら俺も迷うことはない。
三人が今日は休みたいだろうと思って迷っていたが、本人らがこう言うなら問題はない。
「よし、じゃあちょっとばかり強行軍になるが、このまま村まで行くか」
「「「おーっ!」」」
そんなわけで俺たちは都市を出て、ワイバーンの襲撃を受けたという村へと向かい、暗くなり始めた道を歩いていった。





