迫りくる脅威
主人公のほかに、もう一人の旅人が村に迷い込んでいた。その彼が、いい情報と悪い情報を主人公にもたらします。それにより、村は警戒態勢に入ります。
造語を使っていますが、その説明が長々と書いている割に本編には絡んでこないのがちょっとどうかな、と思いますが、世界観を深めるためにあえて書いてみました。ちょっとしつこくなっているかな。
「え? あなたがティラーヴァン隊長なのですか? ご無事だったので?」
私が死んだ事になっていると言う事を聞いたのは、私がレスティの日課を一部請負い、種まきを控えた畑を耕していた時の出来事だった。
私も、かつては都会にいた人間だ。都会の暮らしがたまに恋しくなったりもする。そこから、彼との話が始まった。
彼は、数日前の嵐で遭難し、必死の思いでこの村にたどり着いたという。
この村にたどり着いてからと言うもの、彼はえもいわれぬ違和感にずっと苛まれてきたという。
その違和感とは、彼の言葉を借りれば、『あまりにここの村の人間は気が利きすぎる』のだそうだ。そんなこの村にあって、私の存在は、彼の目には非常に奇異に映ったらしい。と言うことは、私はこの村のほかの人間に比べて、あまりに気が利きにくく、鈍感だと言うことだろうか。
だが、今の私にとっては、そういわれる事の方が心外だった。
私自身、この村にきてから、ひどく変わったと思っていた。
まず、怒りにくくなった。常に平静でいられるようになった。他人の気持ちが慮れるようになった。
確かに彼の言うとおり、世間一般のレベルから比べれば、まだまだなのかもしれない。しかし、過去の私を知っている人間からすれば、今の私は別人のように見えるだろう。今の私から見て、かつての私は、他者を排し、不必要に他人を傷つけていた。それだけに、この旅人の言葉は私に衝撃を与えた。
彼は、私の住んでいた場所から見て、王城を挟んだ向こう側の町の人間らしく、私は彼の存在を知らなかった。彼も私のことを見知っていたわけではなく、単なる噂で知っていたようだ。恐らく、臨月を間近に控えて夫を無くした悲劇の妻というシチュエーションは、刺激のない都会では格好の話題だったに違いない。
だが、その後の彼の言葉を聞き、私はある意味ほっとした。彼女は、子を産み、その後知り合った男性と、幸せな家庭を築いているという話だったからだ。
少なくとも、私がいなくなったことにより不幸になっていることはない。
新しい無論、相手の男に嫉妬しなかったわけではない。だが、彼女と彼女の中に宿った命が幸せになれるのであれば、何も言うことはあるまい。いや、何も言うことはできまい。
―やっと、肩の荷が下りた。これで私も自由になれる……。
冷静に考えれば、私は間違いなく父親失格な男なのだが、その時は本心からそう思った。
そして、それをきっかけに私のラティに対する思いは格段に膨張し始めた。だが、燃え上がる情熱に冷水を浴びせ掛けるような事実を、彼は告げた。
その旅人は、村へと通じる街道の脇に生えている大木に、例外なく『刀傷』を見つけたと言うのだ。
彼は脅えていた。この男も旅の経験が豊富なのだろう。その刀傷が意味する事を知っているのだ。
山賊。
彼らは極めて稀に、数人から数十人単位で出没し、町や村、旅人などから金品を奪っていく集団。その習性は、つい最近まであまり知られていなかった。
山賊という言葉は一般にはよく知られているが、その実態は一般的にはほとんど知られていない。少なくとも昔話に出てくるような山賊のとはだいぶ異なっている。
山賊というものは、同一の集団であったとしても、通常は一つのグループとして動くことはない。一つの山賊の集団がいくつかの群れに分かれ、自分たちの縄張りに点在し、おのおのがほぼ独自に生計を立てているのだそうだ。
その理由は簡単だ。
大人数が群れてしまうと、一回の襲撃で手に入る分け前が減るからだ。
かつて大戦争があった頃は、軍隊が多くの食料を所持して移動していたため、大きな集団で行動しても、十分に食っていけるだけの分け前を一人一人が手に入れる事ができた。逆に、そこまで大きな戦力がなければ、軍を襲撃する事は不可能だった。軍隊を襲撃することは、危険も大きかったが得られるものも非常に多く、またいいものが手に入ったのだ。
だが、時代は平和になり、軍が多くの食料や金品をもって移動する事はなくなった。
現在ではせいぜい、少数の旅人集団が小額の銭を持って動くだけだ。そんな対象を大勢で襲っても、集団の構成員全てが満足できる取り分の確保は不可能だからだ。
そうなると、少ない獲得物の中から自分達の取り分を少しでも多く手に入れようとするため、争いが生じてしまう。
そういった争いを防ぐため、彼らは、自分達の集団を細かいグループに分け、生活場所も分けた。そして、大量の物品や金銭を有した標的を見つけたときのみ、山賊の頭領は一派に集合をかけ、連携して攻撃するようになったのだ。
山賊を細かい群れに分割するメリットは大きい。
山賊を小さく再編成することで、襲撃の取り分が一人一人に満遍なく分け与えられ、同士討ちが回避されるのはもちろんのことだが、その他にメンバーの選抜も可能になる。また、弱いものの集団は淘汰されていき、その結果精鋭が生き残る。
この方法は、自然の弱肉強食の摂理に従っているため、一見非情にも見えるが、同時に非常に合理的でもある。
集団のスリム化、質の向上ができるのは当然だが、その作業を行うにあたって、この山賊の頭領は、排除されたり切り捨てられたりしたメンバーに恨まれることなく、組織にとっていらない存在、役に立たない者を排除することができるのだ。もっとも、その手法を採用した山賊の頭領が、そこまで見極めてこれを行ったかどうかは定かではないが……。
また、山賊は、山賊同士で強い連携がある。
山賊は同一の集団の中から、細かいグループを作り、そのグループで生活をしている場合が殆どで、別集団の山賊同士が合併して、より大きな山賊になる事は殆どない。無論、山賊の別集団同士の抗争もある。だが、国と言う組織に対しては、山賊のグループで対抗するという。その時に標的となるのも、国に属する商人や国民などだ。だからこそ、国に属する私や彼のような存在は、山賊を恐れたのだ。
そんな彼らだから、法も自身で決める。彼らは、独自の鉄の掟を持ち、それに準拠し、とてつもなく強固な結束を持っている。彼らは、国という枠で囲うことのできない、もう一つの『人間の作った集団』をこの世に織り成している。
そして、ここで面白いのは、その山賊という存在は、ただの荒くれ者の集団ではないと言う事だ。無論、国で罪を犯し、国外追放になった人間も集団内にいないとは言わないが、もともとの山賊の起源は別にある。
我々は今でこそ山賊と言う表現を使っているが、彼らは、どこの国にも属さぬ越境人といわれる存在を先祖に持つ。
『越境人』とは、固定した国籍を持たず、諸国を旅する人間たち。支配者によって与えられた法に従う義務もなく、己の思うが儘に生きる。その人種は多彩で、技を極めるために国を捨てた者、芸術を追い求めるがため、家族を捨てた者など様々だ。言ってみれば、越境人とは、才多き自由人なのだ。
『賊』と言う表現は、当初、法律を遵守しない人間に対しての呼称として、政府の人間が用いているに過ぎなかった。そして、それが私のような国に属した人間たちの間でも用いられるようになっただけだ。
これを差別と言うなら差別だ。だが、彼らは間違ったことをしているわけではない。この世の中に、どこかの国に帰属しなければならないという義務はないのだから。
山賊が『越境人』と言う畏敬の念の込められた呼称を失い、山賊という蔑称で呼ばれるようになったきっかけは、かつて国を作った人間たちが、自分の国土を無理に決めた時まで遡る。
彼らは、自分が所有権を主張した土地に住む人間を、皆国民とした。もちろん、自分たちを富ませるための労働力としての国民である。当然、国となった土地に居住していた人々は、国民の呼称こそもらったが、それは形だけである。国としての法律も社会福祉も、何もかもが整備されていない国の国民にさせられてしまった彼らに、権利などない。
国が国として機能せず、領主がそのまま専制君主となってしまう事例が、この頃には幾つもあった。
しかし、そんな支配者に反駁した者は、国という組織から逃げ出し、どこの国にも属さず無国籍を貫こうとした。それは、世界各地で起こった現象だった。
それに対し、自分達の権限の剥奪を恐れた領主と呼ばれる者たちは、討伐隊を組織し、越境人の排除を試みた。
だが、多才な彼らは、戦闘にも秀でていた。散発的、局地的に攻撃を仕掛けては姿を消す越境人に対し、国軍は大きな成果をあげることはできなかった。
越境人の巧妙な戦闘に対し、実力行使で排除することは困難だと悟った支配者達は、越境人に蔑称を用い、彼らを貶めることで、彼らの相対的な地位を下げる作戦に出た。
その結果は、現在の我々を見れば一目瞭然だ。
『越境人』のことを『賊』と呼び、無秩序の集団として怯えるようになってしまっている。事の真相を知った今でさえ、容易に差別と恐怖の感情は、消えはしない。
だが、自由を侵される人間がそこから逃げ出そうと言うのは自然な行動だ。
そして、我々非自由人が持つ、『山賊』に対する差別と恐怖の感情は、実は、彼らに対する畏敬の念であることも、私は薄々気づき始めている。我々に実現不可能な事象を実現した彼らへの羨望と憧憬の念を殺す為に、無意識のうちに刷り込まれた差別意識を持ち続ける事の限界は近い。
話を元に戻そう。
旅人は言った。
集団を複数に分けた山賊たちの、その集合の合図こそが、村の周りにつけられた刀傷だと。一説によると、その刀傷は、実は彼ら山賊の文字であると言われる。
彼は怯えながら言った。
山賊たちの次の襲撃場所は、この村である、と。
だが、私は、彼の考えが間違っていると悟ると共に、更なる恐怖に見舞われた。
あの刀傷は、山賊のものではない。
山賊など、四百年前の火山の活動と、その時期から、ハイイログマの亜種として現れた奴等とを恐れて、当の昔にこの地を去っている。
奴等と言うのはもちろん、ハイイロオニグマの事だ。クマの癖に徒党を組む化け物。その集団の破壊力は、一国の軍隊にも相当するかもしれない。
私は、長年の調査の結果、奴らの行動パターンをある程度把握していた。
村の周りの巨木につけられた刀傷は、奴等の縄張りを主張する行為なのだ。
私は、かつて襲われた人間として、村長にその地を調査する必要性を説き、屈強な男を三人ほど貸してほしい、と言った。
その頃には、私はある程度の信用を勝ち得ていて、村長は即座に了承してくれた。
調査の結果は、やはりハイイロオニグマだと類推せざるを得ない結果となった。しかも、木の幹に穿たれた傷は、村に近づけば近づくほど新しい物になっている。
これはもう、縄張りの主張ではない。明らかに威嚇行動だ。そして、その理由は恐らく……。




