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【中編】ただ、一緒におでんが食べたかっただけなのに【現代恋愛】  作者: 紺青


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【夫視点②】枯れた女

 結婚した途端に、美羽の魅力はなくなった。


 始まりは新婚旅行だった。


 達也に貯金がないことから、結婚式や新居に関する費用は全て美羽が負担していた。少し格好がつかないが、結婚を機に美羽は仕事を辞める。これから俺が養っていくんだから、美羽がこれまで稼いだ分を新生活のために使う分には問題ないだろう。でも、美羽は不満げでなにか言いたそうな顔をしていた。


 新婚旅行の代金も当然のように美羽の負担だった。本当はイタリアに行きたかったけど、さすがにそれは無理だとハワイになった。ボーナスが入ったら払うから立て替えてくれと頼んだが、さすがにそれは無理だと言われた。


 不満を抱えて行ったハワイでも、最悪だった。

 雨天は少ないはずなのに雨に降られるし、着いた空港で達也のトランクが見当たらない。結局、航空会社の手違いで次の便に乗せられていただけで、手元には戻ってきた。でも、そのせいで半日ロスすることになった。


 そういった不運が重なり、さらに美羽とは食べたいものや行きたい場所が違った。確かに美羽とは何もかも正反対だとは思っていたけど、ここにきて自分達の違いにイライラする。


 新婚旅行だというのに、甘い雰囲気もなく、ほとんど別行動して過ごした。苛立ちが止まらないので免税店でブランド物を買いあさってストレス発散した。


 会社へのお土産を買い損ねたことに気づいたのは帰りの飛行機の中だった。それを見通していたのか、美羽がいくつか箱入りのクッキーだとかチョコレートを購入していた。そうやって先回りして、気を利かすことにもなぜか無性にイライラした。


 新婚旅行で感じた苛立ちは、日常に戻っても収まらなかった。


 新人の頃と違って仕事に慣れてきたせいでもある。あの頃は仕事の疲れやストレスが多少はあった。それが美羽と会ったり、美羽の家に行くと癒された。


 でも、もう仕事でストレスが溜まることはない。家に帰ると、オシャレな内装に似つかない、安っぽい家具や家電。いくら掃除が行き届いていても、チグハグな様は苛立ちを呼ぶ。


 接待で高級な料亭や、レストランに行くことが増えた。整えられた空間、丁寧なもてなし、贅を尽くした食材を使い、季節や彩りを考えられた極上の料理が並ぶ。


 それらと比べると、家で食べる美羽の和食が中心の料理はいつもなにかが足りなかった。ワンパターンで工夫が感じられない。


 家にこもっている美羽もどんどん色あせてきた。家にいるせいか、最低限しか化粧やオシャレをしなくなった。達也がつきあっている時にプレゼントした高価なアクセサリーさえもほとんどつけていない。

 ただでさえ地味なのに、服も独身時代の物やファストファッションの洗濯しやすい服ばかり着ている。

まだ二十代なのに、もう所帯じみてどうするんだ? 正直、今の美羽は一緒に連れて歩きたくない。


 会社や取引先の女性社員を見て、ため息をつく。未婚でも既婚でも、みんな身綺麗にしている。達也の会社は皆若くして結婚しているけど、共働き夫婦が多い。

 美羽も仕事を続けるべきだったんじゃないか?

 今の会社では仕事と家事が両立できないなんて言っていたけど、甘えだろう。


 美羽がいちいち達也の機嫌を伺う様子にもイライラする。そのくせ、達也の金遣いを改めろとか、すぐに金の話ばかりする。達也に養われているくせに、人の金を采配しようとするのは止めてほしい。結婚して落ち着いたらパートにでも出るのかと思ったのに、一向に働きに出る様子はない。


 腹いせに達也は独身の頃と同じように散財した。独身の時に契約したパーソナルジムにも通い続けたし、仕事用の服やゴルフウェアにも妥協しない。

 美羽のように、結婚したからといって枯れたくなかった。


◇◇


 営業部で達也を可愛がってくれる先輩は二人いた。

 入社五年目の横井と七年目の武田だ。

 その二人の結婚生活の話を聞いたり、様子を垣間見ると自分がみじめになる。


 彫りが深く甘い顔立ちの横井の奥さんは商社に勤めていてバリバリ働いている。

 営業部のバーベキューでは、ヒールに白のスキニーパンツを履いてきてびっくりしたが、準備をする女性陣には混じらず堂々と営業の社員達の中に混じっていた。話しがとても上手くて、仕事の話も交えてすごく盛り上がった。

 美羽みたいになにもできない女は準備に走り回ることしかできないけど、こうやって夫を支える妻もいるんだな、なんて関心した。

 まだ子供はいないし、お互いバリバリ働くパワーカップルなので、最新家電を揃え、時に家事代行を頼んで家のことを回しているそうだ。

 達也とタイプの似ている横井の結婚生活は、達也の理想そのものだ。やはり美羽で手を打ったのは間違いだったのかもしれない。


 誠実で真面目そうで柔らかい雰囲気の武田の奥さんは食品会社の商品企画部に勤めていている。ニ歳になる女の子がいる。子供が生まれてからは奥さんは営業部のバーベキューに参加していないので、残念ながら直接会ったことはない。

 武田が自慢げに見せてくれた奥さんのSNSには、目隠しした武田や奥さんと子供とオシャレな日常が載っていた。武田の奥さんの実家がすぐ近くで、子供の保育園の送迎をして、奥さんの実家で夕飯と風呂まで済ませているらしい。だから、武田は家の事を気にせずに残業や接待や飲みに時間を使える。


 武田の結婚生活もうらやましかった。子供までいるのに、家事や子育ての負担はない。独身時代と同じように気ままに過ごす武田を見て、結婚相手を選ぶ時はその環境まで含めてよく考えるべきだったと後悔の念が深まる。


 そんな二人の先輩に、妻が家にずっといるくせに金にうるさいと達也は愚痴った。


 「今時、専業主婦かぁ。そんなにうるさく言うなら、お前も働けって言うしかないだろ」と横井が正論を言う。


 「まだ結婚したばかりで家事とか家のことに慣れないんじゃないか? 家にこもってるのも限界がくるだろ」と武田がフォローを入れた。


 「気分転換がてら、外にパートに行けって言っても、家で働いてるって言うんですよ。言い訳が家で働いてるってなんなんですかね? こっちは足で稼いでるっていうのに」困り顔で達也は返した。美羽は気が弱いくせに、変なところで意地を張る。


 「フリマアプリで不用品売ったり、ポイ活でもしてんじゃないのか?」

 武田が思案顔で言う。きっとその通りなんだろう。家にいたところで稼げるわけがない。人に養ってもらってるんだから黙っていたらいいのに。


 「これまで勝ち組だった、斎藤もついにハズレを引いたか? なら、今日一緒に行くか?」

 愚痴が止まらない達也を見かねて、横井が誘いの声をかける。


 「おいおい、新婚さん誘っちゃっていいのか?」

 一応気を遣う武田も、本気で止める気はないようだった。


 それは合コンの誘いだった。もちろん断るはずがない。達也は新婚三ヵ月で、合コンに繰り出すようになった。


 先輩達を見習って、買ったばかりの結婚指輪を外して参加する。結婚したという心の余裕があるせいか、独身の頃よりもてるような気がした。綺麗な女の子達にちやほさされると、腐っていた心が潤う。

 結婚したって、適度な刺激は必要だな。そうしないと美羽のように枯れていく一方だ。


 本当に残業や接待があることもあったが、美羽の待つ家にまっすぐに帰る気になれなかった。パーソナルジムやゴルフの打ちっぱなしに通い、同期や先輩と飲み歩き、時折、合コンに行った。


 休日も、接待のゴルフが入れば率先して参加した。

 たまに美羽にどこかに出かけるか聞いてもスーパーだの薬局だの所帯じみた返事しか返ってこない。

 しばらくすると、休日も完全に別行動するようになった。

 ブランド物やオシャレに興味のない美羽と買い物に行ってもつまらないし、オシャレなバーやレストランに美羽を連れて行くのは恥ずかしい。一人で気ままに買い物したり、食事や飲みに行く時には友達や女に適当に声をかけた。


 タガが外れたのは結婚して半年くらいの頃だ。結婚してしばらくは、さすがに他の女と体の関係をもつことはなかった。


 「今日、どう?」

 同期の飲み会の後に、「ゴミがついてる」と達也のネクタイを引っ張った律花にそう問われる。その日の飲み会は美羽は欠席していた。その意味を理解して、「いいな」と達也はにやりと笑みを返した。


 結婚前に一回だけ律花と寝た。そのことを言いふらすことも、達也につきまとうこともなかった。律花とは割り切った関係を楽しめそうだ。二人はセフレになって、定期的に体を重ねるようになった。


 さらには、営業部で営業事務をしている友加里から声をかけられた。さすがになにか目的があるのかと警戒する達也に「私、人のものにしか興味ないのよね」とのたまった。

 「それに達也君も、私のおっぱいに興味あるでしょ?」と自分の豊かな胸元を寄せて言う。

 達也も正直な所、その魅力的な胸を味わってみたかったので話にのった。初めて寝た後に「いい子ちゃんの美羽の夫を寝取ったって最高にたぎるわ、うふふ」なんて言っていた。

 達也自身というより、美羽の夫であるということが重要みたいだった。達也も友加里の体が目的なので問題ない。友加里は甘い外見に反して、さっぱりしていた。

 達也の他にも相手がいるようで、時折思い出したように呼ばれるだけだった。


 刺激を求めて、律花や友加里以外にも合コンで会った女や、接待で行ったお店の女に誘われると独身時代と同じように体を重ねた。


 浮気をしている事に対する罪悪感は一切なかった。俺を満足させる刺激を与えられない美羽が悪いのだ。だから、外で補うしかない。


 冷えた結婚生活を送っているけど、美羽も週に一回は抱いた。

 達也は美羽の顔と体は気に入っていた。いつまでたっても慣れない様子や吸いつくように滑らかな肌は他の女にはないものだった。

 それだけが二人が夫婦だといえる唯一の行為だった。

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