秋の桜子さまよりSS【(3)~行動イケメンとヤンデレと溺愛~ に寄せて】
秋の桜子さまより
(3)グループに素晴らしいSSをいただきました!
タイトルは砂礫がつけました……さーせん。爆。
これ!っていうタイトルがあればつけ直してやってください。
秋の桜子さま、早速ありがとうございます!
【橘の馨る月夜に】~秋の桜子~
時は平安、初夏に甘やかな白い花をつけ、冬に実を実らす橘をこよなく愛していた雅男がいた。
── 美しく妖しい月の夜、濡れ縁にわろうどを敷き座り、枯色の合わせの装束を着込んだ男が独り、手炙りで暖を取りつつ座り込んでいる。田舎の荘園から運ばせた、実をつけた橘を一枝、手にしている。
目の前は、明日ここを出ていく妹の房、しかし彼女とは血の繋がりはない。
男は懐から笛を取り出すと、ゆるゆると奏で始めた。内から月琴の音がそれに絡みつく………。
弾き手の姫は、男が拾った子供であった。戯れに枯野を見に片田舎に遊びに行った先で、拾った幼子、まだ独り身であった彼は、気まぐれに都の屋敷へと連れ帰ったのだ。
焼け焦げたような衣を着ていた童女、ポツリポツリと話すには、父親は都のやんごとなきお方らしい。母親と共に、この辺りの別宅で乳母と雑色と共に暮らしていたらしい、しかし数日前に、夜盗に襲われ逃げたと言う。
「そうか、では父上様のお名前は?私が探してあげよう」
湯殿に入れ、薬師を呼び言われる通りに、暖かくし、滋養のある物を食べさしていると、痩せ衰えて目ばかりの顔貌もふっくらと愛らしくなり、髪も洗い女房達が日々梳くを繰り返していたら、艷やかな色が蘇った。
日に数度顔を合わせ、話をし、時に笛の音をせがまれるままに聞かせていると、そうは言ったものの、日増しに情が湧き手放すのが辛くなっていた。
一方、女の童もまだ年若い彼を兄様と呼び慕う、あまり顔を合わすこともなかった父親の事を、おそろしく思っているのか、幼い故よく知らないのか、身の上に起こった災厄が大きかったので忘れたのか、名を聞いても首を振るばかり。
まあいい、それならばここにいなさいと、男は彼女を妹の様に可愛がり育てた。元々育ちが良いのが、手習いのいろはは身についていたので、男は手ずから文字を教え、音曲を教えた。
数年も経つと、人の口にのぼる様な、なよやかな美姫に育った。次から次に文が届けられ、中には殿上人の名も連ねられている。そうなれば……、
帝の気にとまったのは言うまでもなかった。ある管弦の宴の時、妹を差し出すように言われた男。一族は諸手を上げて喜んだのは言うまでもなかった。
二人のままごとの様な、無邪気で甘やかな時の終わり。笛の音と共に終わる。しばらくそのまま座り、月を眺めていた。その時……。
薄紅梅に染められた鳥の子紙が結ばれた枝が、下げられた御簾の下から外にへと差し出された。それに合わせ炊きしめられた、黒坊香がふわりと押し出される。
共に手折りし橘の実
それは、届けられここにも運ばせたそれに、結ばれていた。枝から外し広げてみると一言、そうしたためてあった。彼は手にしたそれに目を落とした。
男の記憶が蘇る。
「どうしたの、上を見上げて、橘の実が欲しいのかい?」
薄汚れた子供だった。帰る前にそぞろ歩きをしていたら、偶然出逢った彼女。たわわに実る橘木の下で、それを物欲しげに見上げていた。
雑色が私がと近づくのを、なぜか心が動いた。その子を抱き上げ、棘に気をつけながら幼子が差し伸ばしたのを、パキリと手折った。
鼻に抜ける香りが二人を包んだ。地に下ろすと、空腹の為に、その実を口にしようとした童女を見て、哀れを誘い連れ帰ったのだった。
突然連れ帰った子供を見て、周囲はいぶかしんだが、彼とは似ても似つかぬその子、雅な男は『橘の精霊の落し子』を田舎で見つけた、そう話した。
☆☆☆☆☆☆
姫は人払いをした。最後の夜を静かに過ごしたいと強く言った。ここに来てから初めての事。仕える女房達は、表に主である兄君が居ることもあり、その場を離れた。
やがて笛の音が静かに聴こえてきた。姫はいつもの様に、月琴を手にすると、それに合わせて爪弾く。
目に入る文箱には、うず高く重ねられた色とりどりの恋文。一番上には、沈香が炊きしめられた主上からの文。それからつい、と目を逸らす。
草紙の姫の様に、月に帰れないものか。彼女は几帳を見やる。その向こうには下げられた御簾が、そしてその向こうには……、愛しいお方が座っているはず。
身をかたくして唇を噛む。震えが走る。部屋の中は炭火が起こされているため寒くはない。それは身の内にあるモノ。今からすることは、育てて貰った事に対する裏切りにやるやも。恐ろしさが走る。
女房の目を盗み、手習いの折に、したためていた文を取り出した。それを届けられた枝に結び付けたのは、日が暮れる前の事。いつから兄に対する想いが、大人のそれになったのかはわからない。拾われた時に既にそうだったのかも。
ここに残して置くか、密かに届けるかはまだ決めていない。できれば手ずから渡したいと、きゅっと切なくなる想いを抱く姫。
模着を終えると、周りの女房達が、先に触りがあるので兄上でも、親密に接するのはお辞めくださいと、やんわりと窘めた。後ろ盾のない姫は所詮その扱い。
競って女房達が読んでいる流行りの姫も、草紙の世界ですら正妻にはなれない。なのに姫としてこうあるべきと、押し付けられる。
見目が麗しくお育ちになられました。良かったですわね姫様。これでご恩をお返しになれますよと、あけすけな言葉が囁かれた。
それからは、几帳越しに、御簾越しにか会えなくなった。でも棟が違うが同じ邸内、暇を見つけては足繁く通ってきていた彼。
何を話すことでもない、笛を吹くそれに合わせて、ここに来てから覚えた月琴を爪弾く、音が重なり、甘やかなる二人の世界。
だがしかし、静かな時は長くは続かなかった。なぜなら、彼女に仕える女房達が雑色達を使い、外に知らせを放ったからだ。
「見目が麗しく、月琴の名手、流石は橘の精霊のお子の姫様」
それは、良き家柄と御縁が結ばれる様に、その為の事。そして日々届けられる文など、宛名の姫は見たこともない。それは女房達の仕事。
このお方にはこれこれのお返事を、このお方には『見た』と一言を……、こちらのお方は、わたくし達がよしなにしておきますゆえ、多くの文の返事は、彼女達の手によってしたためられた。
時折、言われるままに筆を動かす毎日が続く。ひしひしと惨めさが湧き上がる、拾われた姫。
そんな折の……、帝からのお声掛け、共に宮中に赴く事になる彼女達は、それでこそ姫様ですと、喜んだ。
伝えたい、暖かく包み込むように笑い、慈しんでくれたあの人に。
幼い頃に膝の上にのせ頭を撫でてくれた、あの人に。
伝えたい、手ずから音曲を教えてくれたあの人に。 共に音を合わせたあの人に。
何を書けば良いのか、気持ちが熱く溢れて筆が彷徨った。じりじりと胸が焼けるよう、どきどきとする。それを気づかれぬかと、ひやりとしながら……、結局は書けそうにもなかった。
ありがとうとも、さよならとも、ましてや想いを綴ることなど出来無い。なので……一言だけ心赴くままにしたためた。
やがて演奏が終わると、楽器を手にしたままに、几帳から出る、空いた手に橘の枝を握りしめ、シュッシュッと衣擦れの音を立て御簾に近づいた……。
☆☆☆☆☆☆
静かに音を収めた。全てを飲み込み、立ち去ろうとした時、それが外に放たれた。身をにじりそれを手にし、想いを読んだ。
男は立ち上がる。文に唇を当てる、周囲を見渡す。男もまた、人払いをしていた。木立が濃く影を彩る庭先にも、誰もいない。
再び空を見上げ、月を眺める。妖しい光が彼を包む。全てを捨てるか、月がそれを唆す。とつぶやくと、文と笛を、懐奥深くしまい込む。
そして、遠慮なく、ぐいっと御簾に手を入れると、そこに立ち尽くしていた、愛しい姫を引っ張り出すと……、
しかと、抱きしめた。想いの丈を込め、震えていた、柔らかな彼女を腕に囲うた。
……雅なる男がいたという。彼は芳しい香具の実をこよなく愛し、冴えた光の夜には、心が赴くままに笛の音を捧げていたという。
男は橘の姫と出逢い、そして橘の実がなる季節、笛の音を捧げると、姫は衣一枚、彼は愛した橘の枝をそこに残して、楽の音に乗り共に、ふわりと姿を消したと人は言っている。
終。




