第4話:王国からの契約と、“誰かの代わり”であること
──王国からの返事は、予想よりも早かった。
それも、“魔法士としての招聘”ではない。
内容はさらに踏み込んだものだった。
《王国魔導局より通達。クロエ=リドモンド殿に、王国直属魔法顧問就任を要請。》
「……顧問?」
通信機から流れるクロニカの声に、私は眉をひそめた。
「直属……つまり、完全な所属になるわけね。政治と軍事、両方に足を突っ込むことになる」
当然、私はそんなものに興味はない。
だけど、今回ばかりは条件が違った。
──報酬の一部に、“王立魔導図書館の特別閲覧権限”が含まれていたのだ。
「叔父様の第五魔法式……あのまま、誰かに雑に解釈されるくらいなら……私が直接、見た方がいい」
悔しいが、合理的だった。
私は決断する。
「クロニカ。王宮に行って、顧問就任の形式だけ受けて。発言は最小限で。王室の信頼だけ得てくれればいい」
《了解。設定:対王族交渉モード、起動──》
「……あとは、任せたわね。偽りの“わたし”」
◇ ◇ ◇
その日の午後。
学園にて、クロニカ=“クワイエットの魔女”は王国使節団に迎えられ、特別馬車で王宮へと出発した。
生徒たちの間にはざわめきが走る。
「王宮……? クワイエットの魔女、王国に行くのか?」
「まさか、魔法士じゃなくて顧問に? いきなり国政レベルの関与……?」
「彼女が本当にこの国を動かすことになるなんて……!」
──そして。
その夜、図書館の隅にひとり残されたフィーネ=エアハルトは、ノートを抱えたまま俯いていた。
「……わたしじゃ、やっぱり無理かな」
彼女が受け取ったクロエの数式は、あまりにも難解だった。
そもそも、“公式”として提示されたものではなく、“組み立て過程”の断片にすぎない。
答えのない方程式。見えない論理。
それでも彼女は諦めきれなかった。
──クロエ様は、わたしなんかにヒントをくれた。
なら、せめてその想いに、少しでも応えたい。
その時、静かに足音が近づく。
「あなた、まだいたの?」
驚いて振り返ると、そこにいたのは──
「クロ……エ、様……?」
クロニカがいたはずのその場所に、なぜか“本物の”クロエ=リドモンド本人が立っていた。
「少しだけ、様子を見に来ただけ。あなたが、この数式を見ていると聞いて」
「ど、どうして……っ」
戸惑うフィーネを無視して、クロエはノートを開く。
そしてわずかに微笑む。
「あなたの読み方、悪くないわ。正面から解こうとしてる。……でも、必要なのは“変換”よ」
クロエはページの端にさらさらと補足式を書き足す。
そこに現れたのは、詠唱魔法の呪文構成と、数式変換表だった。
「……詠唱の意味、これが……“係数”だったの……?」
「そう。呪文は、感情や意識のブレを調整するための“言語フィルター”。だから、数式で書ける」
フィーネは手を震わせながら、それを見つめた。
クロエは立ち上がり、背を向けて歩き出す。
「頑張りなさい。きっと、あなたみたいな“変換できる人”が、これから必要になるわ」
◇ ◇ ◇
夜、研究小屋に戻った私は、ノートに一行だけ記した。
「自分の代わりになれる者」――初確認。
それは、クロニカでもなく。
誰よりも人間らしく、懸命に追いかけようとする、ひとりの少女の姿だった。




