少女たちの戦い
あちこちの家屋が燃え盛る、夜の王都。
その王城の前で、一人の竜人族の青年と、四人の少女たちが向き合っていた。
少女のうちの一人、剣士エレンは、眼前に立ちはだかる竜人族の青年の闘気を感じて鳥肌をたてていた。
(あいつ、強い……師匠と同じぐらいか、ひょっとすると──)
エレンはぶるっと体を震わせる。
ここにダグラスがいれば、きっといつもみたいに何とかしてくれるに違いない。
力強くて頼りになる旦那がいれば、恐れるものは何もなかった。
でもエレンの隣にはもう、ダグラスはいない。
もういない。
そう思うと涙が出そうになるが、ぐっと歯を食いしばる。
エレンは腰の鞘から剣を引き抜いて、仲間たちに伝える。
「ミィナ、セラフィーナ──あいつはボクたちで倒さないといけない。何がなんでも」
「そうにゃね。でも、ミィナたちで勝てるにゃ……?」
「勝てるかどうかじゃありません。勝たないといけないんです。でないとダグラス様は、何のために……!」
見ればミィナとセラフィーナもまた、涙をこらえ、敵を睨み据えていた。
──そりゃそうか、想いは一緒だ。
エレンは心に錘を置いて、ここから逃げ出したい気持ちをぐっと押しとどめる。
だが対する竜人族の青年はというと、エレンたちのことなど眼中にないようだった。
彼はもう一人の竜人族、“竜神器十将”弓使いのビナーに向かって語りかける。
「ビナー、どういうつもりだ。なぜ人間どもと馴れ合っている。──答えろ。我ら竜人族を裏切ったのか」
「ゲブラさんとも同じ問答をしました。私は竜人族を裏切ったつもりはない。でもケテルさん、あなたたちのやり方には反対します」
弓使いの少女は、感情が昂ったような震え声で答える。
そのアイスブルーの瞳には、怜悧さと決意が宿っている──エレンの目にはそう見えた。
「ゲブラとも……? ではやはり、女王はすでに復活したのか。不完全なままに。そしてビナー、それはお前の仕業か……!」
「ケテルさん、私はあなたをここで倒します。そう決めたんです」
ビナーはそう答えつつ、竜人族の青年から視線を外さないまま、エレンたちにささやきかけてくる。
「……エレンさん、ミィナさん、セラフィーナさん、どうか共に戦ってください。私だけではケテルさんには勝てない。四人掛かりでも、どうかは分かりませんが」
「もちろん。ボクたちじゃ力不足かもしれないけど、ダグラスから受け取ったこの力で──あいつを倒す」
エレンは努めて明るい口調で応じる。
ミィナとセラフィーナも、同意の言葉を返した。
対して竜人族の青年は、それを聞いて鼻で笑う。
「ふん、いいだろうビナー。裏切り者の貴様には、私が手ずから引導を渡してくれる。人間の小娘どもと結託した程度で私に勝てるなどと──勘違いも甚だしいと教えてやろう!」
竜人族の青年が、剣を抜いて駆けてくる。
狙いはビナーだ。
そして、エレンたちの側の最大戦力もビナーだ。
「ビナー、下がって!」
エレンはビナーを庇うように前に出て、竜人族の青年と対峙する。
そして振るわれた剣の一撃を、自らの剣で受け止めた。
──ギィイイイインッ!
「ぐぅっ……! 重い……!」
「死に急ぐか、小娘! 雑魚は引っ込んでいろ!」
「なっ……!?」
力ずくで押され、バランスを崩される。
かと思うと直後、エレンの腹部に強烈な回し蹴りが叩き込まれていた。
「うぎっ──あぁああああっ!」
メキメキメキッと音を立ててあばらが数本へし折られ、直後、エレンの体は吹き飛ばされる。
ゴミのように蹴り飛ばされたエレンはごろごろと地面を転がり、やがて無様に地べたを這いつくばった。
だがそうしてエレンが稼いだ時間を、弓使いの少女は無駄にしなかった。
「エレンさん! この──【剛弓】【曲射】!」
──パンッ!
竜人族の青年ケテルの腹部を、ビナーの大砲のごとき矢が撃ち抜く。
「ぐはっ……!」
ケテルは回避しようとしたが及ばず、不自然に軌道を変えた矢の直撃を受けて、脇腹を小さく破裂させ血を噴き出した。
さらに──
「──もらったにゃ!」
「天雷よ、わが敵を撃て──サンダーボルト!」
ケテルの側面に回ったミィナが二本の短剣で斬りつけ、同時にセラフィーナの魔法攻撃が降り注ぐ。
「ぐぅうううううっ……!」
一斉攻撃を受けて、ケテルは小さくないダメージを負ったように見えた。
だが──
「くっ──小賢しい!」
「にゃっ……!? ──んにゃあああああっ!」
ケテルが無造作に振るった剣が、ミィナの胴を捉えた。
獣人の少女の体に斜めに斬撃が走り、血しぶきが舞う。
衝撃で吹き飛ばされた小柄な体は、モノのように地面を転がり、やがてぐったりと地べたに倒れる。
地面に赤い染みが、ゆっくりと広がっていく。
這いつくばった姿でそれを見たエレンは、顔を青褪めさせる。
「ミィナ……!? ──セラフィーナ、早くミィナの治癒を!」
「え、ええ。でもエレンも──」
「ボクはいいから!」
「わ、分かりました……!」
ミィナが受けたダメージは、全体回復魔法の弱い回復力でどうにかできる代物ではない。
エレンは、賢者の少女にミィナの治癒を託しながら、自らは力を振り絞ってどうにか立ち上がる。
だがエレンが立ち上がった頃には、状況は絶望へと大きく傾いていた。
「か、はっ……!」
エレンの目に、弓使いの少女が吐血する姿が映る。
ビナーの腹部には、竜人族の青年が突き刺した剣が、ずぶりと埋まっていた。
ケテルが剣を引き抜くと、ビナーはがくりと膝をついてから、力なく地面に倒れる。
弓使いの少女の瞳からは今にも光が失われようとしていて、その体はびくっ、びくっと弱々しく痙攣していた。
「はぁっ……はぁっ……終わりだ、裏切り者め……!」
ケテルがその剣を振り上げ、倒れたビナーにトドメを刺そうとする。
それを目の当たりにしたエレンは、声の限りに叫んで突進した。
「──やめろぉおおおおおっ!」
エレンはケテルに向かって、がむしゃらに剣を突き出す。
だがその一撃を、ケテルはスッと身をかわしただけでたやすく回避した。
さらにエレンは交差の際に足を引っ掛けられ、無様に転ばされてしまう。
先ほど蹴られて折れたあばらのダメージが、激痛となってエレンを襲った。
「ぐっ、うぅううううっ……!」
「チッ……鬱陶しい羽虫め。そんなに死に急ぎたいなら、まずは貴様から死ね」
ケテルがエレンに向かって剣を振り上げ、振り下ろす。
エレンにそれを回避できるだけの力は残っておらず──
そこに、一個の石ころが飛来した。
豪速で飛来した石はケテルの手首を打ち、彼の手を痺れさせる。
それにより、エレンの命を奪うはずだった剣は、そのすぐ横の地面に突き刺さるに終わった。
ケテルは顔を上げ、石が飛んできた方角を見る。
そして、その先にいた人物を憎々しげに睨みつけた。
「貴様……! なぜ貴様までもがここにいる──ティフェレトぉっ!」
「なぜ? さあねぇ。あんたが言うところの『裏切り者』だからじゃないかい?」
ケテルの視線の先にいたのは、へらへらとした笑いを浮かべる、長い黒髪の女剣士だった。





