第3話:魔法陣を“いじる”少女
──魔法とは、魔力を“正しく”言語化し、イメージを想起し、詠唱によって実行するもの。
魔術士にとって、詠唱と魔法陣は不可欠な構成要素だった。
その双方を否定し、なお魔法を成立させるなど──本来、ありえないことだ。
「これは……っ、火球魔法の簡略式……!?」
学園の特別教室、魔法陣制御実習の時間。
クロニカが提出した課題に、教師の目が釘付けになっていた。
「基礎魔法陣から詠唱式を完全に除外……しかも、“属性方向補正”まで入っている……!? どうやってこの数値調整を……」
他の生徒たちも、クロニカの描いた魔法陣をのぞき込んで、あちこちで驚きの声が上がっていた。
「これ、ただのファイアボルトじゃない……!出力、上がってる!」
「しかも詠唱要らず……つまり、構えた瞬間に発動できるってこと……?」
「なんでこんな計算式、思いつくの……?」
当のクロニカは何も語らない。
ただ淡々と、次の魔法陣へとペンを滑らせていく。
──その頃、山の研究小屋。
本物のクロエ=リドモンドは、通信機越しにやり取りを聞きながら、小さく笑った。
「……あの程度で驚かれるのね。第一魔法なんて、変数いじればまだ五通りは最適化できるのに」
クロエが今扱っているのは、“第二魔法”の干渉式。
複数属性を掛け合わせた応用魔法であり、現時点では多くの術士が失敗する高度な技術領域だ。
だがクロエにとっては、これは“公式の組み合わせ問題”に過ぎない。
たとえば【サンダーボルト】の魔法。
雷撃属性と空気中の水素粒子、圧縮熱量、重力加速度、回避予測点──
そうした変数を数式に整理し、出力を時間軸に沿って解放すれば、“誰でも同じ結果”が得られる。
詠唱? イメージ? いらない。
すべては、数式の中にあるべきだ。
──だが、この理論には一つ、致命的な弱点がある。
それは、「理論を使えるのは、私と、私の作ったクロニカだけ」という事実。
「……これじゃ、誰にも理解されないまま、終わるかもしれないわね」
クロエはそう独りごち、ノートの片隅に記す。
『※一般化のための変換式導入を検討。教導者の必要性?』──
◇ ◇ ◇
その夜。
フィーネ=エアハルトは、クロニカが置いていったノートを片手に、苦悩していた。
「えっと、ここの“n”って……魔力の分布密度? それとも……魔素振幅の変化……?」
彼女は詠唱魔法が苦手だった。だからこそ、クロエの“詠唱しない魔法”に惹かれた。
だが、目の前の数式は難解そのもの。
それでも、ページをめくる手は止まらない。
「わたし……絶対、これを理解してみせる。
この理論を、誰かが解読できるようにならなきゃ、クロエ様は……きっと……」
小さくて、真っすぐな決意だった。
だがそれは、世界の常識を変える火種になり得る。
──数式はまだ読めない。けれど、心で追いかけることはできる。
そして、それが「魔法に必要なものは何か?」という問いへの、一つの回答になるのかもしれなかった。




