予言の巫女(1)
俺は冒険者ギルドの入り口前の路上で、見知らぬ少女に抱きつかれていた。
「ゆ、勇者様ぁ……? いったい何だ、藪から棒に」
女の子の甘い匂いが、ふわりと襲い掛かってくる。
こう若くて可憐な見知らぬ少女にいきなり抱きつかれれば、俺としてはうろたえるしかない。
いや、本当に「見知らぬ」少女なのかどうかと問われれば、どこかで見た覚えがあるような気もするのだが……。
「はっ……!? し、失礼いたしました! 私、あまりにも嬉しくて、つい……!」
賢者のいでたちをした銀髪の少女は、慌てて俺から離れた。
彼女は恥ずかしそうに真っ赤になって、俺の目の前で小動物のようにしゅんと小さくなる。
や、やばい……可愛い。
頭をなでなでしたい。
俺がそう思って我が手の衝動を抑えてうずうずしていると、そこにミィナが間に割って入ってきた。
「何にゃ、お前。いきなりダグラスに抱きついて、勇者様だのなんだのと。常識ってものを知らないにゃ?」
ふしゃーっと、猫っぽい警戒心を剥き出しにするミィナ。
一方の賢者姿の少女は、そんな猫耳族の少女に対してムッとした顔を見せる。
「何ですかあなたは。私と勇者様の間に割って入るなど、無礼ですよ」
「ぶ、無礼……!? ダグラス、何を言ってるにゃこいつは!」
「いや、俺にも何がなんだかさっぱりだが。ミィナもどうしたんだ、いきなり突っかかって。お前らしくもない」
「だ、だって……! こいつダグラスに、いきなり抱きついたにゃよ!? ダグラスの嫁になる覚悟があるやつならともかく、何の覚悟もないポッと出の女に許していいことじゃないにゃ! ダグラスの嫁として、そこは譲るところじゃないにゃ! ほら、エレンも何か言ってやるにゃ!」
ミィナはそう言って、俺のもう一人の彼女に援軍を求める。
だが当の剣士の少女は、きょとんとした様子で首を傾げていた。
「セラフィーナ様……? どうしてここに」
「あらエレン、ひさしぶりですね。あなたこそどうして、このような田舎街に?」
「ボクはこのダグラスのお嫁さんとして、彼に付き従っているんだけど」
「って、おいエレン、知り合いか?」
俺がそう聞くと、剣士の少女はこくんとうなずいて、こう答えた。
「うん。彼女の名前はセラフィーナ・ウェントワース。王都で活動するCランク冒険者の一人であると同時に、このウェントワース王国の第六王女でもある。──つまり、この国のお姫様の一人だよ」
「「お、お姫様ぁ……!?」」
俺とミィナは、二人してすっとんきょうな声をあげていた。
***
賢者姿の少女──セラフィーナがあまり人の多い場所で話したくないというので、俺たちは宿の一室に場所を移して、彼女から話を聞くことにした。
俺、ミィナ、エレンがいる前で、銀髪の少女は賢者のローブの裾をドレスのようにつまみ、俺に向かって優雅に一礼してくる。
「それではあらためまして、勇者様。私はセラフィーナ・ウェントワース。エレンが紹介してくれたとおり、このウェントワース王国の第六王女です。──と言ってもこのとおり、冒険者なども行っているお転婆ではありますが」
そう言ってセラフィーナは、胸元の銅製の冒険者証を見せてくる。
エレンと同じ、Cランク冒険者である証だ。
「俺はダグラス。いろいろと分からないことがあるんだが、まずその『勇者様』ってのは何なんだ? ……いや、王女様相手なら、敬語を使ったほうがいいのか。すまない。生まれてこの方、ずっと無作法な育ちなもので」
「いえ、そのままで構いませんダグラス様。むしろダグラス様は私の勇者様なのですから、私のことは従者のように扱ってください。──それで、勇者様に関してのご説明ですね。それは私が『予言の巫女』であることと深くかかわりがあります」
「またよく分からない言葉が出てきたにゃ。『予言の巫女』って何にゃ?」
ミィナがそう口を挟むと、セラフィーナ王女はにこりと笑って猫耳の少女を見る。
「私はダグラス様にお話ししているんです。関係のない方は黙っていてもらえますか?」
「にゃっ……!? か、関係ないって何にゃ! ミィナはダグラスの──」
ふしゃーっと牙をむいて襲い掛かりそうになるミィナを、俺はどうどうとなだめる。
なんだか分からんが、この二人は相性が悪そうだ。
「エレン、悪い。ミィナを連れて外で待っていてもらえるか? 事情はあとで俺の方から話す」
「そのほうがいいみたいだね。ほらミィナ、行こう」
「うーっ、分かったにゃ」
エレンがミィナを連れて、部屋の外に出ていく。
部屋は静かになり、俺とセラフィーナ王女の二人だけになった。
落ち着いたところで、俺は王女とあらためて話をする。
「騒がせてすまなかったな。でもミィナは俺の仲間で、エレンもそうなんだが、その……俺の大事な人なんだ。だからあまり、無碍にしないでもらえると助かる」
「そうですか……分かりました。ダグラス様がそうおっしゃるのでしたら、なるべくそのように努力いたします」
「そうしてもらえると嬉しい。じゃあ、話の続きを頼む」
「はい、ダグラス様。『予言の巫女』に関する話からでしたね──」
そう言ってセラフィーナ王女が語り始めたのは、こんな内容の話だった。
このウェントワース王国の王族の娘には、稀に、ある種の特殊能力を持った者が生まれる。
その特殊能力とは、未だ起きていない何かの事態を「予知する」能力。
そうした予知能力を持った者が、「予言の巫女」と呼ばれるのだという。
ただ、この予知能力は本人が知りたい内容を知れるわけではなく、寝ている間に見る夢という形で、まだ見ぬ未来の姿が受動的に与えられるらしい。
それに加えて、予知の的中率は百発百中ではなく、むしろ三回に二回は外れる。
ゆえに予言の巫女の存在を眉唾扱いする者も、王家やその関係者には少なくないとのこと。
ただ「予言の巫女」の存在は、王家の伝承として代々伝わっている。
誰がこの予知能力を持っているかは、本人の証言と現実に起こった出来事とを照らし合わせて判断するしかないのだが、王家の関係者でも信心深い者たちの間では、セラフィーナは今代唯一の「予言の巫女」と目されているのだという。
そこまで話を聞いた俺は、やや途方に暮れてしまった。
「……そりゃあ何とも、難しい話だな。三回に二回外れるんじゃあ、当てずっぽうで適当なことを言っても、予言の内容次第ではそのぐらいの的中率になってもおかしくはないだろ。眉唾扱いするやつの気持ちも分かるな」
「ええ。ですがダグラス様、予言の巫女にはもう一つ、重要な役割があるのです」
「もう一つの役割?」
俺が聞き返すと、セラフィーナは大きくうなずいた。
「はい。私たち予言の巫女には、己の仕えるべき勇者様を見つけ出し、一生を賭してその従者としてご奉仕する役目があるのです。王家の伝承には、そのように伝わっております」
「……んん?」
なんだかもう一つ、途方もない話が転がり込んできた。
一生を賭してご奉仕するとか何とか、変な言葉が聞こえた気がするが……。
「えっと……すまん、なんだって? 今のところをもう一度頼む」
「はい。ですから私たち予言の巫女には、自らの見出した勇者様にお仕えして、その側女として勇者様に一生をかけてご奉仕する使命があるのです。ダグラス様、私はあなた様のお姿を、鮮明に夢に見たのです。私が仕えるべき勇者様は、あなた様なのです、ダグラス様」
「……マジか」
「マジです」
セラフィーナ王女はぐっと両手をにぎって、ふんすっと鼻息を荒くしていた。
その姿がとても可愛らしいだけに、どうしようかこいつと思ってしまう俺であった。





