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迷い夜行  作者: 初瀬 泉
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そして今宵は閉幕

 柳が生えた橋を前にして、ユズリは遊佐に念を押すように言った。

「橋を渡ってる最中は絶対に後ろに振り返っちゃ駄目だから。振り返ったら引かれるから」

「また『引かれる』?」

 遊佐がうんざりしたように言った。

「ここで一番危険なのは『引かれる』ことなの。イザナミやらヨモツシコメやらに追いかけられるような目に遭いたくなければ、前だけ向いて橋を渡る」

「古事記?」

「よくわかったじゃない」

 振り返らずに答え、ユズリは先に木製の橋へ踏み出した。橋の対岸は靄がかかったようでぼんやりとした灯りしか見えない。

「ここは黄泉比良坂よもつひらさか?」

「似たようなものよ。坂でなく橋だけど」

 遊佐の足音を背後に聞きながらユズリは答えた。少しの間を置いて、遊佐はひとりごちるように言った。

「……ばあさんが昔言ってた。この世のどこにもない町があるって」

「あんたの情報源はそれ?」

「ああ。そこには生者も死者も、物の怪もあらゆる物がいるって。まさか本当にそんな場所があるとは思わなかったしそんな物がいるとも思えなかったけど、本当だったんだな」

「……あそこはあの世とこの世の境界なの。三途の川みたいなものね。ずっと昔は川だったらしいけど、いつの間にか住みつく奴が出てきてあんな町になったって聞いた」

「じゃあユズリの言う町の『先』にあるのは、やっぱりあの世のことか?」

「呼び捨て? 別にいいけど。……そう。あの赤い獣は冥府から逃げ込んだ奴。それで遊女に入れ込んでるなんて余裕あるわよね」

 鼻で笑うと、背後で遊佐が立ち止まる気配がした。

「俺は生きてるとか死んでるとかあそこにいた限りじゃわからなかったけど、もしかしてお前の父親は」

「八年前に死んでるよ。お父さんは」

 決して振り返らず、橋の真ん中に立ち尽くしたままユズリは言った。

「生きているうちから町に足を踏み入れることが出来る人だったし、私もそれが出来た。あんたや私みたいに生きてるうちにあの町に足を踏み入れられる人間って珍しいんだけどね。まぁたまにいるのよ」

 軽く息を吐き、ユズリは続ける。

「死んでからお父さんはあの町の管理者みたいなことをやってる。そういう役職に就いたみたい」

「死んでも役職があるのか」

 呆れたような遊佐の声がかかり、ユズリは苦笑した。

「うちのお父さんは特殊なのよ。普通は死んだらそれっきり。……ま、私も詳しくは知らないんだけど。守秘義務だとか言って、教えてもらえないし」

 溜め息と共に吐き出してから、ユズリは再び歩き始めた。

「だから私は本当は、町へ来る事を良しとはされないのよね」

「……生きている人間は普通行かないところだから?」

 ぽつりと遊佐が言う。

「ご明察。お父さんは私が死の恐怖を忘れることを嫌がっている。死んだらもうそれでおしまい。二度と動かない、しゃべらない、その人と関わることは出来なくなってしまう……私とお父さんも本来ならそうでなければいけないところを、私は度々あの町に顔を出してるから、お父さんとも生きていた頃と同じように接してるから……」

「死んだ人間を求めるものだ。置いて行かれた人間は」

 静かな声が川のせせらぎに溶ける。

 ユズリは頷いた。

「私もそうだった。もう二度と会えないってお母さんに言われて……信じたくなくて。でももしかしたらこの町に来たら会えるんじゃないかって思って……そして会えた。お父さんは、いた」

 自然と声は震え、小さくなっていく。

「再会して泣いた娘にあのオヤジ、何したと思う? まずは一発頬をはたかれて、帰れって言ったの。ここはお前が来るところじゃない、って……」

「……」

「四年間、出入り禁止だった。橋番がどうしても私を町に入れてくれなかったの。ようやく四年前に三ヶ月置きならって条件付きで許されたけど。でも一年前にお父さんの上役に当たる人に、いずれ私も町の管理人になれる可能性があるからってことで自由に入れるようになったけど本当のところ、お父さんはまだ不満みたい」

 そして最後の一歩を踏み出し、橋を渡り切る。

「……少しは分別つく年齢になって、あちらの町ばかりに入り浸ってこちらの世界を疎かにしないっていう条件付きではあるけどね。刀狩りしたりとか、お父さんの下でバイトしてる感じでもあるから呑気に親子でお茶してってわけにもいかないけど」

 少し遅れて遊佐もまたユズリの隣に並ぶ。

 気付けば振り返った橋は木製からコンクリート製へと変わっていた。黒一色だった空は薄い群青色に染まり東の空は金色がかったごく薄い赤、東雲しののめ色に。

 朝だ。

「だけど何度町へ行っても帰ってくると思う。ああ、お父さんはもう死んだ人なんだってどうしても思い知らされる。この世界にお父さんの居場所はなくて、太陽を浴びて心地いいと感じる私の生きる場所はこちら側なんだって」

「……複雑、だな」

「もうお父さんと私は違うってことを忘れないためにはそのほうがいいのは分かってるけどね。でもまだ少ししんどいかも。……あんたは、遊佐は平気なの?」

 日の当たる世界で初めて遊佐の顔をまともに見た。その顔はやはり源太のようで、表情らしい表情などない。

「あんたは探してる人、見つけた時に割り切ることが出来るの?」

 あの町に紛れることが出来るのはごく稀な者か死者、或いは死に近い者だけだ。遊佐は探し人が迷っている可能性があると言った。あの町の向こう……あの世に言っている可能性があると。町の先にあるモノが何かを理解しても、前言を撤回したりはしない。つまり、彼の探し人はそういう者なのだろう。

 遊佐とその人物がどんな関係のものなのかを詮索する気はない。けど彼はこの日の当たる世界を置いてもあの町で探そうとした。それだけの執着を持つ相手だということだけは考えなくてもわかる。

「割り切れる」

 遊佐は静かに、だけど強く言った。

「あれはそういうモノだって、分かってるから」

 その言葉の裏に隠れるのは、決意か諦めか。

「……そう」

 ユズリは遊佐から視線を外し昇り始めた太陽の下、夜だけの町など影すらも見当たらない川向うの古い町並みを見た。

「なら手伝う。あんたの探し人を見つけるの。ご褒美もあるし」

「……無償だったら手伝う気ゼロと?」

「さぁ。その時の気分次第? ま、一応助けてもらったことになってるから借りは返すわよ」

 ユズリは遊佐を見上げて強気に笑った。

「あそこはいずれ私が管理すべき町だもの。探し人の一人や二人、すぐにでも見つけてやるわ」

 そして彼の前に右手を差し出す。

「……期待している」

 遊佐は差し出された手を握り、小さく答えた。その時の遊佐が日の下で微かに笑って見えたのは気のせいか、そうでないのか。

「大いに期待しているがいいわ」

 明るい光の下、ユズリは強く握手した手を握り返した。

 そして一つの夜が明けた。

      

 了

 ここまでお付き合いくださってありがとうございます。

 原色の万華鏡のように目がくらみそうで、どこか不気味で懐かしい世界を書きたいと思って書いた話がこの迷い夜行です。

 この話は昨年夏に某携帯小説サイトで書いたものなのですが、これを携帯の画面で読めというのは随分ひどい書き手だったなぁと今更ながら思っています。

 今回こちらで再度載せさせて頂くにあたり、文章は若干変えたりしましたが、基本的な内容は変わっていません。結局遊佐の探し人は? という感じなのですが、企画連載モノにしようと思っていたので次につなげるような話にしようと書いたものなのでこういう形でこの話は終わっています。

 携帯小説サイトではあまり人様受けしなくて申し訳なかったので、まだ続きは全く書いていないのですが、私自身はこの迷い夜行の世界をえらく気に入っていまして、ユズリや遊佐、その他今回は出せなかったキャラクターなど書ききれなかったエピソード(現在お蔵入りとなっていますが)いずれこちらのサイト様で書ければなと目論んでおります。

 もし日の目を見る機会がありましたらぜひまたお付き合いいただければ嬉しいです。


 2010.2.8 初瀬こより

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