PM13:49(2)
「はは、相変わらず、お堅い腹心だね」
明るい声と共に、バシン、と肩に乗った手。思わず、いて、と、呻く。
「よぉ、サンダース、久しぶり。丁度、理解ある右腕が恋しくなった頃だったんじゃね?」
飄々とした聞き覚えのある声に、大きく溜息を吐いて振り向いた。
「ラーグハルト・フライム大佐、不敬罪でブタ箱に行くかね?」
「はは、悪い悪い。士官学校からのヨシミで、ブタ箱は勘弁な」
何時の間にか背後に寄って来ていて、焦る様子もなくのんびり答えたのは、燃えるような赤毛の男だった。
「フライム大佐、不敬が過ぎます!」
「まぁまぁ、そうカリカリすんなって」
自分やサンダースより少し年下のリンドマンの厳しい声を、どこ吹く風と受け流し、ラーグハルトは微笑んだ。
「で、改めて、よぉ、サンダース」
片手を挙げて微笑むこの男は、かなりの長身だ。平均より少し高いはずのサンダースよりも、頭半分は大きい。そして、それでいてヒョロリとしたシルエットには感じさせない。綺麗に鍛えて均整を取った身体つきは、大型の肉食獣を連想させる。
加えて隻眼だった。右目に当てた大きな眼帯は、野性味ある男前とも言える顔立ちに、かなりの凄みを上乗せしている。軍服を着ていれば納得、着ていなければ、マフィアか殺し屋か、とにかく、その道の人間にしか見えない男。
けれど。
「お前、ちゃんとメシ食ってたか?あと、ちゃんと寝てるか?無理してねぇだろうな」
穏やかに細くなる、夏の海辺のようなライトブルーの隻眼。優しげなその色と、落ち着いたバリトンの声が、外見の威圧感を中和していた。
「お前は私の母親か。メシくらい食ってる」
第一印象では怖いと感じても、少し喋れば誰もが警戒を解いてしまうような男。そんな10年来の親友。だから結局いつも、背中を多少強く打たれようが、サンダースは丸め込まれて笑ってしまうのだ。
「久しぶりだな、ラーグハルト」
改めて振り返り、ここしばらく別の場所で仕事をしていた、最も信頼のおける相棒の顔を見ると、なんとなくホッとした。
「今回はお前が副官に付いてくれるのか。なんだ……安心した」
心底、そう思って漏らした本音に、一瞬、ラーグハルトは目を丸くして。
「……お、う……」
「おい、なんだ、その反応は?」
頭を押さえるラーグハルトに、ムッと眉を寄せる。
「なんだ、この〝英雄〟様に頼られて、何が不服だ?言ってみろ、贅沢な奴だな」
「いや、不服とかじゃなく」
ラーグハルトは、すぐに首と手首を左右に振った。
「いっやぁ、お前さぁ……。少将閣下サマサマ、久しぶりに凄い殺し文句だなぁ、うん」
しみじみと呟いて、それから、カラカラと笑い出して。
「そう頼られると、下手なことできねぇなぁ。相変わらず褒めて部下タラシ込むのは上手いみたいで感心するわ。女タラシも相変わらずか?俺は、ルーシー盗られた恨みを忘れてないぜ」
「下手な事する気だったのか、お前は。あと、ルーシーの件に関しては、何年前の話だ」
「時効とは言わせない。友達に彼女を紹介したら彼女が友達に惚れてフられるベタ展開なんぞ現実に経験したくなかったわ。人生のトラウマの1つだっつうの」
「時効どころか冤罪、むしろ被害者だろ、私は。手も出してないどころか、口説いた覚えすらないのに」
「知ってるわい!お前が口説きもしてないのに惚れたのよ、あの子!だから余計に俺の心が折れたの!ねぇ、わかる!?責任取ってくれる!?具体的には生涯通して酒オゴレよ!」
ともすれば泥沼な内容。けれどラーグハルトに責める意図は僅かもないし、サンダースもそれを理解している。懐かしい話題、旧友同士の挨拶のような、おなじみのネタだ。
ケラケラと、士官学校時代からの悪友同士、笑って。
ほのぼのとした空気は、しかし、ぱん、と、どこか不機嫌そうに両手を打ち合せたリンドマンによって打ち切られる。
「そこまでに。今は、職務中です」
「お、悪いな」
フッと、ラーグハルトは振り向いて、リンドマンの肩を叩いた。
「ルーシーのネタは、同期ネタだったな。よし、リンにも分かる話にしよう!マリア争奪戦のネタはわかる?」
茶目っ気のある仕草で笑う隻眼を、リンドマンは眉間に皺を寄せて見返す。
「そういう問題ではありません。私は話題に入れなくて拗ねていた訳ではありません」
「なんだ、拗ねてたのか。悪い悪い」
「もののたとえです!」
生真面目に反応するリンドマンを、飄々とからかうのが楽しいのか。主にラーグハルトの発言を原因に、タイプの違う2人がワイワイと騒ぎ出すのを見て、サンダースは一瞬、笑ったが。我に返って、表情を引き締めた。
「2人とも、仕事に戻ろう。リンドマン、すまなかった、確かに、仕事中だったな」
物理的にも2人の間に立つようにして、双方を見回す。
「ラーグも、私の悪ノリが過ぎた。……今後について、話がしたい」
すると、飄々と笑っていたラーグハルトもフッと、真面目な顔になって。
「ああ、そうだな、悪かった。……失礼いたしました、少将」
ピシリと、優雅な所作で、寸分の狂いもなく敬礼を決めた仕草に、リンドマンが一瞬だけ目を丸くする。
士官学校時代から親しいラーグハルトとサンダースの、けれど、ふとした瞬間の完全な切り替えは、ここ1年ちょっとの付き合いのリンドマンにしてみれば、まだ慣れない。
「さて、話を事件に戻そうか」
サンダースは、視線を雑木林の向こう、士官学校の方角に向けた。
「敵方の要求は何だ?」
わざわざ人質の名簿を送りつけてくるのだ。当然に、その人質達と引き換えにしたい要求があるはず。その要求次第では、こちらの取るべき行動も変わるだろう。
(どうせ、厄介な要求だろうがな)
内心、聞く前からウンザリしているサンダースに対し、リンドマンが気を取直して、やはり機械のように正確なイントネーションで応じる。
「はい、敵方からの要求は……」




