第二話:オートマタは必要以上に喋らない
「クロエ=リドモンド様、先程の模擬戦、誠に見事でした。まさかあれほどの魔法制御を……!」
「いえ、あの、えっと……その……お疲れさまでした……!」
「今日の晩餐会にはご出席いただけますか? ぜひ、後輩たちにもお話を──」
昼休みの食堂。王都魔法学園の広いテーブルの一角には、人だかりができていた。
その中心に座るのは、銀髪の少女──クロニカ。
外見は完全にクロエ=リドモンドそのもの。
だが、彼女の態度は終始、“喋らない”。
質問にも褒め言葉にも、返事はただの頷きか目線だけ。
誰に対しても声を発さず、感情も見せない。
それでもなぜか、誰も彼女を責めない。
むしろ、そうであることが“神秘”として崇められていた。
「やっぱりすごいよ、クワイエットの魔女……」
「言葉がなくても、伝わってくる。この人は……本物だって」
──違う。本物じゃない。
ここにいるのは、ただの自律式オートマタだ。
◇ ◇ ◇
その頃、山の研究小屋。
本物のクロエは、昼食代わりの冷えたパンにかじりつきながら、通信機を開いていた。
《報告。午前:模擬戦1勝。午後:訪問者多数。対応最小限。不要接触回避成功》
「うん。うまくやってるみたいね。演出は抑えてる?」
《発言なし、感情表現なし、返答最小。通称:“クワイエット”維持中》
クロエは満足げに頷いた。
本物が喋らずとも、理論だけが残ればいい。
私の研究は、“魔法とは何か”という問いを根底から覆すものだ。
火球魔法がただの熱量解放であるなら、燃焼反応と魔素展開を最適化すれば、詠唱やイメージなんて不要になる。
感覚ではなく、再現性ある手順。
才能ではなく、式と理論。
──それが、クロエ=リドモンドの信念だった。
◇ ◇ ◇
その夜。クロニカは自室で魔力補充を行っていた。
そこへ、ひとりの少女が訪ねてくる。
彼女の名はフィーネ=エアハルト。平民出身の推薦生にして、魔力制御が不得手な落ちこぼれだった。
「えっと……その……クロエ様に、ひとつ……聞きたくて……」
クロニカは首をかしげる。発言しない。
フィーネはぎこちなく、それでも真剣な瞳で続けた。
「わたし……魔法の詠唱がどうしてもうまくいかないんです。呪文を覚えても、イメージが乱れて……。だから、もし……クロエ様のように、詠唱に頼らない方法があるなら……そのヒントだけでも、教えてもらえませんか……?」
しばし沈黙。
クロニカは静かに、自身のノートの一部を差し出した。
そこには、魔法式の基本構成と、“詠唱とイメージの対応項目”を数値化した表が載っていた。
「……これ……クロエ様の……」
返答はない。だがフィーネは、感謝と尊敬の面持ちで深く頭を下げた。
「ありがとうございます……! 必ず、読み解いてみせます!」
◇ ◇ ◇
クロニカとの通信が切れたあと、クロエはため息をついた。
「……やれやれ。あまり余計なものを渡さないでって言ったのに」
だが、口元はわずかに緩んでいた。
詠唱が苦手な少女に、数式が届いた。
その一歩が、魔法の再定義に繋がるなら──
彼女の研究は、まだ正解から遠くても、きっと意味を持つはず。