17話 始動①
真夜中。
「ディアス様! ディアス様!」
「緊急事態です! ディアス様!」
相当急を要する事態だったのか。
兵士二人は身を潜めているこのバルグ砦中に轟くような大声と足音を響かせ、主であるディアス・ギルディアの部屋へと飛び込んでいった。
「……ああ? いったい何事だ?」
対してせっかくの安眠を妨害されたせいか。
ディアスは不機嫌そうに低い声をあげベッドから身を起こすと、まだ意識が覚醒していないのか目を半開きにしながら兵士に事情を尋ねる。
「……こんな時間に俺様を叩き起こしたんだ。よっぽど急ぎの用なんだろうな? でなければお前達もあのクソガキ共と同じように牢屋に――」
「も、申し訳ございません! ですがどうしても早急にディアス様のお耳に入れたい事がございまして。そのぉ……良い報せと悪い報せの二つが――」
「……悪い報せから言え」
ディアスは先に発した兵士の片割れ。
槍ではなく剣を腰に携えた長身の兵士に向け、性格的な問題からか朗報よりも先に気分を害するであろう凶報から告げるよう下した。
「は、はいっ! じ……実は先程ギルディア国内に潜入させております我々の工作員からの連絡がございまして……その……なんというか」
「ほほぉ……なんだ? ついに国を追われた筈のこのディアス様が国王の断りも無く帰国し、周囲の村々を襲っている事でもバレたか? はっ、その程度なら別に問題は――」
恐る恐る兵士が凶報の内容を口にする最中。
ディアスは悪態をつくと報告を最後まで聞く前に思わず一笑に付していった……しかし!?
「い、いいえ! それが実はもう既にクロード王直々の指示の元、ギルディア兵が出兵しているのです! それも数としては約30を超える手練れが我々の潜んでいるこのバルグ砦へ向けて!」
「なっ!? なにいっ!?」
まさに凶報。
最早それこそ今の彼の浅はかな予想こそ一笑に付されそうな、あまりに唐突な兵士の報告にディアスは慌ててベッドから飛び跳ねる。
「ま……まさか――」
目が冴えていく。
まだ半分眠っていたディアスの意識が我先にと覚醒を始め、確信こそ無かったが彼は今も震える兵士が発した凶報の意味を察する。
「という事はあの女が……あの脱獄したセリカとかいう女がクロードの元へたどり着いたとでも言うのかっっっ!? ええいっ! 工作員どもは今まで何をしていたんだっ!? 女一人を消すなど簡単だろうが!」
「そ、それが実はあの女。どうやら脱獄した後にどこかで【用心棒】を雇っていたようで――」
「女を発見した時には、もう既にその用心棒二人と王城へと向かっていったとかで……それで流石に王城内へ潜入は出来ないと――」
「うぐぐ……ぐぐぐぎぎぎぃっ!」
目覚ましにしては最悪の内容だった。
ここまで来てどうしてこうも計画が狂うのか。
なんで自分の部下はここまで無能ばかりなのか。
どうしてこのタイミングで国が動いたのか。
なぜ自分の為す事は全て失敗するのか。
「ぎぎぎ……んぎぎぎぎぎぎぃぃぃっ!!」
そんな以前から自覚していた幾つもの葛藤がここに来て一斉に押し寄せたのか、ディアスはいつになく強張ったような表情を浮かべ、爪がめり込むような強さで拳を握りしめると、
「……朗報だ。早く朗報を言えっ!」
「「は、はいっ!」」
もう……もう俺様は我慢の限界だ。
これ以上ろくでもない内容を聞いたらコイツらの首をへし折りかねないと言いたげに、ディアスは感情に任せて声を張ると少しでもこの怒りを紛らわせる朗報を告げるよう命じる。
(まあ……どうせ大した報告は無いだろうが)
しかし、実際のところ。
これまでの経験からなのかディアスは内容を尋ねつつも内心ではあまり期待などせず、変わらずしかめっ面を浮かべたまま返答を待つのだった……。
――けれどもっ!?
「例のダンジョン。ディアス様が発見されましたこのバルグ砦の地下に突如出現した例の超難関ダンジョン。あの【望みの魔宮】の攻略が目前に迫っている事をご報告させて頂こうと――」
「………………なに?」
目つきが変わる。
「今……何と言った?」
スッと立ち上がる。
まるで何かに憑りつかれたかのように。
「えっ、いえ……ですから、先ほど魔宮に潜っておりました偵察隊より報告がございまして――」
「階層は全部で五階層。そして形状としても以前にあの世界最強ギルドであり、ディアス様と因縁のある『蒼穹の聖刻団』が挑んだという魔宮と酷似しており、現在は四階層の強豪モンスターに苦戦中とのことで――」
「ふふふ……あははははは……そうか」
たまらず笑みがこぼれていく。
兵士の斜め上をいく予想外の朗報。
ディアスは捕えていた筈の少女が脱獄を許しただけでなく、現国王である弟に軍隊を差し向けられるなど散々な目が遭っていたが、ようやくここで自分にもツキが向いてきたと考えたのか、
「はははは……あっはっは……ギャッハッハッハッハ! そうかそうかっ! ついに最下層付近まで攻略が進んだかっ!? よしよし、やはり神はまだ俺様を見捨ててはいなかったようだな!?」
天を仰ぐように体を大きく開き笑った。
周囲に住まう動物達が目を覚ますほど高らかに。
――そして。
「準備しろ。出発だ」
……先まで不機嫌そうな表情はどこへやら。
ディアスは見違えるように歯がハッキリ見えるまでに大きく口を開き表情を緩めると、すぐに計画の要である【望みの魔宮】。
かつては別地方で姿を現し、その際の特徴としては道中の強力なモンスター達を退けて最下層へ辿りついた者に『願いを叶える力』が与えるという不思議な噂があった難関ダンジョンであり、当然ディアスはその不思議な力を狙っていたのだった。
「えっ……今すぐ出発ですか?」
「なんだ? 何かマズい事でもあるのか? 早く向かわないと、もし俺様以外が最下層へ辿り着いて願いを叶えたらそこで終わりなんだぞ!?」
ただし、今まさにディアスが危惧した通り。
最下層に眠る『願いの力』を得る事が出来るのは先着の者に限られ、誰かが一度でも願いを叶えるとダンジョンそのものは残るが、以降は誰もそのダンジョンでは願いを叶えられないという情報も彼は既に入手していたのだった。
「い、いいえ! で、ですが……それでは」
「今この砦の外で見張りをしている者は――」
よって。
「構わん、捨てていくぞ。どうせ連中の大半は俺様が追放される前に隠しておいた金で雇った暴れたがりのチンピラだ。それならいっそ強いギルディア兵と戦って散るのなら本望だろう?」
「「そ……そんな――」」
あっさりと見限った。
敵であるギルディア兵。そして念願の王座奪還のチャンスが同時に目前に迫っているせいか、
(ふんっ! こんな場所で足止めを喰らってたまるか! 俺様は選ばれた人間なんだぞ!? 他の人間は全て俺様の従者であり奴隷なんだっ! それをわざわざ危険を冒してまで助ける王がどこにいるっ!? 俺様優先に決まってるだろ!?)
……流石に口にこそしなかった。
しかしディアスはそう心中ではそんな邪悪な本性を現すと、戸惑う眼前の兵士達に向けて同胞を見捨てるよう冷たくあっさりと告げるのだった。
「で、確か四階層だったな?」
「はい。三階層までは雑魚が多く、偵察隊でも充分に撃破出来ていたのですが……その、なんといいますか……件の四階層へ降りた途端に――」
「……壊滅か。どんなモンスターが出た?」
そうしてディアスはそのまま話題を魔宮ダンジョンに切り替えると、寝巻から戦闘時に備えた鎧装備へと装いを改める中で詳細を求めていき、
「え、ええっと。どうにか生き残り帰還した者によると、主に危険度★9の不定形モンスター≪フェノメノン≫、復活能力を持つ★8のアンデッド≪オローク≫の集団。それから猛毒の鋭い爪を持ち、危険度★9の腐臭漂う狂暴な屍獣≪サーベルゾンビ―≫も確認されており……あと――」
「恐らく今回の攻略における最大の障害となるモンスターだと思われるのが、危険度★10を誇る強豪モンスター。どんな攻撃でも怯まずに豪腕を振り回すあの屍巨人≪ゴリアテ・デッド≫が逃げ遅れた者を握り殺したそうです」
「なるほど。確かにあのゴリアテ・デッドも相手じゃ流石に偵察班じゃ荷が重いだろうな。にしてもまるで墓穴だな。厄介なアンデッド系ばかりとは……お仲間に加わらない事を祈るばかりだ」
「で、では……いかがいたしましょう?」
「これはあくまで推測ですが、恐らく今この砦に残っている我々の全戦力を差し向けてもあのゴリアテ・デッドを凌ぐのは難しいと思われ――」
魔宮攻略における障害の把握。
続けていずれも危険度の高いアンデッドが闊歩し、取り分けその親玉格であり死してなお獲物を狩り続ける屈強な四本腕の巨人≪ゴリアテ・デッド≫の対策法を兵士達から問われていった。
すると、当人のディアスは――
「ふっ、まあそう結論を急ぐな。こんな時の為に俺様が秘策を用意していたのを知らないか?」
「えっ……という事はまさか!?」
「まさかここで“アレ”の解放を!?」
「ああ、そうだ」
一切取り乱すことなく悠々と答える。
「例の【黒の棺桶】を使う。本来であれば俺様が願いを叶え王座に戻った後。逆らう周辺諸国を黙らせるのに使う予定だったが、事情が変わったからな。今こそ“あの怪物”を解放する時だ。奴なら余裕でゴリアテ・デッドを倒せるだろう」
その秘策を……そして――
「わ……分かりました」
「では、あの牢屋にいるガキも一緒に?」
同時に発した。
作戦始動に伴う最悪の提案。
「ああ、存分に役立ってもらおうじゃないか。我らが切り札である棺の怪物“ヌル”の始動にな。なあに、どうせ身寄りの無いガキ共だ。一人や二人、もし仮に全員死んだとしても問題無いだろ。むしろ俺様の未来に死ねるんだ。光栄に思ってもらわないとな! ギャッハッハッハッハッ!」
悪魔のような発言を――
諸事情により次話は12月21日(土曜日)にて投稿予定です。




