32話 寿命②
「くひっ……ひひひひひひ……ひへははははは……あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
ディアスだった。
「ゲホッ……ゴホッ! ガハッッ!」
「セリカよ! しっかりしろ! 小僧、これは一体どういう事なのだ……例の情報屋によれば契約主であるあのディアスを倒せば終わるのではなかったのか? それともまだ何かあるのか?」
「わ、分からねぇ。刻印は確かに解除された。だからセリカを縛っていた命奪の儀式の呪いも消えたはずなんだ。それなのになんで……なんでまた吐血したんだ……しかも今度はこんなに」
終幕手前の異常事態。
タイミングとしてはグリフが願いを叶えるまさに直前。セリカが突然吐血し、さらに瀕死状態という恐らく本人すら予想だにしていなかったであろうアクシデントに状況が掴めず狼狽えていく最中、
「ききき……くくくくく……あっはっはっはっはっはっはっはっはっ! まったくお笑いだぜ! この馬鹿どもめ! まだ分かんねぇのかっ!?」
たった一名のみ。
なぜか敗北者であるディアスは笑っていた。
グリフの魔法により傷ついた体に加え口もろくに動かせない程に疲弊していたにも関わらず、彼は一人勝ちでもしたように笑い声をあげ、周囲へ嫌悪感をまき散らし勝ち誇る。
そしてその理由はというと――
「教えろ! セリカに何が起こってるんだ!? お前を倒したら終わるんじゃないのか!?」
「へへへ……本当に鈍い奴だな。またって事は一回そいつが血吐くのを見たんだろ? じゃあそん時と同じだ。それの寿命が近づいてるんだよ。しかもその様子じゃあもってあと数分ってことか。まあとにかく死の直前って事だなっ!」
「なん……だと……お前は何を言って――」
……刹那。
(……はっ!?)
思考が駆け巡り、グリフはそこに到達した。
決して信じたくは無かった。だが浮かんだ。
この状況を説明するに充分な解答。最も納得できてしまう一つの最適解を導きだしてしまった。
それは。
「ま……まさか……」
「ああそうだ! 【命奪の儀式で失われた寿命は永遠に戻らねぇ】んだよ! 溢れた水が盆に返らねぇようにな! つまり俺様を倒して呪いの刻印を消したとこで、結局その女はもう助からねぇってワケなんだよ! バァァァァァァカ!」
残酷な答え合わせ。
「……あやつめ。言わせておけば――」
「そんな……呪いが消えれば失われた寿命は戻るって。契約主のお前を倒せば、セリカの寿命は元通りになるってボロドの旦那の情報が誤ってたって言うのか」
「ああ、面白れぇことにその通りらしいな。だから戦う前に確認してやっただろ? その情報屋って奴の話が“どこまでが正確”なのかってな! まったくおめでたい奴らだぜ! 本当にその女を助けられると思ってたのか!? 間抜けがっ!」
「ぐぐっ……」
ギリリ! 奥歯を強く噛みしめるグリフ。
対しディアスは幕引き手前。どうにか一矢報いてやった。狙い通り希望から絶望へ叩き落としてやった。さあもっと悔しそうな顔をしろ。もっと己の無力さを嘆いて俺を楽しませろっ! と、
「あっはっはっはっ! マジでお笑い草だぜ! 救世主様だか何だか知らねぇが、結局お前らは誰も助けられねぇんだよ! ヌルの餌になったあのガキ共と同じでその女一人すらも救えねぇんだ!」
続ける。その女も道連れだと、
「うひひ……ひははははははは……あっはっはっはっはっはっはっは! ざまぁ見やがれ! 計画とはかなりずれたが、それでもクライマックスで笑うのはテメェらじゃねぇ! 神に選ばれたこの俺ディアス様なんだよっ! ボケどもがっ!」
まさしく傲慢。
邪悪な本性を再び露わにし声を荒げ狂笑。
敗れてもなお敵を見下し続ける彼のその姿勢はもう見苦しいというよりかは、もはや一周回ってあっぱれとでも云うべきなのか、
「さあ、どうする!? 泣くか!? 泣いちまうのか!? でも泣くしかねぇよな!? 泣き寝入りするしか出来ないもんな!? 祈っても“奇跡”なんか起きるわけねぇもんな!? さあ早く泣けよ! 嘆いて惨めに泣き叫びやがれっ!」
とにかくディアスは期待した。
ハッピーエンドは許さない。
お前らが辿るのはバッドエンドだけだ!
「ひーっひひひひひっ! あっはっはっは! うわっはっはっはっは!!」
ディアスはグリフ達のこれまでの努力を踏みにじる発言を連続で続けると、また場に響くような高笑いを浮かべ勝利を確信するのだった……。
たった一つの【誤算】を除いて――
「…………ふふっ、そうだよな。お前の言う通りだぜ。毒とか病気ならまだしも流石に“寿命”となるとどうしようもねぇよな? ディアス?」
「……へっ? あ、ああ……そうだろ?」
……妙な感覚ではあった。
だが違和感の正体までは掴めなかった。
グリフが自分へ向けた言動と表情に――
「奇跡……か。はは、確かに良い笑い話だよな。だって奇跡に近いとされる魔法ですらどうにも出来ないんだから。まあ不老不死になる薬でもあるなら話は別だが、そんな代物はおとぎ話の中だけだ。それにお前が言った通り神様にでも祈るようになったら人間おしまいだからな。参ったよ」
「だ、だよな? はっはっはっはっはっ…………そうだろ? もう諦めるしかないよな?」
なんだ? こいつのこの顔は?
少なくとも絶望した人間の顔じゃない。
それも参っただと? 言動が一致してねぇ。
(諦めた……のか?)
いや違う。それにしては妙な清々しさがある。
むしろ腫れものが落ちたみたいにどこか決意めいたような表情だと、そうディアスは言動諸々含めグリフの落ち着いた態度についての謎を明かせず困惑していると、
「なあ……番人さん」
「どうした?」
「その……なんていうか、今更な話にはなるんだけどさ。“願い事の変更”って可能なのか?」
(…………なに?)
グリフの真意を掴めず戸惑うディアスを他所に、場は大きく動こうとしていた…………そうして。
「可能だ。というよりも貴殿の願いはまだ途中で全て聞き届けてはいなかったからな。変更も何もあるまいて。だから先程と同じように願うが良い。ただ念じるも良し。なんだったらハッキリと口にしても良い。貴殿の好きなように願いを叶えよ」
「そうか……ありがとう。それじゃあ――」
直後。その真意が明らかとなった。
「セリカに寿命を与えてやってくれ」
「「!?」」
「んなっ!?」
「ほほお?」
それこそまさしく“奇跡の力”。
そしてグリフは冷静に口にしたのだった。
今度は誰にも妨害されずにハッキリと――
「なっ……んなっ!? てめぇ正気か!? 悔しさで頭イかれちまったんじゃねぇのかっ!? 何でも叶うんだぞっ!? 富も名声も権力もなんだって手に入るんだぞ!? それをたかが女一人の為に使うなんて…………正気じゃねぇぞ!?」
「……正気に決まってんだろ。だがなディアス。この願いは別に悔しさとか、お前の鼻っ柱をへし折ってやりたいとかそんな私怨じゃないんだ」
「なにっ!?」
「俺は彼女に助けてくれと頼まれた。それも体中ボロボロにしてほとんど餓死寸前まで追い詰められても、彼女は諦めずに見ず知らずの俺の元へやって来たんだ。だったら応えてやるしかねぇだろうが…………彼女の覚悟にっ!」
「ぐっ!? この野郎!?」
そうさ、何度も何度も言ったはずだ。
俺は最初から後悔なんてしていない。
なぜなら既に決めていたんだから。
「ゲホッ、ゲホッ……ゴホッ……グリフ様、それだけはいけません……もう、ここまでで充分です。これ以上……これ以上私なんかの為に貴重な願い事を……ほら、フィオナ様も止めてください」
「ふふふっ。セリカよ、もう諦めろ。我が主はああいう男なのだ。いざという時は己の利を躊躇なく切り、自身の信じた者を救いたがる。その選択が正しいのかは知らぬが、少なくともあの小僧は後悔を残さぬ強い信念をもった存在なのだ」
「フィ、フィオナ様……」
「だから大人しく見守るがよい。小僧の思いを無下にせずに黙って救われていれば良いのだ。それに何より我が主の願いなのだ。それに従者である余が口出しするなど無粋の極みであろう」
セリカを救う。
依頼を受けた時から目的は何も変わってない。
ただ少しばかり予想外の事態こそ起こり【元々の願い事】から変更せざるを得なかったが、それでもグリフは己が意思を一切揺るがすことなく、
「さあて、それじゃあ色々と野次が入っちまったが仕切り直そうぜ。願いはさっき言った通りだ。叶えてくれるんだろ? 盲目の番人さん?」
「……本当にそれで良いのだな?」
「ああ……だから頼む。なんとしても彼女に寿命を。それも一日二日の話じゃない。これからもずーっと彼女が自由に笑って過ごせるようにしてやってくれ。それこそが俺の一番の願いだ!」
望みを発し、再び強く腕輪へと念じた。
依頼……そしてミールとの約束通りに、
「ふっ……良かろう。その願い叶えよう」
セリカの明日を。未来を。
彼女の生を一心に願ったのだった――
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話については現在執筆中につき間に合えば、21日(金曜日)に投稿予定です。
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2月20日追記
執筆が間に合いそうになく、仕事の関係もあるため一旦投稿予定日を来週の28日(金)もしくは29日(土)と致します( ̄▽ ̄;)




