倒すべき相手
セラフィーナが「テレポートリング」による転移先に選んだのは、彼女の故郷ウェントワース王国の王城の、自身の私室だった。
そこに現れたのは、セラフィーナのほかミィナ、エレン、それに弓使いビナーと、大剣使いティフェレトの五人だ。
部屋にはほかに誰もいない。
予言の巫女の慣わしで、部屋はセラフィーナが旅に出たときのままだ。
五人のうち三人──ミィナ、エレン、セラフィーナの三人は、魂が抜けたような顔で呆然としていた。
大事な何かを失った直後の少女たち。
そのうちの一人、転移先の部屋の主セラフィーナが、ぽつりとつぶやく。
「ダグラス様……どうして、どうしてそうなのですか……私たちを置いてけぼりにして……」
それに応じるのは、猫耳と尻尾をしょげたように垂れさせた獣人の少女。
「最近思うんにゃけど。うちの旦那──あの男、結構バカなんじゃないかって。普段は嫌いじゃないバカにゃけど、今回のこれだけは我慢ならないにゃ」
そして次には、崩れ落ちた剣士の少女エレンが、握りしめた拳で床を叩く。
「ほんっとにさぁ……! あいつ、ボクたちの気持ちも少しは考えろよ……! ベッドの上では、あんなに気を遣ってくれるのにさぁ!」
「気は遣ってくれているのだと思いますよ、エレン。遣った結果がこうなるだけで」
「じゃあやっぱり、ミィナの言うとおりバカだ」
「そういうことにゃ」
「あんたたち、好き放題言ってんねぇ」
そこに口を挟んだのは、大剣使いティフェレトだ。
「付き合いの長さのせいかもしんないけど──あのシチュエーションで、ほかにどうしろってのさ。あいつが注意を引きつけてなけりゃ、あたしたちだってこんな風には逃げられなかっただろうに」
「……うるさい。そんなの分かってる。師匠は黙ってて」
弟子からそう言い返されれば、ティフェレトはお手上げだというように肩をすくめる。
ひどく感情的になっている少女たちを、理屈でどうこうすることはできない。
一方で、注意を外に向けていたのは弓使いのビナーだ。
「ここはどこですか……? 外が騒がしいようですけど」
「ウェントワース王国王城の、私の私室ですが……外……?」
セラフィーナは答えつつ、ようやく外界へと意識を飛ばす。
確かに騒がしい。
バタバタと廊下を走り回る足音に、窓の外からは叫び声や悲鳴。
何らかの異常事態でなければ、このようなことはないはずだが──
どんな異常事態が起こっていようが、興味はない。
それが今のセラフィーナの心情だった。
それを見てため息をつくのは、大剣使いティフェレトだ。
「抜け殻みたいになってんねぇ、あんたたち。ま、いいさ。それじゃあたしは行くよ」
「……行くって、どこにだよ」
エレンが聞くと、ティフェレトは笑って応える。
「さぁね。義理みたいなもんも果たした気がするし、風の向くまま気の向くまま、どこかにだよ。エレン、何ならあんたもついてくるかい?」
「……冗談じゃない。ごめんだ」
「あ、そ。じゃあね」
ティフェレトはひらひらと手を振ってから、部屋の扉を開いて出ていった。
一方では、部屋の窓から外を見ていたビナーが、鋭い声をあげる。
「セラフィーナさん。ここ、あなたの故郷ですよね」
「はい。それが何か?」
「外、燃えていますよ。人々が逃げ惑っています」
「だから、それがどうしたって──はぁ?」
セラフィーナは、そこでようやく正気を取り戻す。
彼女はふらふらと部屋の窓に寄り、外を見た。
ビナーが言った通りだった。
城の窓から見下ろした王都は燃えていて、人々は悲鳴や恐怖の声を上げながら駆けずり回っている。
平常の王都の様子とは、かけ離れた光景。
「な、何が……起こっているの……!?」
セラフィーナは目を見開く。
同じように窓に寄ってきたエレンとミィナも、また同じように驚いた様子を見せる。
「何これ……師匠の仕業、じゃないよね……?」
「そんなわけないにゃ。ティフェレトは今さっき出ていったばかりにゃし。だいたいあいつは、ダグラスの首輪の力で人間に危害は加えられないはずにゃ」
「となると、まさか……」
弓使いビナーが、何かに思い当たったように考え込む仕草を見せる。
それからすぐに、彼女も部屋から駆け出していった。
セラフィーナ、ミィナ、エレンの三人も、互いに顔を見合わせて、うなずき合う。
そして三人とも、ビナーの後を追うように駆け出していく。
***
「が、はっ……!」
“竜神器十将”長剣使いケテルの剣が、狼牙族のモンク・ギルラムの胸を貫いた。
竜人族の青年が剣を引き抜けば、ギルラムは膝から崩れ落ち、王都メインストリートの地面に倒れ伏す。
大地には真っ赤な血が広がっていった。
ケテルは竜人の剣に付いた血を振り払うと、鞘に納める。
「狼牙族のモンク・ギルラムとその一党──なかなかに強かったがな。さりとて、私の敵ではない」
ケテルは再び、悠然と歩き始める。
その周囲では、猫人族の女モンクほか四人の冒険者も、地に倒れ伏して動かなくなっていた。
今度こそ、ケテルを止められる者は誰もいない。
人間の兵士や騎士たちがさらなる人数を集めて攻撃してきても、ケテルが路地に逃げ込んだり翼を使って飛び去ったりするなど機動的に動き回れば、翻弄して各個撃破をするのはたやすいことだった。
ケテルは王都の人間を、次々と殺していく。
兵士も民間人も構わず、手当たり次第に命を奪っていった。
「ふん……人間の国の中枢戦力がこの程度であるなら、我らが女王の復活を待つまでもなかったか。私一人で、人間どもをじわじわと根絶やしにすればいい話──む、なんだ?」
ケテルはあるとき、違和感に気付く。
ある時から、殺した人間の魂が竜神の剣に吸い込まれなくなったのだ。
「どういうことだ……? 女王完全復活のための血が、すでに満ちた……? いや、そんなはずはない。ほかに考えうるのは……まさか、女王の復活か? ゲブラの身に何かあったということか……?」
女王が復活してしまえば、復活のための宝珠と竜神器との魔力的な繋がりは失われる。
そうなれば人間をいくら殺したところで、女王の力の足しにはならなくなる。
「ちっ……考えても分からんか。この国の中枢を潰し終えたら、一度竜のアギトに戻るしかないな」
竜のアギトと人間の地の往復には、かなりの日数がかかる。
ケテルは歯痒さを覚えながら、王都を闊歩していった。
だがやがて、そんなケテルの前に見知った顔が現れる。
「……ビナー。なぜお前がここにいる」
「やっぱりケテルさんだったんですね……」
“竜神器十将”の一人、弓使いのビナーとの遭遇。
ウェントワース王国王城──その目前での邂逅であった。
さらにそこに、別の三人の少女が駆けよってくる。
「いた、ビナーにゃ!」
「待って、もう一人誰かいる!」
「あれは竜人族……!? じゃああれが、この事態を起こした犯人……!」
それはどこか神々しい聖衣のようなものを身にまとった、美貌の少女たち。
三人はビナーのもとに駆け寄ると、ケテルを睨み据えてくる。
一方でビナーは、哀しげな瞳でケテルを見る。
そして弓使いの少女は、やってきた三人に向けて言った。
「ええ……。彼こそが“竜神器十将”のリーダー、長剣使いのケテル。今回の“竜神器十将”による人間族襲撃計画の首謀者であり──私たちが倒すべき相手です」





