第153話 温泉とマッサージ
王国歴164年7月28日 午後1時 クリッペン村からの街道沿いにて――
シキシマ国への道は巧妙に隠されており、案内人がいなければ見つけることが困難だったろう。カゲツナが先導してくれたおかげで一行は迷うことなく進むことができる。その道は獣道を少し広くした程度のものであり、草木で覆われてしまっていることも多かった。カゲツナはその伸びた蔓を刈り払いながら進んでいく。
「なかなか進みにくい道ですね」
馬を降り伸びた草を刈りながらレオンシュタインはゆっくりと前に進んでいく。
「これでも今の時期はいい方ですよ」
7人のサムライに的確な指示を出しながら、少しでも道を通りやすくするカゲツナだった。
§
シキシマ国についたのは3日後の夕刻で、暗くなる前に到着できて全員ほっとしながら馬から降りる。先触れでヤスハルが知らせに行ったにも関わらず、出迎えはヤスハルともう一人の女性しかいなかった。
「シノ、ほかには誰も来なかったのか?」
「はい、ヤスハルさまが長に話してくれたのですが……」
少し憂いの表情を見せながらシノは頭を振り、ヤスハルはその横で膝を地面につけていた。
「どうしても長を連れてくることは叶いませんでした」
その労を労いながら、カゲツナは憤りの表情を見せる。
「私が長に話してみる。シノ、レオンシュタインさまご一行を宿までご案内するように」
そう言うとカゲツナは急いで植木の向こうへと歩いていった。残された女性は艶やかに微笑むと背筋を伸ばしたまま礼をする。
「お初にお目にかかります。私はシノと申します。どうぞお見知りおきを」
見た目と同様にしっとりとした落ち着いた声で自己紹介をしたシノは、腰までの黒髪が美しい清楚な女性で、クリッペン村の女性とは違った淑やかな美人さんだった。
そして、互いの挨拶が済むと、シノはレオンシュタインたちの先を歩き始めた。植木で囲まれた石の階段を上ると、そこには見たこともない街並みが広がっていた。
「こ、これがシキシマ国……」
思わず感嘆の声が漏れるレオンシュタインの横で、一行の目が見開かれる。
やや高台になった場所から見たシキシマは、真っ直ぐな道の両側に木造建築が立ち並び、それが向こうの山まで続いている。その木造建築に混じり、屋根が乾いた草を使っている原始的な建物も多く見ることができる。また、所々に大きな屋根が特徴的な宗教施設も見て取れる。
「それはジンジャと申しまして神様を奉っておりますよ」
このジンジャの屋根は木が敷かれているなどレオンシュタインの興味は尽きない。
(ディーヴァを連れてくればよかった)
彼なら何日も泊まりがけで詳しく調べるに違いない。
ザリザリと音を立てて歩いて行く道は、黄土色と灰色が混じった色が特徴的であり、バルバトラスが思わずしゃがんで触ってみると砂が混じっていることが分かる。その道の両側には、切妻屋根(三角の屋根)の家が道の両側に整然と建ち並び、目線を上げると屋根の上にはカワラという黒色の石が綺麗に並べられていた。
窓は大きな木の枠に縦横に多くの細い桟があり、その木々の間に白い紙が貼られている。
「珍しいですか? それはショウジと言うのですよ」
何でもなさそうにシノが教えてくれる窓の風景は異国情緒にあふれている。ほとんどが2階建ての建物で、木が埃にまみれたような焦茶色が年代を感じさせる。
所々にある窓の少ない漆喰塗りの建物は「クラ」と呼ばれる倉庫であり、その古色蒼然とした色合いの中に鮮烈な明るさとして目立つのであった。
笑顔を絶やさずに、シノはレオンシュタイン一行の先に立ち道の先導をつとめる。ただ、レオンシュタインの両サイドにはイルマ、ティアナが付き添い、がっちりと腕を組んでいた。
「仲がよろしいんですね」
袖口で口を隠したシノが、おっとりとレオンシュタインに話しかける。その何気ない所作を美しく感じたレオンシュタインはシノから目を離せないでいた。突如、両手に痛みを感じたレオンシュタインが左右に目をやると、右のティアナは明らかに怒っているオーラを出し、ついでに電撃もくり出していた。左のイルマは笑顔のまま左手をぎゅっと握りしめている。
その不自然な姿で3人が歩いていくと目の前に大きな旅籠宿が現れ、シノがこちらへどうぞとばかりに全員を誘導する。中にはシキシマ風の調度品が並べられ、格式の高さも感じたレオンシュタインだった。男性陣で一部屋、女性陣で一部屋が用意されており、部屋にはタタミという草で編んだ敷物が並べられており、独特の爽やかな芳香を感じる。
入る前にシノは全員に履き物を脱ぐよう促していた。案内された部屋にはタタミの上に寝床が直に敷かれていた。
「まさか、床に?」
レオンシュタインの疑問にシノは眉一つ動かさない。
「そうです。シキシマでもベッドがないわけではありませんが、どちらかといえばこのフトンの方が使われますね」
どうぞ、ごゆっくりと頭を下げシノは部屋から出て行ってしまった。レネとバルバトラスとともに、ザイスという高さのない椅子の感触を確かめていると、やがて入口のドアがほたほたとたたかれる。
「お食事をお持ちしました」
木の机の上に、これまた木の椀に盛られた食事が並べられる。材料はクリッペン村と変わらないものが出されたが、パンはパサパサした食感で、ソーセージも肉汁が少なかった。野菜もツケモノと呼ばれるピクルスのように液に漬けられたものが多く、生野菜は提供されなかった。
「あまり豊かな食生活とは言えないようですね」
美味しいものに目がないレネは明らかに意気消沈の態で、他のメンバーも微妙な表情で食事をとっている。やはりルカスの育てる穀物や野菜は最高だと、改めてその力の大きさを理解したレオンシュタイン一行だった。
ただ、食事が終わった後の風呂は別格だった。風呂の周囲は木々で囲まれ自然な涼と香りを提供し、大きな石で区切られた湯船に入ると、木々の向こうに川のせせらぎが見える。静けさの中で唯一聞こえるのが湯船から落ちるお湯の音だった。
「これは……癒やされる……」
首まで湯船に浸かり、目を瞑ったままレオンシュタインは呟く。
「これは、ローマの風呂を超えているなあ」
バルバトラスも顔を赤くしながら、湯の質を確かめるように両手ですくう。レネは既に放心状態だ。ティアナとイルマも同時に風呂を堪能していた。二人とも強烈なスタイルの良さをもち、肌も輝くように滑らかなのだが、両人ともその価値には全く気がついていなかった。
更に言えば、二人とも『美しい』と言われる期間が短かったため、自分のことをさほど綺麗だとも思っていなかった。言ってくれるのはレオンシュタインくらいで、それが悲劇? を生み出しているとも言える。
「ねえティアナ。あのシノって人、メチャクチャ綺麗じゃなかった?」
「うん、黒い髪って素敵! すっごいお淑やかに見えるんだね」
燃える赤毛と煌めく金髪という両者とも美しい髪をもっているというのに、二人は本気で羨んでいた。お湯をすくって目の前で落としたイルマは、その音を楽しみ、ティアナも肌のすべすべを確認するように腕をしきりに触る。
「あのシノって何だか妖しい気がする。レオンと気が合いそう」
「うん、私もそれは思った。思わず電撃出してたもの」
「出したのか……」
二人は温泉を楽しみつつ、あのシノという女性に気をつけようという話が決まったのだった。
次の日からレオンシュタイン一行は、シキシマ国の街を散策できることになった。案内役としてシノが同行するのだが、それでも十分な好意らしい。カゲツナが東奔西走して、ようやく実現したのだった。クリッペン村と交流を深めたいカゲツナは、さらに長たちとの会合を重ねていた。
この町はヤマトといい、シキシマ国の首都でもあり最大の人口規模を誇っていた。町には武器や防具の店は多かったが食事の店やその他雑貨の店は少なかった。ただマッサージの店があり、珍しいとレオンシュタイン一行は体験してみることにした。
「何これ! すごい、気持ちいい」
イルマとティアナに大好評のマッサージは、全身が柔らかくなるのと痛気持ちいいのが病みつきになる。バルバトラスも肩を集中的にマッサージしてもらい目を瞑ったまま動かない。レネは頭のマッサージをしてもらい、すぐに軽いいびきを立て始める。
この日の最大の収穫はシキシマ国のマッサージは素晴らしいという事実だった。




