PM15:19(3)
シンと、部屋の中も、電話線の向こうも、物音1つ立てない。
いつのまにか、嫌にゆっくりな速度で、けれど、耳に付くほど大きな音で打つ自分の心臓の音しか聞こえない。
ドクン、ドクン、と、規則的な心音を、無意識に、数え始めた、頃。
『グースハウザー』
ふいに、再び、声が上がった。
バクン、と、心音が、乱れる。
衝撃でぶれた手の中、受話器から流れる声に、変化。
『さきほど、最後の質問だと言ったが、訂正しよう。もう1つ、これで、本当の、ラストだ』
今まで、ひたすらに淡々としていた声に、急に、楽しげな色が混じる。
悪戯でも仕掛けるような、そんな声で。
『問題、私は、誰でしょう?』
「え?」
ドン底に落ちていたグースは、ふいに上がった明るい声に、引っ張り上げられる。暗闇から、急に明るい所に出たように、目を瞬いた。
「え、ええと?」
相手の意図が全く掴めず、加えて、その声のトーンの変化にも戸惑って、どもったグースに、声は言う。
『君を本物と判断しよう。安心してくれ、何があっても、この通話は切らない』
穏やかでいて、微塵の揺るぎもない、断定。
それを聞いて思わずベッドに片手を突き、脱力した。
「……よかった……」
心底、けれど無意識に漏れた言葉に、電話の向こうで確かに穏やかに笑う気配がある。
『ひやひやさせて申し訳なかった』
「いえ……」
ゆるく首を左右に振って、そう、やっと短く答えた。全身から力が抜けている。
対して、電話の向こうの声は、今度は不意に、堂々として厳格な、軍人らしさを取った。
『さて、では、君を本物とした上で、今後なのだが』
「はい」
慌てて、グースは姿勢を正した。
『今後、君には私の指揮に従って貰う事になる。もちろん、人質達同様、基本は救助対象と看做すが。形式上、君の行動についての責任は私にあるから、いわば、私はこの事件の間は、君に指示を出す権限を持つ緊急上官だ』
「はい」
ひとまず、1人ではない。誰かがいる、少なくとも、外部の情報が定期的に入る、と、そう思っただけで、随分と精神的にゆとりができた気がする。
電話越しの声に頷いて、その内容をしっかりと記憶していると、では、と、再び、声は茶目っ気を含んだ。
『そんな君の上官だが、きっと、君も知っている名前だと思うんだ』
「はい?」
『さぁ、改めて。私は、誰でしょう?』
目を丸くして、グースは首を傾げた。
(たぶん、相当、偉い人だと思うんだけど……。そんな知り合い、いたか……?)
単独で、グースの真偽判断権を持つような人物だ。少なくとも左官、少佐よりも上ではないかと、予想する。
(そんな知り合い、いないはず……)
あるいは、ひょっとして、いつかの狙撃記録会でも見に来ていた上級将校なのだろうかと、慌てて記憶を辿った。
気付けば、その間に、テロリストへの恐怖や、焦燥で乱れていた鼓動は、すっかり整っている。
「ええとですね……」
困ったように言葉を濁していると、からからと軽い笑い声が聞こえる。
『ああ、そうだな、少し自惚れが過ぎたか。テレビやラジオにも結構出ているはずなんだが、そうか、声だけでは、さすがにわかるわけないよな』
「え?」
益々困惑するグースに、笑いを押し殺した声は、軽い調子で、告げた。
『サンダース・クレイガン。階級は、少将だ。よろしく、グースハウザー』
「え?」
知らぬはずもない、〝英雄〟の名前。
「えええええええええ!?」
状況が許す限りの、ギリギリの音量で、グースの叫びが、響き渡った。




