イビルフラワー退治(2)
「エレン、大丈夫だとは思うが、一応気を付けろよ。二体以上にはなるべく囲まれないようにな」
「分かってるよ。ダグラスも──は、関係ないか」
「まあな」
俺はエレンに声を掛けてから、イビルフラワーの密集地帯のド真ん中へと向かっていく。
一方でエレンは、そこから少し外れたところにいる一体のほうへと、剣を片手に駆けていった。
「ば、バカ野郎ダグラス! 嬢ちゃんを一人で行かせるとか、何考えてやがんだ! ホント死ねよお前!?」
「あぁあああっ、俺たちの剣士ちゃんが死んじまうぅうううっ! もう猫ちゃんしかいねぇじゃねぇかよぉおおおおっ!」
ギャーギャーと騒ぎ立てるほかのパーティの冒険者たち。
俺の殺意がそっちに向かうんで、本当にやめてくれねぇかな。
それを耳にした当のエレンも、どうやらお怒りのようで──
「……ったくもう、誰がお前たちのもんだっての、死ねよ。ああもうむしゃくしゃする……! ボクのこの怒り、全部こいつにぶつけてやる! ──はぁあああああっ!」
──ズバッ、ズバズバズバッ!
エレンはバカどもへの文句を口にしながら一体のイビルフラワーのもとに駆け込んでいくと、振るわれる蔦の攻撃を人間離れした敏捷性で次々と回避しつつ、その剣で連続攻撃を叩き込んでいく。
結果、エレンが切り込んだイビルフラワーは、斬り刻まれたあちこちから体液を噴き出し、あっという間に生命力を失って崩れ落ちた。
瘴気を受けて育った魔の植物は、倒されたことによってすぐにしおしおと枯れてしまう。
そこにミィナが駆け寄って、花の部分だけを切り取って手持ちの布袋に詰める。
「「「は……?」」」
そのエレンの絶技を見て、唖然とするほかの冒険者たち。
エレンが本当にCランクの実力を持った剣士だとは、思っていなかったらしい。
思い込みって怖いな。
エレンは剣をひゅっと振ってイビルフラワーの体液を飛ばすと、満面のドヤ顔をルークのほうへと向ける。
「……で、ニセモノの実力の三人パーティが何だって、自称天才剣士さん?」
「なっ……!? え、援護もなしで、一人でだと……そんな、バカな……!? ──うわっ」
あんぐりと口を開けて呆然としたルークは、危うく蔦の一撃を受けそうになって、慌てて飛び退る。
あいつ、戦闘中によそ見とか、また危ないことを。
「エレン、ルークのやつはからかいすぎると直撃を受けるから、そのぐらいにしておいてやれ。死んじまったらさすがに可哀想だ」
「はぁーい。──それじゃ死なない程度に頑張ってね、ルークくん」
エレンは自分より年上のルークを、あえて「くん」付けで呼んでから、次の孤立しているイビルフラワーへと向かっていく。
エレンのやつ、返事しておきながら全然分かってねぇし。
そしてエレンのさらなる挑発を耳にしたルークは、顔を真っ赤にして仲間たちに向かって叫ぶ。
「アデラ、シェリル、俺も援護はいらない! こんなモンスターは俺一人で十分だ! お前たちは手を出すな!」
「で、でもルーク……」
「ルーク様、あんな山猿のような女の挑発に乗ってはいけません。安全に戦うためには──」
「うるさい! お前たちは俺の言うとおりにしていればいいんだ!」
そのルークの言葉を聞いて、少しムッとした顔になる神官アデラと魔法使いシェリル。
あっちゃあ……。
ありゃあルークのやつ、完全に崩れたな。
もともとエリート気質だから、逆境に弱いんだよなあいつ。
まあいい。
自分の身は自分で守るのが冒険者だし、俺ももうあいつらの保護者じゃない。
あいつらももう一端の冒険者なんだから、死ぬ前には自分たちで何とかするだろ。
俺はそう考え、自分は自分の仕事をすることにする。
目の前に迫るのは、六体のイビルフラワーの集団だ。
俺の背後から、冒険者たちの声が聞こえてくる。
「お、おい……あの嬢ちゃん、あれ本当にCランクの強さなんじゃねぇか……?」
「ってことは、まさかダグラスも……」
「いやいやいや……! だ、だいたい仮に、ダグラスに本当にDランクの強さがあったとしろよ! だとしても、いくら何でもあれは死ぬだろ! タコ殴りにされて一瞬でミンチに決まってんだろ。何体いるとこに突っ込もうとしてんだよ」
「まあダグラスだけなら、死んでくれてもいいが……むしろ死んでくれてもいいが。そうしたらあの剣士ちゃんと猫ちゃんがフリーになるし──」
「「「おおっ、それだ!」」」
歓喜の声をあげる冒険者たち。
どうして俺の斧は、いまだにあいつらに向けられていないのか。
とても不思議だ。
まあ、いいとして。
「俺もエレンに負けてらんねぇよな、っと──」
一体のイビルフラワーの間合いに入ると、俺は聖斧ロンバルディアを無造作に一振りした。
すると目の前のイビルフラワーは、俺を攻撃しようとしてきた蔦ごとまとめて両断され、上から巨大な花のついたイビルフラワーの上部がぼとりと落っこちてきた。
両断された上も下も、わずかの間だけびくびくと震えていたが、すぐにしおしおに枯れてしまう。
まずは一体、と。
「「「は……?」」」
後ろの方から、冒険者たちの疑問符のついた声が聞こえてきた。
「あれ……? お、俺の見間違いか? 今、ダグラスのやつが斧を一振りしただけで、イビルフラワーが一体、瞬殺されたように見えたんだが……」
「い、いやぁ、まさか……。だって、俺たちが十回以上攻撃を仕掛けて、やっと倒せる相手だぜ……? いくらDランクっつったって、そんなバカなことがあるわけが……」
「お、おい! そんなこと言ってるうちにダグラスのやつ、ついに三体に囲まれたぞ!」
「オイオイオイ死ぬわあいつ」
植物なりに生存本能があるのか、一体のイビルフラワーを瞬殺した俺に、別の三体のイビルフラワーが一斉に迫ってきた。
移動速度が遅いから逃げることは可能なんだが、そんなことをする必要もない。
俺はただ、我が道を往けばいいだけだ。
そいつらの間合いに入ると、俺はまずロンバルディアを一振りし、目の前に現れた一体のイビルフラワーを両断する。
しかしその間に、残りの二体が鞭のようにしなる蔦を振り回して、四方八方から攻撃を仕掛けてきた。
──パパパパパンッ!
岩すらも砕きかねない打撃が、俺の全身のあちこちを打ち据える。
「ああーっ! ダグラス死んだーっ! 全身の骨がバッキバキに折られて……ない? あれ?」
「っていうか、あいつぴんぴんしてねぇか!? 一体どうなってんだよ!?」
──が、岩を砕きかねない程度の打撃力では、俺の闘気の防御を突破して大ダメージを与えることはできない。
後頭部を殴られようが、顔面を打たれようが、まあちょっと痛い程度でどうということはない。
もちろん、そのわずかなダメージも【治癒能力】によってすぐに治っていく。
俺はさらに二度ロンバルディアを振るい、目の前の二体のイビルフラワーを撃破した。
これで撃破数は四体。
すぐ近くにいるのは、残り二体だ。
すると残った二体のうち一体が、ぐぐっと巨大な花の部分を動かし、俺に向かって花粉攻撃を放ってきた。
俺はそれだけは、横に跳んで回避する。
催涙や咳き込む程度の効果にせよ、なるべくならもらいたくはない。
それから俺は残る二体のイビルフラワーのもとに駆け込むと、さらにロンバルディアを二回振るってその二体も撃破した。
その際、さらに何発か蔦による打撃を受けたが、当然ながら重傷にはならず、わずかなダメージはすぐに治癒された。
俺の背後から、唖然としたような声が聞こえてくる。
「な……なんだ、ありゃあ……」
「六体のイビルフラワーが……あっという間に、全滅……? しかもダグラスのやつ、全然ダメージ受けてなくないか……?」
「い、意味が分からねぇ……なんだあれ……化け物かよ……」
「あのさ……俺思ったんだが、ダグラスとかその女にちょっかいかけるのって、ひょっとしてめちゃくちゃヤバいんじゃ……」
「「「あっ」」」
そのときから野次馬冒険者たちは、ぴたりと口をつぐんだ。
よしよし、分かってくれて俺は嬉しいよ。
一方で俺が倒したイビルフラワーの残骸は、ミィナが駆け寄ってきて、しおれた花の部分を切り取って回収していく。
ミィナは俺の隣で、ふにゃーっとため息をついた。
「ダグラスが強いのは分かってたにゃけど……もうなんか、よく分からないぐらい強いにゃね。あれだけ打たれて痛くないにゃ?」
「少しだけ痛いな。でも【治癒能力】ですぐに痛みも治まる」
「それなんかもう、怪物って感じにゃね。ていうかダグラスを倒せるモンスターとか、想像つかないにゃ」
「ドラゴンとかなら分からんな。戦ったことがないから、実際どのぐらい強いかは分からないが。あとはキマイラより強いモンスターっていうと、巨人族とか魔族、あるいはヒュドラやロック鳥、クラーケンなんてのも……」
「怪獣大決戦にゃ……」
ミィナの中で、俺は怪物枠に入ったようだ。
しかしわが彼女、相方を怪物呼ばわりはちょっとひどいと思う。
「ただいまー。ボクも二体目を倒してきたけど──やっぱすごいね、ダグラス。何体いたのあれ?」
エレンも戻ってきて、しおれた魔花を一つ、ミィナに渡す。
ミィナはそれも、手元の布袋に放り込む。
「今倒したのは、六体だな」
「六体……この短時間で、ボクの三倍……。おっかしいなあ……ボクもCランクにふさわしいだけの実力は、持ってるはずなんだけどなぁ……」
「エレン、ダグラスと比べたらダメだと思うにゃ。うちの旦那は怪物枠にゃ。人間の枠で考えたらダメにゃ」
「性欲も怪物級だしね」
「まったくだにゃ。ミィナたちは怪物の生贄としてぱくって食べられちゃう、憐れな娘だにゃ」
「怪物にお供えされた憐れな娘同士、お互い頑張ろうね、ミィナ」
「うん、二人で頑張るにゃ。二人で……二人だけで、頑張れるにゃ?」
「あー、どうだろ。もう一人か二人ぐらいは、いたほうがいいかも。ダグラスが本気を出したら、ボクたちなんてぺろりと食べられちゃうし……」
なんかひどい言われようだった。
まったく、今すぐここで食ってやろうかお前たち。
──さておき。
俺たちはそんな調子で村じゅうを回って、次々とイビルフラワーを狩っていった。
しばらくの後、ほかの冒険者たちの分も含めて四十体近い数のイビルフラワーを狩り終えた頃には、村に邪悪な植物モンスターの姿は見当たらなくなっていた。
だが──
「あれ、そういやルークたちはどうした?」
「ん……? そういえば、少し前から姿を見ないね。どこ行ったんだろ」
全部で五つの冒険者パーティが、パーティごとに村全体に散ってイビルフラワー退治を行った結果、ルーク、アデラ、シェリルの三人だけが見つからなくなっていた。
ひょっとして、何かのミスで全滅したか……?
いや、だとしても村のどこかに、その姿があるはずだが──
と、そのときだった。
「──いやぁあああああああっ!」
どこか遠くから、聞き覚えのある女性の悲鳴が聞こえてきた。





