女王との戦い(2)
聖光を放つロンバルディアの刃が、女王の肩口を捉えた。
完全な直撃で、【ホーリースマッシュ】も乗っている。
文句なしのクリーンヒットだ。
刃の中ほどまでが女王の肩肉を食い破って埋まり、そこにあった肩骨を砕く。
女王の左腕が、だらりと力を失った。
勝てる──そう思ったとき。
俺の腹に、ぞぶりと何かが埋まった。
見れば女王の右手、刃のように鋭く伸びた五本の爪が、俺の腹部を深々と貫いていた。
「がはっ……! ──くそっ!」
『チッ……虫けら風情が──!』
俺が女王の肩から、斧の刃を引き抜き。
女王が俺の腹から、五本の爪を引き抜く。
そこで、俺よりもやや遅れて女王のもとにたどり着いたエレンとミィナが、女王に攻撃を仕掛ける。
「ダグラス! よくも──ミィナ、左右から仕掛けるよ!」
「了解にゃ、エレン!」
片や長剣、片や二振りの短剣。
二人の少女が、女王の左右から同時に飛び掛かるが──
『──調子に乗るな、人間ども!』
その刃が届く前に、女王の全身から強い衝撃波が発せられた。
その衝撃波はエレンやミィナばかりでなく、女王の直前にいた俺、それに半歩遅れて女王に飛び掛かろうとしていたティフェレトをも、まとめて吹き飛ばす。
また同じタイミングでビナーとセラフィーナも遠隔攻撃を仕掛けていたが、衝撃波に威力を減じられて、大きな成果はあげられなかったようだ。
俺は衝撃波に吹き飛ばされながらも、空中でどうにか体勢を整えて着地する。
そして周囲を見回して状況を確認。
ミィナ、エレン、ティフェレトとも、俺と同じように吹き飛ばされながらも、うまく受け身を取って事なきを得たようだった。
「ミィナ、エレン、無事か!」
「な、なんとか大丈夫にゃ! 【守護乙女の祝福】の力が守ってくれたにゃ」
「ボクもなんとか! それよりダグラスこそ、大丈夫なの!? さっきお腹を……!」
「ああ、大丈夫だ。かなり痛いが、今すぐ死ぬとかいうダメージじゃねぇよ」
俺の腹からはどくどくと血が流れていたが、ゆっくりとながらも【治癒能力】が働いてくれているのも感じる。
小さいダメージではないが、これだけで大騒ぎするほどのものでもない。
一方で拗ねたような声をあげるのはティフェレトだ。
「ちぇっ。あたしのことは心配してくれないんだねぇ。あんたのかわいい奴隷だっていうのにさ」
「お前はこの程度でどうこうなるようなタマじゃねぇだろ。あとかわいい奴隷を自称するなら、もっと従順に俺に服従してからにしろ」
「にひひっ。あたしを自由にする力があるのに、それをやたらと使おうとしないのはあんたの面白いところさね」
そう言ってティフェレトは、自分の首にはまった黄金の首輪を、指先でコンコンと叩く。
まったく、そう煽られるとやたらと使いたくもなってくるわ。
一方で慌てた声をかけてくるのは、セラフィーナだ。
「ダグラス様! すぐに治癒魔法をおかけします!」
「いや、俺はどうとでもなる。それより全体回復を頼む。回復力は弱くてもいい」
「わ、分かりました。……治癒の光よ、すべての仲間たちの傷を癒したまえ──ヒーリングオール!」
セラフィーナが治癒の魔法を使うと、治癒の光が味方全員に降り注いだ。
俺が受けたダメージも、わずかながら癒される。
そして──竜の女王。
俺たちから少し離れた場所に立つ全裸の半竜半人姿は、いぜんとして左腕がだらりと下がったままだ。
俺の攻撃で断ち切った肩の傷からは、どくどくと血があふれ出ている。
あちらも【治癒能力】は働いているようだが、すぐに癒されるようなものでは到底ない。
しかし女王はいまだに涼しい顔だ。
いや、忌々しいという感情だけはわずかに見える気もするが。
少なくとも、今まさに生命の危機に瀕しているという様子ではない。
女王は淡々とした様子で、口を開く。
『──驚きましたよ、人間。私をこれほど深く傷付けうる者が、今世にいようとは。業腹ですが、この姿のままでは敗北もあり得ることを認めざるを得ませんね。いいでしょう、私の本来の姿を目にすることを、あなたたちに許します』
女王を覆っていた闇が渦巻いていく。
半竜半人の竜人族女性の姿は、すぐに闇の渦に呑まれて見えなくなってしまった。
やがて渦巻く闇が、大きく膨れ上がっていく。
大きく、巨大に──古竜をも上回るほどに肥大化し。
次の瞬間、闇が霧散した。
その下から現れたのは、おそるべき巨体。
九つの頭部を持ったヒュドラというモンスターがいるが、それをバカみたいに巨大化させたような姿だ。
その巨大さは、城のようだと表現してもいいぐらい。
大広間の天井は、五階建て建造物の屋根よりも高いほどだが、それでもなお窮屈そうなサイズ感である。
そして頭部の数は、ヒュドラの九つとは違って、十個ある。
すなわち──“十の首持つ竜王”セフィロトの真の姿が、俺たちの前に立ちはだかっていた。
それを見上げてつぶやいたのは、弓使いの少女だ。
「あー……神話級の生き物って、目の前で見るとこんなに大きいんだ……あはは……もう、何がなんだかって感じですね……」
ビナーは目が死んでいた。
いわゆるレイプ目状態である。
「あの、ダグラスさん……? あれに、勝てると思います……?」
「さぁな。やってみないことには分からん」
「い、一応勝てるイメージがあるんですね……私もう、ぜんっぜん……」
「ビナーは適当に援護してくれ。あとは俺が何とかする」
「頼もしいなぁ……これは惚れなおすしかないかなぁ……」
「何度惚れてくれてもいいぜ。ビナーならいつでも歓迎だ」
いつの間にか、イケメンのようなセリフをさらりと吐くようになった俺である。
おっさんもおだてりゃ木に登るのだ。
ちなみに俺も、心の中では「何とかできるもんならな」とつぶやいているわけだが、そんな泣き言を表に出しても仕方がない。
切り札は、切りたくないものを含めていくつかある。
いざとなったら、そいつも含めて考えるしかない。
そして、真の姿への変身を終えた女王はというと──
神話的巨大さを持った図体を揺らして、十の頭部が俺たちを見下ろしてくる。
『私の真の姿を目にした栄誉を誇りなさい、虫けらども。そして己が矮小さを知り、無駄な抵抗をあきらめることです。そうすれば苦しませることなく、その無益な生を終わらせてあげましょう』
そして十の口を同時に開き、その内側に煌々とブレス攻撃の輝きを生み出していく。
ブレスの種類は色とりどりだ。
炎、冷気、雷撃──それに毒と酸のブレスだろうか。
その五種類が、それぞれ二首ずつ。
バリエーション豊かで大変結構だが、そんな暢気なことも言っていられない。
ブレス攻撃は通常、ドラゴンが持つ最強の攻撃手段だ。
その代わりに、一度放たれたら再チャージまで多少の猶予があるわけだが。
そのブレス攻撃が十の首から同時に飛んでくるというのは、最初からクライマックスだと言われているに等しい。
向こうも完全復活していないせいか、ひとつひとつのブレスの圧はさほどでもないように思えるが、若年竜級のブレスだとしてもあの数は無体だ。
その竜の女王の動作を見て、ティフェレトも舌打ちをする。
「ちっ、ありゃあまずいよ。エレンたちは二つ三つも直撃すりゃあ壊滅だ。あたしやあんただって、あれを全部もらえば知れたもんじゃない」
「だろうな。だが」
女王の十の首すべてが、俺を狙っているように見える。
俺を最重要の警戒対象だと思っているのだろう。
ならば──
「攻めるぞ、ティフェレト! ただし俺の前には出るなよ!」
「ちょ、ちょっとあんた! ──ったく、説明足らずなご主人様だね!」
駆け出した俺のあとを、ティフェレトがついてくる。
一方、十の首持つ竜王セフィロトはブレス攻撃の準備を完了し──
『本来の力にはほど遠いですが、虫けらを消滅させるにはこれで十分でしょう──消えなさい』
そのすべての首から同時に、ブレスを放ってきた。
すべてのブレス攻撃のメインターゲットは俺だ。
絶好のポジション。
俺は襲い来るブレスに向かって、ロンバルディアを横薙ぎに振るう。
「──【魔断の斧】!」
スキルの光をまとった斧の一撃が、エネルギーの奔流に向けて放たれた。





