PM14:07(2)
現状に至る過程について、時刻は少しばかり巻戻る。
「そこにガキが隠れてるぞ!」
テロリストの叫びに、危うく漏れかけた声をグースは寸前のところで耐えた。そして、それは正しく最良の選択で、叫んだテロリストが銃を向けたのは、グースがいる棚下ではない。
「出て来い!お前だ!」
「……あー、はいはい、降参、降参、っと……」
縦長のキャビネットの裏、壁とキャビネットの隙間にいたルイは、うっすら冷や汗を浮かべて、ゆっくりと姿を晒す。
その僅かの間に、グースは飛び跳ねた心臓を押さえつけ、室内に視線を走らせていた。
(まずい、まずい、まずい……!どうにかしないと……!)
焦燥の中、テロリストが漁ったのか、実弾入りの拳銃が保管されている金庫が口を開いているのを視界に捉える。
(相手は完全にコッチを見ていない。……2人くらいなら、撃てる)
元々、狙撃は得意分野だ。それに加えて、狙撃までいかない比較的近い距離の拳銃の射撃に関しても、グースは自他共に認める才能の持ち主である。
状況、実力、共に不足なし。微かでも音を立てないように、そっと、グースは行動に移ろうとして。
ジジ、というノイズ音に、ピタリ、と、反射で動きを止めた。
『おい、西棟担当、北棟方面の仲間とは合流できたか?どうぞ』
テロリストが持つ無線から、声が漏れている。
「ああ、無事に合流できたんだが……、ガキが1人、隠れてやがった。どうぞ」
横目にルイを捉えつつ無線に返答する男の横で、もう1人が、ルイを軽く銃床で小突いた。
「今から食堂につれて行くから、俺達の代わりに、誰か鉄条網の補修に寄越してくれないか?どうぞ」
『了解した。真っ直ぐ鉄条網に向かわせれば良いか?どうぞ』
「ああ。途中で鉄条網に寄って、補修材置いていくから、それ使って補修しろって伝えてくれ」
そうして、二言三言確認してから、通信が切れて。
「食堂に連れていくぞ」
「ああ。……おい、ガキ、変な気起こすなよ」
テロリスト2人はルイを囲むようにして、廊下を差した。
「あいさー、了解、了解っと」
こんな時でも、喧嘩を売っているような口調を崩さないルイは、けれど真剣な顔を一瞬だけ見せた。
「う ご く な よ」
一瞬だけ、その目はグースが隠れている棚下を見て、小さく、声を出さずに唇だけが囁いた。
その瞬間、グースは想定していた全行動予定をキャンセルし、息を殺す。
(ここで2人をどうにかしたとしても、無意味か……)
無線から聞こえた言葉を考慮するに、かなりの複数犯のようだ。そして、その内何人かは、今、まさに鉄条網の補修の為に抜け道に向かって来る模様。ここで2人撃ってから抜け道に戻ったとしても、今度は向かって来るテロリストと鉢合わせることになるだろう。
独裁軍のテロリストは、元はタインズ旗下の正規軍人だ。激しい内戦を生き抜いた、いわゆる戦争のプロ達でもある。いくらグースやルイが士官候補生で、ただの学生に比べれば戦えるといっても、相手が何名来るかわからない、相手の装備がどれほどのものか予想できない状況で、経験値に歴然の差がある相手と鉢合わせ戦闘に挑むのはリスクが高すぎる。
だが、だからといって2人撃ってルイを救出して、抜け道とは逆方向に逃げるのもリスクが高い。そんな事をしようものなら、仲間を殺害された他のテロリスト達が、それこそ血眼になってグースやルイを敷地内中探し回りかねない。
ならば気付かれていないグースだけでも、その存在を知られないまま、この場を切り抜けるのが最善の判断だった。
(血眼になって探されたらまずいが、存在さえ知られていなければ……探されなければ、隠れ切ることは可能だ)
ジッと、息を殺す。
ルイもグースも、戦闘の経験値では敵わなくとも、こういった生死を賭けた状況判断だけなら、図らずも元正規軍人のテロリスト達と張れる程度に慣れたものだった。内戦の最中、女や子供や、弱ければ弱い存在程、状況判断の力こそが生死を分けたのだから。幼いながらに悪夢の時代を生き残ったグースやルイの経験値は、伊達ではない。
呼吸の微かな揺らぎさえも最小限にして、完全に気配を絶ったグースの視界を横切り、やがて、ルイを連行したテロリスト達の足音は、遠く消えて行った。




