プロローグ
掘る。
土を掘る。
夜闇に短く響くのは小気味のよい掘削音だ。
土が掘り返されては小さな山を積み上げていく。
枯れた乾いた土だ。辺りには手入れがされておらず、背の短い草が生い茂っていた。そこに敷石で区切られた一画がある。区画内には正方形の台に乗った天を指差す石像が置かれていた。
豪奢なローブを着込んだ老人男性の像。短く刈った髪、豊かな髭からは自信に溢れた力強さを感じさせる。台には石像のモデルとなった人物の氏名――ベネット・バーナード・マクニールと生没年、それとその『功績』が彫られていた。
何歳でホテルを経営する家の当主になったとか、何歳で新たに事業を起こしたとか老人が自分の半生を振り返る形で大げさな文体のもとに書かれている。その指向性は一点。自身にいかに才能があり、優秀な人間だったかである。
だが、この男を知る者が知れば鼻で笑うことだろう。なぜなら彼らは知っているからである。この者がいかに強欲で自身の財を築くために他者の財を食い潰してきたのかを。
この荒れ果てた状況もその結果といえる。
ここは墓地。
死者が眠る場所。
だというのに、この石像――墓の周りは雑草が茂り、生者が参った様子はまったく見受けられなかった。
そして今、その墓を掘り起こしている者たちがいる。
まだ年端もいかない子供と言っても差し支えの無い少女たちだ。
先ほどから落ちては闇に消えていく掘削音はここから生じていた。
時折生暖かい風が吹く中、鼻歌を歌いながら交互に銀色のシャベルを突き刺しては土を上げている。
「おい、そこの死神。お前も手伝え」
「そうだー、誰が見物を許したー?」
不意に、シャベルを土に差して手を止めて少女たちは視線をこちらに向ける。
死神である私へと。
「いえ、私はこういった肉体労働は苦手でして……そもそも見張りとして協力しているだけでもありがたく思ってほしいんですけどねえ、ていうか思えやアホ姉妹」
「そっちこそ、そんな趣味の悪い黒いローブを着てわたしたち以外に話しかけてくる奴がいると思うのか? 感謝しろー」
「そうだー、今月の友達料金払えー」
まったく実に口の悪いアホ姉妹だ。
しかも同じ顔と同じ声で言われるものだから余計腹が立つ。
「そんなことより、作業を再開したらどうですか? 早くやれば早く終わりますよ」
「それもそうだ。わたしは夏休みの宿題は毎日コツコツ行うタイプだった」
「そしてそれをあたしが夏休みの最後に丸写しするのであった」
素手で頭をはたく音の後、二人が再びシャベルを手に取ると掘削音が辺りに短く響く。
二人――同じ顔の双子
チャーチヤード姉妹。
長い金髪をツインテールという二つ結いにした勝気そうなのが姉のクロエ・チャーチヤード。
短い銀髪をビッグテールという二つ結いにした暢気そうなのが妹のシロネ・チャーチヤード。
どちらもアホなのが共通点である。
「だいたい死神がこんなところでサボってていいのか?」
クロエがシャベルを握る手を止めずに尋ねると眉尻を下げたシロネが見当違いの推測を述べる。
「ああ、あれか。はぶられてるのね。だからあたしらにかまってもらおうと……」
「ちょっ、シロネさんやめてください。まるで私がぼっちみたいじゃないですか!」
「違うの?」
「違うの?」
「違います!」
違わないけどね。
しかし、ぼっちというならこの二人も人のこと言えないのではないだろうか。
人間の学校には明るくないが、彼女たちみたいな我の強い人間は排除される傾向にあるとどこかで聞いたことがある。私の見立てだとこの二人も充分当てはまりそうだが、お互いがいるから独りになることはないのかもしれない。
……羨ましくないよ。
「それに、私は別にサボってるわけじゃないんです。初めて会った時にも言いましたけど、私の仕事は彷徨える魂を冥界に連れて行くことです。無差別にひゃっはーするのが仕事じゃないんですよ」
「言ってたな、そういえば。まさか冥界というものがあるとは、おかげで人生観変わったわ」
「人が知ったら冥界で頑張ろうとかいって自殺者続出だよきっと」
ありえるから困る。
しかし、現世で頑張れない奴が果たして冥界で頑張れるのか甚だ疑問である。
冥界王ハデスが忙しくなるだけならそれでも構わないが、そのとばっちりがこちらに来たりしないだろうか、いや来るだろう。悲しいことにいつも振り回されるのは現場の者たちなのだ。
「ですので、死人が出ない限りある意味ずっと休みなんですよ。こうしてあなたたちにも付き合ってあげられる」
感謝してほしいよねその幸運に、と感慨深く頷いているとクロエとシロネが呆れた声で言った。
「……お前、もしかして暇人なのか?」
「暇を持て余した神々の遊びなのか?」
「……いっいや、暇というわけじゃないんですけど」
確かに死神という名の神ではあるが、暇人と言われて首肯するのもなんというか、自尊心が傷つくというか、何かに負けた気がして素直に認めるのも癪であった。
「なるほど、暇なのか」
「なんだ、お前だったのか」
「……はい、暇です」
駄目だ反論できない、という事実に折れる私の心。
さらば自尊心、また会う日まで。
石柱に具象化した自尊心が粉々になる様をイメージしていると二人があざ笑うように口を開く。
「暇な死神、略して暇神かクク、レベルの高い暇人だこと!」
「うわあ暇神とか恥ずかしいよね。だいたい暇の神様って何だよププゥ~」
「死にたいようだなアホ姉妹!」
思わず鎌を具現化する暇神こと死神、つまり私であった。
子供相手に大人気ないことこの上ない、と自己嫌悪。
鎌を消し、土を掘る二人を何とはなしに眺める。
やがて穴の深さが約1メートルを越えたころ、不意にガツン――と鉄が何かを打つ音が響いた。
「おっ、来た来た来た。棺発見」
「もうちょいだね、にししっ」
二人の言葉通り、現れたのは木製の棺桶、その一部だ。長い年月を雨水に侵食されたためかやや腐りかけている。二人は作業を続行し、棺の上の土を取り終えるとようやく棺の全体像が見えてきた。
縦長の六角形の棺。値段は作成が簡単な四角形よりも割高であり、中産階級以上のいわゆるお金持ちの人間に多い棺だ。表面には黒で円に囲まれた十字が描かれている。この地域最大の宗教の太陽十字と呼ばれるシンボルマークである。
「さあ、ご開帳ご開帳――痛っ!」
「もうっ、はしたないぞ」
クロエがシロネの頭をシャベルで叩く。
シロネはなぜ叩かれたのか理解しておらず、自分の頭を撫でながら不満げに頬を膨らませていた。
「なんでぶったし?」
「だってお前、ご開帳とか……ごにょごにょ」
「え? 何だって――痛っ」
「うっさい、お前は難聴系主人公か」
「二度もぶたれた……」
涙目になる片割れを無視して、クロエは脇に置いてあった大きなリュックサックに目を遣った。サイドにポケットが付いた縦に長い大人用のリュックサックだ。シャベルを放してリュックに手を突っ込み、あるものを取り出す。
「バール! のようなもの!」
「エクスカリバールゥウウ!」
クロエはバールという釘抜き用の工具の先端を棺の蓋と本体の間に差し込み、一気にこじ開ける。
蓋がずれ、隙間ができた。
本来なら中の死体による悪臭が漏れ出すであろうが辺りからは湿った土の臭いと腐りかけた木の臭いのしか漂ってこない。おそらく腕のいい職人によって防腐処理が施されているのだろう。
『せーのっ』
声を合わせて蓋を外すと同時、月光が降り注ぎ棺の中を照らし出した。
浮かび上がるのは石像に似た――否、まさしく石像のモデルとなった人物だ。故人ベネット・バーナード・マクニールが石像の衣装そのままに白い花が敷き詰められた棺の中で横たわっている。
造花であろうか、花は腐っておらず多少色が劣化していた。肌は青白く今にも目を開きそうな様子だが、その目が開くことは二度とない。これは死者だ。死んでいるのだ。
シロネはシャベルを傍らに置き、しゃがんで死者の手を取る。
彼の左手の薬指に黒が混じった赤い宝石の指輪がはめられていた。
結婚指輪だ。
リング部分には花びらの模様が彫刻されている。
「依頼の品《クロウ・ブラッド》ゲーット!」
指輪を外し、シロネは軽く掲げる。
月の光を浴びる指輪は淡い美しさをまとい、夜闇に妖しくきらめいていた。
ほう、とクロエが息を漏らす。
「ルビー。その本質は情熱。身に着けることによって自身のエネルギーを高めることができる。それは仕事だったり恋愛だったりとあらゆる場で活力を与えてくれる。しかし、それは使用者が元々持っている力であり、それを宝石の力によって無理やり引き出すに過ぎず、長時間の使用は心身の疲労を招くため適度な使用が求められる。また、ルビーの中にも色々な赤があり……」
「そぉい!」
指輪を持ったままシロネはもう片方の手でシャベルを掴み、ルビーの薀蓄を垂れるクロエの頭に振り下ろした。
「痛っ、何すんだこの野郎!」
「さっきのお返しだよーん」
歯を見せながら笑うとシロネは指輪を小さな布袋に入れ、ネックレスのように長い紐で首にかけると服の奥にたくし込む。
「これで安心」
「よし、後は埋め戻すだけだ。暇神、後は頼んだ」
「地獄に落ちろ」
頬を膨らませながら少女たちは蓋を抱え、ゆっくりと本体に合わせて被せていく。
月は死者の身体全体を照らしていたが右半身、右胸部、顔半分、口とその範囲が徐々に小さくなる。
そして再び訪れる漆黒の闇。
これが彼が浴びた久しぶりの月光であり、また最後の月光でもあった。
✞
事切れた者たちの眠りを妨げる愚か者。
死者は死してなお安らぎを得られず、ただ歯がゆく見つめるのみ。
死後の世界を夢見て、想い篭る品々を伴えば、明日を生きる生者の糧とならん。
死者は死者、生者は生者。
この世は生者のためにあり、この世に死者のものなど何一つないと嘲笑う。
彼らは踏み躙る。
故人の意思を、死人の夢を、亡き人の想いを。
ゆえに人々は彼らを蔑む。
欲望に取り付かれた亡者。
死を畏れない不信者。
悪魔の所業――墓荒らしと。
そう、彼女たちは墓荒らし。
クロエとシロネ。
墓荒らしのチャーチヤード姉妹。
彼女たちは墓を暴く。
誰も近づかない死に誰よりも近づく死の冒涜者。
死を司る神をも恐れない。




