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33話 贖罪



「ば……馬鹿な」



 恐らくディアスにとって、グリフの行動は永遠に理解出来ない事柄だったに違いない。




「あの野郎……本当にやりやがった」




 誰かを命懸けで助けようとする。

 誰かの為なら平気で己の利益を切れる。




「どうだ、立てるか? セリカ」



「はい、おかげさまで血も治まりました。ですが本当によろしかったのですか? せっかくの貴重な願い事を……グリフ様だってもっと叶えたい願いがお有りでしたでしょうに。それをわざわざ私の命なんかのために……いったいどうお礼を申し上げたら良いか――」



「ははは。まあまあ、もう叶えちまったんだし、あんま気にするなって。それにさ……これは俺が腹の底から願った事なんだ。だから俺は自分の願いを叶えただけだ。それで良いだろ?」



「グリフ様……」




 あり得ない。絶対にあり得ない。


 何事においても自分の利益が最優先だ。

 周囲の人間がどれほど飢えて死のうとも。

 たとえ血縁者が助けを乞おうとも最後は自分。



「ありえねぇ……あんな……あんな死にぞこないの女一人の為に……得られたであろう富や力も全部捨てて……あの女の寿命を求めるなんて――」



 逆に言えばそれがディアスの本性。


 そのため彼は余計にグリフの意思。

 使いきれぬ程の金銀財宝。あるいは世界を支配できるような最強の魔法などよりも少女セリカの自由。彼女が笑う未来を優先したという彼の途方もない優しさ、その計らいを自己中心的なディアスが生涯理解する事は不可能に等しい。



 だからこそ。



「馬鹿が……ただのお人よしの馬鹿野郎が……どう考えたって自分優先だろうが……金も食い物も……まずは自分が楽してこその人生じゃねぇか」



 馬鹿。

 馬鹿が。

 馬鹿野郎が。


 そうディアスはグリフを称賛する声など一切あげずに連呼。他者を思いやるという温情を理解出来ぬまま、ひたすら同じ蔑称を並べながら己の強欲にして醜い人生観を吐露していくのだった。



 しかし。頭を抱えるディアスにとっては逆に考察をしようとする時間の余裕すらも与える事は無かった……………………何故なら――





「いいえ、馬鹿なのは貴方の方ですよ」





「「「「!?」」」」




 直後、遮る者が現れたから。

 そしてその現れた人物の正体はというと――




「お久しぶりです。()()()()()()




「なっ!? なんでお前がここにっ!?」



「ま、マジか。直接()()が来るのかよ」

「ほぉ。まさか()()()出陣とはな……」

「そ……そんな()()()()が来られるなんて」




「皆さん、お待たせしました。ギルディア王国17代目当主このクロード・ギルディア。大罪人……いえ我が実兄を捕縛すべく参上致しました」




 ……まさかのクロードだった。


 ディアスの弟にして現国王。

 若き名君クロード・ギルディアが忠臣ベルートと多くの兵士を従え、この魔宮最深部へ足を踏み入れたのだった。




「クロード……クロォォォドォォォッッ!!」



「…………まったく残念です。追放されたことで少しは自分の愚に気付き反省すると思ったのですが……まさかこんな形で貴方と再会するとは」



 身に纏うはその純粋さを示す聖銀の鎧。

 身を覆うは誇り高さを表す紅蓮のマント。


 そして最後にその赤髪に乗るは王の象徴。




「クロードォォォォ!!! 今すぐ()()を。そいつをよこせぇぇぇぇぇ! それはこの俺様! この選ばれしディアス様が被るのが正解なんだぁぁ! それがもたらす【力】の使い方もろくに知らない軟弱者のお前じゃなくて、力の意味を理解し民を思うがままに操れる俺様こそが持つべきものなんだ! だからよこせぇぇ!」




「ディアス……兄様。貴方はそこまで……」




 王冠。


 それは民より慕われし真の王者のみが身に着ける事が許される代物にして、まさしく国の頂に座する者の頭上を飾るに相応しい金の冠。




「「こいつ……我らが陛下に向かって……」」

「ベルート様。いかがいたしましょう?」

「我々はいつでも武器を振るう覚悟ですが」

「別に処刑しようと思えばいつでも……」



「……お前達の気持ちは痛いほど分かる。だが今は堪えよ。私とて必死に耐えておるのだ。それに陛下の命令を忘れたか。我々は陛下の手足にして武器だ。それを主の命令を無視して感情的に動き、台無しにするなどあってはならぬ事だ。だから堪えるのだ。クロード様のご意思を優先せよ」




「「「はっ!」」」

「「「御意!」」」




「チッ! 主人を祀り上げる事しか出来ねぇ雑兵どもが。勝手にゴチャゴチャ抜かしてんじゃねぇぞ! さあクロード、その冠を早く俺様によこせ! 兄である俺様の命令が聞けねぇのか!?」



 そんなディアスでなくとも覇道を目指す者であれば誰もが憧れ、夢にすらを見るであろう冠を煌めかせクロードはついに再会したのだった。



「さあ早く渡せ! 所詮お前は王の器じゃねぇんだ! いいか、王っていうのは()()()()だ。国民を自由に操り、己に都合の良い秩序を生み出すのが役割なんだよ! だから王の邪魔するような外敵は全て殺す! 必要なら内部の反逆分子だって潰す! お前が理想とする和平も平和も必要ない! 物資が足りなくなったら他国を襲う。それでも足りなくないなら自国の民から絞り取るだけなんだよっ!」




「………………………」




 ただし彼からすれば望みもしない再会。

 それこそ今やかける言葉すらも見当たらないまでの醜悪振り。これには如何な温厚なクロードであっても激しい嫌悪感の類を抱かざるを得ず、




(ディアス兄様……どうやら貴方にはもう“人の心”は残っていないようですね。もしも反省の色を僅かでも見せれば()()()()()()()を与えて差し上げようと思っていたのですが…………)




 哀れを通り越し、もはや同情の余地無し。

 クロードは眼前で醜態を晒してもまだ好き勝手に雑言喚き散らす人道外れた実兄ディアスに対し、これ以上言葉を交わしても時間の無駄だと判断。



「クロード様。どうかかの者に【裁定】を――」



「ああ、分かっているさベルート。だからここは僕に任せてくれ。出陣前に君達へ話した“例の刑”に処する事にするよ。だからもしその時に暴れるような事があれば全力で止めてくれ。頼んだよ」



「はっ! 陛下のご意思のままに!」




 そこで彼は“ある決断”を下すと、紡いでいたその口を静かに動していき発していった。





「……大罪人ディアス。国領からの永久追放という約定を破ったのみならず領内の農村を襲い、あまつさえ罪の無い子供達まで歯牙にかけた貴様の所業、万死に値する! よってギルディア王国17代目当主としてこのクロード・ギルディアが直々に貴様へ引導を渡そう! 覚悟して聞け!」




「…………ちっ、そう来やがったか」




 ただし……弟としてではなく。

 あくまでも一国の王として――。




「グリフ様……クロード様はいったい――」



「さあな。ただ言えるのは、あの優しさの塊みたいなクロードがあそこまで怒っているんだ。死罪……いや、もしかしたらこの場で処刑されるかもな。以前は血を分けた兄弟ってことで追放に留めてたが、今回はどうなるか分からねぇよ。なあ、お前だってそう思うだろ。魔女帝さん?」



「……ふふっ、そうだな。確かに(ディアス)は死罪に充分値する大罪人だ。貴様の言う通り、この場で処刑される可能性がかなり高いだろう」



「やっ、やっぱり……」



「ほらな。それに俺がもしクロードと同じ王様の立場だったとしても同じように迷わず極刑を下すだろうぜ。だって死を与えられるっていうのはそれだけ重罪を犯したって証明なんだから――」



「ふふふっ、死を与える……か。確かにそれは厳しい処罰だな。しかし奴は果たして“その程度の罰”如きで許されるかな。なにせこの世には()()()()()()()()だって幾つかあるのだからな…………それこそいっそ自ら殺してほしいと懇願するような恐るべき罰がな――」



「「えっ?」」



 そうグリフとフィオナ。さらにセリカ。

 他にもクロードの臣下達が黙して見守る中。



「はっ……ははは……ははははははははっ! 殺すのか!? お前がこの俺様をっ!? あの臆病者だったお前がこの兄ディアス様に向かって死罪を言い渡すのか!? はっはっはっはっは! こりゃあ良い皮肉だぜ! 人の死を好まない優男のお前がまさか人の死を望むなんてな!」



「…………………」



「いいぜ! 殺したきゃ殺せよ! 今さらもう逃げやしねぇ。だが一つだけ忘れるなよ!? 俺様を処刑した時点でその手は血に染まるんだ。たとえ処刑自体は別の兵士がやったとしても、その結末を望んだのはお前だ。だからお前は一生人殺し……いや兄弟殺しの罪を背負うんだぜ!? それを承知のうえでこの俺様を処刑する度胸が――」





 ――満を持してクロードは発した。





「いいえ。貴方を処刑台になんか送ったりはしません。なぜなら貴方を【拘束】するからです」




「なっ!? 拘束だと!?」

「へっ? 拘……束?」




 瞬間。場の一部に困惑が生まれた。

 そしてそれに特に吞まれたのは二名。

 当事者であるディアスとグリフの二人。




(おいおい、クロード……お前が何を考えてるのか知らねぇけど、ディアス(そいつ)は絶対に処刑台へ送るべきだろうが! でないと今回のセリカみたいにまた罪も無い人が犠牲になるんだぞっ!?)



(ふふっ……ふふふふ……ふはははははははっっ! クロードの奴めっ! ここに来てへたれやがったか!? やっぱりお前は王様には向いてねぇよ! ただの甘ちゃんだ! 自分で言うのもなんだが誰がどう見たってここは“死刑”だろうが! それを拘束って馬鹿じゃねぇのか!? まあ……そんな馬鹿な弟だからこそ俺様は生きられるワケなんだがな! あっはっはっはっはっは!)



 片やここで殺しておくべきだと思慮する賢者。

 片やひとまず死は免れたと安堵する大罪人。

 しかし、いずれにせよ両者はクロードが下した予想外の決定に戸惑いを隠せずにいた。


 その理由としてもし付け加えるとするなら困惑に拍車をかけるような場の状況。いくら王の決断とはいえ、その護衛である大臣ベルート含めたギルディア兵の誰もが反論の類を一切口にする無く“まるで知っていたか”のような冷静な反応が違和感を膨れ上がらせたのだ………………そして。




「なあ……一つ確認なんだが。本当に俺様は死刑じゃねぇんだよな? 実は嘘ですってオチで、このダンジョンを出た瞬間にギロチンにかけられたり、縛り首にされたりって事はねぇんだよな?」




「僕に二言はありません。先程告げた通りです」




「そうか……拘束かぁ。まあしょうがねぇよな。悪い奴は牢屋に一旦閉じ込めないとな!」




 直後。彼らはクロードの真意を思い知る。

 なぜなら――





「ええ、ただし()()にね――」





「………………ほへっ?」





 恐らく生涯最高の間抜け面だっただろう。

 けれどもクロードは構わず口を動かしていく。


 まるで挨拶でもするかのように何気なく飛び出した【永遠】という単語に不意を突かれ、あっけらかんとした表情浮かべるディアスの理解が及ぶ前に、クロードはその詳細を続けていった。



 思わずグリフすら絶句するその真意を――




「言葉通りの意味ですよ。ディアス兄様。もう僕は同じ過ちを犯しません。なにせ今回の事件の発端は僕が貴方に温情をかけ追放に留めたのが事の起源になったのですから。そこで僕は考えました。全ては貴方を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが原因だと…………そこで――」




「………………。つっ!? ま、まさか!?」




 突如何かを察したディアス。

 だが、もう既に手遅れである。




「そうです。貴方を拘束し“永遠に管理”します。例えるなら()()()()()()()()()()…………永遠に牢獄という名の農場に繋ぎ続け、もう決して日の目を見る事は出来ません」




「お……おいおい。冗談だよな……それ」




「……ですがご安心ください。毎日の食事は僕が責任を持って作って差し上げます。もし貴方の息のかかった誰かが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にもね。毎日毎日、僕が食事を作り食べさせてあげます。その他の“お世話”も弟である僕が全て管理致しましょう」




「う……ううう…………」




 止まらない震え。

 ガタガタガタと自然に身が怯え始める。




「もちろん貴方の大好きな財宝も美女も……ましてや刺激や自由なんてものは一切ありません。ただ貴方は退屈な毎日を送り、その身が亡ぶまで囚人として勤め生き続けるんです。いつまでも……どこまでも……それこそ何十年の時が過ぎて屍になっても、僕は最後まで貴方を見守って差し上げます。ですから――」




「や、やめろ……やめてくれ。それ以上は――」




 カタカタカタカタカタカタカタ……。

 その恐怖は身の震えに留まらず歯まで影響。

 ディアスは初めて弟の狂気を認識したのだ。




「ですから……死ぬ事は許されません。今度はその命が尽きるまで永遠に苦しみ続けてください」




 幼い頃より同じ環境で育ち、同じ教育を受け、同じ場所で食事、さらに時には同じ湯に浸かり夢を語り合う程に長い年月を共に過ごしたにも関わらず、ディアスは初めて慄いてしまうのだった。




 したがって――




「貴方は贅沢も快楽も無い生活。ただひたすらに暗く冷たい牢獄で絶望し生き続けるのです。それこそ“生きながら死んでいるような地獄”を。それこそが貴方がこれまで犠牲にした人達。そして今回殺害した子供達へのせめてもの贖罪です」




「あ……あああああああ……あぐぐぐぐ……」




 ついにディアスは崩壊した。

 姿勢、またその欲望に満ち穢れた精神も。




「なのでディアス兄様。これからはずっと僕達は一緒(・・・・・・・・)ですよ……兄弟仲良く……ずっと、ずっと、ずっとーー」




 なまじ死罪の方がマシと感じられる刑罰。

 さらに狂気をも帯びたクロードの発言と向けられた【笑み】に大罪人ディアスはついに言葉を失い、ひれ伏しざるを得なかったのだった――



ここまで読んでくださりありがとうございます。

次話が本章の最終話予定となります。

投稿日については4日(水曜日)に投稿予定です。

3日追記。

諸事情により7日(土曜日)か8日(日曜日)に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何で兄弟共に過ごしたのにこうも性格が割れてしまったのか・・・。
[一言] うん、ある意味兄以上にヤベー奴だよ……ドン引きだよ……
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