予言の巫女(2)
ミィナとエレンを部屋に呼び入れると、俺は二人に、セラフィーナ王女から聞いた話を説明した。
「……と、いうことらしい」
「ふぅん……。ダグラスが、予知夢に出てきた勇者様にゃあ。それでダグラスに一生仕えて尽くすと、そう言ってるにゃか」
ミィナは胡散臭そうな目で、セラフィーナを見る。
セラフィーナはそのミィナの態度に、少しムッとした表情を見せた。
また喧嘩になっても困る。
俺はミィナを手招きで呼ぶと、何事かと寄ってきた獣人の少女を、軽く抱き寄せた。
驚いた様子を見せ、頬を染めるミィナ。
その栗色の髪を優しくなでると、ミィナは俺の腕の中で「んっ」と小さく喘いで気持ちよさそうにした。
猫耳がぴくぴくと、可愛らしく動く。
「ミィナはセラフィーナがパーティに加わるのは嫌か? 嫌なら俺も、少し考えるが」
「べ、別にパーティに加えるのは、嫌じゃないにゃ。でも本気じゃないやつがダグラスとべたべたするのは、ちょっと……ううん、かなり嫌にゃ」
「私は本気です! いつでも勇者様にお仕えできるよう、幼少の頃より魔法の修練を続けてまいりましたし、成人してよりは夜伽の練習だってしています!」
ミィナの言葉を聞いたセラフィーナが、必死の様子で訴えかけてくる。
……が、今また何か、変な言葉が聞こえた気がするぞ。
「今、夜伽と言ったか?」
「はい、夜伽の練習です。勇者様に一生お仕えしてご奉仕するのが私たち予言の巫女の役目ですから、当然に必要なことです」
「それってセラフィーナ様も、ダグラスのお嫁さんになるってこと?」
エレンが横から口を挟んでくる。
それに対してセラフィーナはふわっと笑って、こう答えた。
「それはダグラス様のご意向次第です。ですが代々の予言の巫女は、勇者様の伴侶として仕えた者がほとんどであるといいます。私もダグラス様さえお嫌でなければ、伴侶の一人としてご寵愛をいただければ、それに勝る幸いはありません。無論そうでなくとも、望まれれば従者として夜のご奉仕もさせていただきますが」
至極当然のことのように言い放つセラフィーナ。
だが俺からしてみれば、それは異常とも思える習わしだ。
「待ってくれ、セラフィーナ王女。お前さんは本当にそれでいいのか? 代々の言い伝えだとか何とか、それはお前さん自身の意志じゃないだろう」
俺がそう聞くと、セラフィーナはきょとんとした顔を見せた。
それから口元に手を当てて、考え込む仕草をする。
「うーん……何をもって私の意志とするかにもよりますけど……ダグラス様、私が今、最も恐れていることをお伝えしてもよろしいですか?」
「恐れていること……? ああ、構わないが」
「ありがとうございます。……私が今最も恐れているのは、私の勇者様であるダグラス様に、私を拒絶されることです。私は勇者様にお仕えするために、これまでずっと頑張ってきました。ですから私は、ダグラス様に今ここで拒絶されて、私のことを『いらない』と言われるのが最も怖いのです。……これって、私の意志ではないでしょうか?」
「…………」
……重い。
エレンのときもそうだったが、決意が重すぎる。
生半可な綺麗事で太刀打ちできるレベルの決意じゃない。
「わ、分かった。セラフィーナ王女がそれでいいなら、俺には断る理由もない。是非ともついてきてくれ」
「本当ですか……!? ありがとうございます!」
満面の笑顔で喜びを表現してくるセラフィーナ。
ヤバい、可愛い。
「ミィナもそれでいいか?」
「うん、構わないにゃ。本気ならいいにゃよ、本気なら。遊びでダグラスをかどわかそうとするのは許せなかっただけにゃ」
「そうか」
俺は再び、腕の中にいるミィナの髪をなでる。
ミィナは「にゃはっ」と鳴いて、俺の胸元でごろにゃんと懐いてきた。
こっちもこっちで相変わらず可愛い。
俺はもう一人の彼女にも問いかける。
「エレンもいいか?」
「もちろんだよ。──それじゃ、これからよろしくね、セラフィーナ様」
「はい。ですがエレンも様付けはやめて、私のことはセラフィーナと呼んでください。──ダグラス様も、私のことはどうぞ呼び捨てになさってください。そして従者だと思って、お望みのことは何でもお申し付けください」
「分かった。従者っていうのはあれだが、セラフィーナと呼ばせてもらう」
「はい♪」
満面の笑顔で、にっこりと微笑みかけてくるセラフィーナ。
やっぱり可愛いなぁと思った俺だった。
だったのだが──
***
その夜。
俺とセラフィーナの二人は、ベッドで横になっていた。
俺はセラフィーナを胸に抱き、その長い銀髪を優しくなでる。
セラフィーナは俺の体に身を寄せるようにして、心地よさそうにしていた。
……まあ、うん。
つまりそういうことだ。
どうしてこうなったのかと問われれば、話の流れでとしか答えようがない。
ミィナが「本気であるところを見せるにゃ」と吹っかけ、セラフィーナが「いいでしょう。今こそ磨いてきた夜伽の技を見せるときです」と受けて立った。
そして気が付いたら今ココ、である。
美しき王女様は、しがないおっさん冒険者の胸に抱かれながら、嬉しそうに微笑みかけてくる。
「ダグラス様のご寵愛をいただけて、セラフィーナは幸せです。……でも、すみませんダグラス様。私がご奉仕する立場なのに、途中から私、心地よさに打ちのめされて、わけが分からなくなってしまって……私ばかりが、気持ちよくしてもらってましたよね……?」
「何言ってんだ、そんなわけあるか。最初から最後まで最高だったよ」
「よかったぁ……。ありがとうございます、ダグラス様。ダグラス様がお優しい勇者様で、セラフィーナはこれ以上ない幸せ者です」
そう言ってまた、本当に幸せそうな様子で笑いかけてくるセラフィーナ。
幸せの絶頂なのは俺のほうだよ、まったく。
……とまあ、終始こんな調子なのである。
どんな究極のハニートラップだよと思うが、ここまでやってもらえればいっそそれでもいいかなとすら思ってしまう。
いや、ハニートラップではないらしいのだが。
俺はかわいらしい王女様の美しい銀髪を、優しくなでながら聞く。
「……しかし今更だが、王女様なのにこんなことになって大丈夫だったのか? それで打ち首って言われたら、お前さんをかっさらってどこぞほかの国に逃げるまで考えたが」
「ふふっ、大丈夫ですよ。私が予言の巫女と目された時点で、私が勇者様にお仕えすることは王家の了解事項となっていますから」
「そいつは良かった。安心した」
「そうだ。それで、もしダグラス様のご都合がよろしければなんですけど、一度王都まで来ていただけませんか? お父様──国王に、私の勇者様に出会ったことを報告したいのです」
「あー……今のところ、すぐに何かをする予定はないな」
「でしたら、よろしければ明日にでも出立しませんか? ここから王都までは、四日ほど馬車に乗っていけば着きますので」
王都か……。
というか、国王に挨拶?
おたくの娘さんをいただきましたって?
今になって途方もないことをした気にもなってきたが……まあ、今さら腰が引けても仕方がない。
こうなったら、覚悟を決めて行くしかないな。
「分かった。じゃあ明日すぐに、ミィナとエレンにも話して出立しよう」
「はい!」
そうして俺は、あれよあれよという具合で王都へと向かうことになったのである。





