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末法の退魔師 ~戦国妖鬼討滅伝  作者: ビジョンXYZ
第二章 越後の龍
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第二十四幕 越後国へ

「ふぅぅぅ……終わった、か。朝秀……莫迦な男だ」


 人妖の戦場となった風雲の旭山城。その中心部分たる本丸御殿跡地(・・)。怨霊鬼と化した裏切りの武将、大熊朝秀を見事討ち取った景虎はしかし、その戦功とは裏腹に複雑そうな表情で呟きを漏らした。


 曲がりなりにも臣下(・・)だった人物を討伐したのだ。しかもその臣下は敵に内通し、あろうことか強力な妖魔と化していたというおまけ付きだ。彼女(景虎)の性格や性質からしても何とも思わない方がむしろおかしいだろう。


「ち……美味しいとこを持ってかれちまったけど、ま……仕方ないね」


 紅牙も戦いが終わった事を確認して、刀を納めつつ嘆息した。朝秀を直接討つのは、やはり彼女よりも景虎であるべきだっただろう。元が武家の出身だからか、そういった事柄には理解がある様子であった。


「伽耶さん、お見事でした。あのような強力な攻撃術をお持ちとは……」


 妙玖尼も弥勒の構えを解いて伽耶に向き直る。怨霊鬼に直接止めを刺したのは景虎だが、それを可能としたのは伽耶の攻撃術に依るところが大きい。攻撃だけでなく他にも水人形を作り出したり、人を無害に眠らせたりなど、対妖魔特化の法術に比べて神祇(しんばい)というのはかなり汎用性が高い能力のようだ。


 妙玖尼の称賛に伽耶は苦笑して肩をすくめた。


「まあ溜めや隙が大きすぎて単独任務じゃ絶対に使えない術だけどね。だから私もまともに実戦で使ったのは今のが初めてだったのよ。上手く行ってくれて私自身が一番ホッとしてるわ」


「……!」


 実戦での使用が初めてだったと聞いて妙玖尼は若干目元を引き攣らせた。随分大胆な賭けに出たものである。


「あら? 『とにかく威力が高い術』ってあなたが言ったんでしょう? 何にせよ終わり良ければ全て良しだわ」


「はぁ……まあ、そうですね。とにかく皆さんご無事で何よりでした」


 あっけらかんと笑う伽耶に、妙玖尼は嘆息しつつ頷いた。兎にも角にも、この城の襲撃を引き起こしていた指揮官役の怨霊鬼は倒した。これで今城を襲っている妖魔達は統制を失い、程なく撃退できるだろう。



「これで当面の危機は脱したか。済まなかったな。これも全てはお主達が協力してくれたお陰だ。この場で礼を言わせて欲しい」


 薙刀を収めた景虎が歩み寄ってきた。そして妙玖尼たちだけでなく曲がりなりにも武田の密偵である伽耶に向かっても、躊躇うことなく頭を下げた。その事に当の伽耶が目を丸くしていた。


「あら……これはちょっと意外だったわね」


「見くびるな。人の世の争いより妖魔の脅威の方がより深刻だ。鎌鼬だけでなく朝秀……怨霊鬼まで討伐に力を貸してくれたそなたは最早我が恩人だ。そして恩人に礼を失することは我が義に反する」


 景虎は当然のように断言した。やはり彼女の義将としての世間の評価は間違ってはいないようだ。


「お、どうやら向こうも終わったみたいだね」


 城の外縁から木霊してくる鬨の声に紅牙が口の端を吊り上げた。指揮官役たる怨霊鬼がいなくなったため、城を襲っていた妖魔は統制を失い長尾軍の前に撃退された様子だ。これでひとまずの危機は去ったと言えるだろう。



 程なくして、猛烈な勢いでこちらに駆けつけてくる武者の一団が目に入ってきた。外道鬼の例もあるので全員が一瞬警戒するが……


「殿、ご無事でしたか!? 攻めてきていた妖魔どもを無事撃退…………お、おお……こ、これは……? 本丸御殿が……」


 それはあの色部勝長という長尾軍の武将であった。崩壊した本丸御殿の惨状に唖然としている。景虎が苦笑しつつ手を上げた。


「勝長、私は見ての通り無事だ。だが朝秀が武田方に内通しており、あろうことか妖魔と化していた。奴がこの城に妖魔どもを呼び込んでいたのだ。誅殺には成功したが……ご覧の通り少々抵抗されて(・・・・・・・)、な」


「な、何と朝秀が、武田と…………っ! そ、そうだ! 武田の名で思い出しましたぞ! 殿、一大事にござる!」


 この凄まじい破壊跡を『抵抗』などと宣う景虎の話を唖然としたまま聞いていた勝長だが、急に何かを思い出したらしく血相を変えて話を切り替える。


「何だ、藪から棒に。居城が妖魔の軍団に襲われたばかりだぞ? これ以上の一大事なぞあろうものか」


 妙玖尼たちの気持ちも代弁するように顔をしかめる景虎だが、勝長は構わず詰め寄る。




それどころ(・・・・・)ではありませんぞ! この報せを受けた直後に妖魔どもの襲撃が発生したためにお伝えしそびれておりましたが…………反乱(・・)です!! 国元の越後において、殿の兄君(・・)たる晴景(はるかげ)殿が挙兵したとの報告が! 大至急越後にお戻りくだされ!!」




「は……? な、何だと……? 兄上が……? 何を、どうした?」


 景虎は今までの凛気あふれる男装武者ぶりが一気に崩れるような呆けた様子になった。だが勝長は無情にも繰り返す。いや、もっと悪く(・・・・・)言い直した。


「兄君の晴景殿が越後で謀反を起こし、挙兵したのです! しかも景虎様を討伐して越後大名に返り咲き、その後は武田と和睦する(・・・・・・・)と宣言してきたのです!!」


「…………っ!?」


 今度こそ景虎は目を見開いて絶句してしまう。妙玖尼たちは矢継ぎ早に展開する事態について行けず、ただ呆然と彼女の様子を眺めるのであった……



*****



「なんだかキナ臭くなってきたねぇ。あの(・・)晴景が反乱を起こすなんてどう考えてもおかしいよ。こりゃ裏に何かあるよ」


 旭山城の三の丸にある小さな座敷部屋で、胡座をかいて腕組みしている紅牙がそう断言する。一時の驚愕から立ち直った景虎は、今は(本丸が破壊された事で)仮の本部となっている二の丸で勝長やその他の配下武将たちと緊急審議の真っ最中であった。


 妙玖尼たち三人は「あとで相談したいことがある」と景虎に請われて、こうして別室で待機している状態だった。また妙玖尼自身も一種の予感のようなものがあり、自ら望んで景虎の元に残留していた。


「紅牙さんは長尾晴景の事をご存知なのですか?」


「まあ一応元は越後の出身だからね。私の生家(・・)でも晴景は、放蕩で女遊びばかり考えてる臆病な小心者って扱いだったよ。まあ長尾家の家臣どもが晴景の代わりに、男装させてまで妹の景虎を推したのもさもありなんって所だね」


 紅牙は元は越後の武家の出だったはずなので、その情報はある程度正確なはずだ。長尾晴景は景虎の『前の』越後大名だった人物で、景虎の兄に当たる。元々先代越後大名である長尾為景より家督を継いだのは順当に長子の晴景であった。


 だが晴景は紅牙が言うように覇気があるとは到底言えない小人物で、この戦国の世において家臣たちが自身や家の命運を託すに足る器では全くなかった。そして当時から女子ながら才気に溢れ覇者たる器の片鱗を見せていた妹の景虎を当主に据え、晴景は強制的に勇退(・・)させられたとの事であった。


 話を聞いていた伽耶も首肯した。


「彼女の話は正しいわ。そんな小心者の晴景が今さら景虎に反旗を翻すとは考えにくいわね」


 他国の情報収集に余念がない武田の密偵である伽耶もそう言うなら、まず確実だろう。だがそのあり得ない事が現実に起きている。となるとそのあり得ない事象を引き起こしている何らかの要因(・・・・・)が疑われる事になる訳だ。


「尼さん、やっぱり……?」


「はい、恐らく美濃の時と同じ事例ではないかと……」


「……!!」


 恐らくと言いつつ既に彼女の中には確信があった。紅牙が若干目を瞠る。


「……晴景の裏に妖魔の影ありって訳ね」


 同じく美濃の決戦を共にした伽耶も納得したように頷く。人間、それも大名や豪族などの大きな勢力と妖魔の力が結びついた時、人の世への脅威度は比較にならないほど跳ね上がる。美濃ではまさにその『最悪の事例』を実際経験したばかりだ。あのような事態を繰り返させるわけには行かない。


 妙玖尼がそう決意していた時、丁度この部屋に向かってくる足音が聞こえてきた。



「待たせてしまって済まない。何分急な報せだったのでな……」


 入ってきたのは景虎であった。その男装の麗貌には深い憂慮と煩悶が浮かんでいた。だがそれも無理からぬ事と言えた。


「だがどうも兄上が反乱を起こしたのは事実であるようだ。信じたくはなかったが……」


 憂慮の表情のままかぶりを振る景虎。彼女の性格からして身内に裏切られたというのは相当の衝撃であろう。しかも実の兄である。彼女の様子を見る限り元々は兄妹仲も悪くなかったのかも知れない。


「景虎様、私達はつい先だって美濃で似たような事例に遭遇致しました。やはり家臣たちの思惑で強制的に隠居させられていた斎藤道三が、息子である義龍公に反旗を翻した事件です。かの内乱のことは景虎様もご存知でいらっしゃるのでは?」


「……! 無論だ。あの内乱にそなた達も関わっていたのか?」


「まさしく。尤も私達が積極的に関わったというより、巻き込まれたという方が正しいですが。それはともかくあの内乱でも道三の裏には妖魔が……いえ、妖鬼(・・)の存在がありました。今回の事件も本当に兄君の晴景様がご自身の意思で行われた事かは、現時点で断定は出来ないかと思われます」


「……!!」


 景虎が目を瞠った。妙玖尼の言いたい事が分かったのだ。


「あの朝秀ってやつは、妖魔の力を『奈鬼羅からもらった』って言ってたよね。晴景が反乱を起こしたのとほぼ同時(・・・・)にあいつも『反乱』を起こしたのは確実に偶然じゃないだろうね」


 紅牙も頷いて補足してくれる。今回の晴景の反乱の裏に奈鬼羅がいるのは、ほぼ確実と言っていいだろう。恐らく鎌鼬による景虎暗殺が失敗した時点でこうするつもりだったに違いない。そしてそれだけでなく、同時に朝秀(怨霊鬼)を使って再度の暗殺まで狙った。奈鬼羅の用心深さと景虎に対する執念深さは驚嘆に値すると言える。


「つまり兄上はあの奈鬼羅なる輩に利用されたという事か。……お陰で迷いは吹っ切れた。礼を言う」


 景虎はその言葉通り、先程までの憂慮は消えて静かな怒りと決意に満ちた面持ちに変わっていた。そしてその表情のままこちらに向き直った。



「これがただ身内の反乱というだけなら決してこのような頼み事はしなかった。だがその裏に妖魔が暗躍しているとなれば話は別だ。我らは人相手の戦には慣れていても妖魔の相手は門外漢。恥を忍んで頼み申す。どうか私と共に越後に赴き、此度の事態の収束にその力を貸してはくれぬか?」



 そこまで言って景虎は……名だたる越後の戦国大名は、旅の退魔僧や浪人たちに対して深々と頭を下げた。これには特に伽耶が驚きに目を瞠った。


「……どうか面をお上げ下さい、景虎様。確かに人同士の戦や(まつりごと)であれば我々が関わる道理はありませんでしたが、妖魔が絡んでいるとなれば話は別というのは我々にとっても同じ事。ましてや妖魔を使役する強大な妖鬼が潜んでいるかもとなれば尚の事です。むしろ私の方からお願い申し上げます。是非我らの越後への同道をお許し下さい。必ずや景虎様のお力になりましょう」


 妙玖尼は静かに宣言した。その言葉に嘘偽りはなかった。それを感じ取ったのか景虎が顔を上げる。


「おお……感謝する、妙玖尼殿。やはりそなた自身が何と言おうと、そなたは我が危難を救うために毘沙門天が遣わせた天女だ。毘沙門天の加護あらばこの戦い、必ずや勝利できよう!」


「ま、またそのような事を……」


 感動と興奮で紅潮した面持ちで断言する景虎に、妙玖尼は景虎とは別の感情で若干顔を赤らめて眉を寄せる。景虎は何かにつけて妙玖尼の事を天女扱いしてくるのが困りものだ。


「はは、尼さん、諦めなって。いや、これからは天女さんってお呼びした方が良いですかね?」


 揶揄するように笑う紅牙を睨んで黙らせる。しかし彼女の生国である越後に行くことに対して特に反対はないようだ。信濃に入った際にも言っていたように、もう既に出奔(・・)から相応の時が経って、彼女のことを知る者もほぼ居ないだろうと確信が持てた事がその理由らしい。


「……晴景は大名に返り咲いたら『武田と和睦する』って宣ってるのよね? 信じたくはないけど……晴景か、もしくは奈鬼羅から真相(・・)を聞き出す必要があるわ。私も同行させてもらうわよ」


 そう言って伽耶も同道を希望する。彼女の主である武田晴信が晴景と、ひいては奈鬼羅と繋がっている可能性があるのだ。伽耶としては心中穏やかではいられないだろう。


 彼女の心中はともかく、伽耶の弓術と神祇は対妖魔においても大きな戦力となる。断る理由は全く無い。それは景虎にしても同じであったらしく、既に鎌鼬や怨霊鬼の討伐実績を以ってある程度の信頼を得ていた事もあって、本来武田軍の密偵であるはずの彼女の同行は問題なく許可された。



 こうして妙玖尼たちは晴景の反乱鎮圧と、その裏に暗躍する妖魔討伐のために、思いがけず越後国に赴く事となるのであった……

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