嫉妬の炎、恋の炎
あのように純情を弄ばれたのだから、幻滅して恋の熱も冷めるかと思ったが、僕の心は日に日に増すばかり。手紙を読み返しては溜息をつき、ロレッタ嬢の淹れてくれたお茶の味を再現しようと、お腹がタプタプになるまで繰り返しお茶を淹れる練習をしてみたり。ロレッタ嬢が照れて睨む表情を思い出して胸ときめかせてみたり。そう言えば結局笑顔は拝見できなかったな…当たり前だよ。嫌われているのだもの。ずきずきと胸が痛む。どうしてロレッタ嬢なのだろうと思うが、恋に理由などないのだ。ほんのわずかな可愛い表情が、ほんのわずかな優しい行動が、甘い毒のように沁み込んで心を蝕むのだ。
僕がエスコートしたいと思っていたヴェルモンテ家の夜会。
気付かれないように注意を払いながら何度もロレッタ嬢を盗み見る。やはり奇跡のように美しい。
ウェルス殿がロレッタ嬢に近付く。耳を大きくして会話を盗み聞く。
「ロレッタ。今日のドレスは良く似合っているな。可愛いぜ?」
ウェルス殿がロレッタ嬢を「可愛い」と褒めている。やはりウェルス殿こそロレッタ嬢を「可愛い」と言い、愛する男性なのだろうか。
「お世辞は結構よ(訳:照れるね)」
「照れてる顔も可愛いぜ?」
「あなたはお調子者ね」
ウェルス殿がロレッタ嬢を抱きしめた。嫉妬で胸が焼ける。二人は小声で喋っているので会話は聞こえなかった。
ウェルス殿がロレッタ嬢を撫でている。
「よっ。ウェルス。妬けるなー」
ウェルス殿のご友人だろう。冷やかしからかっている。
「うるせーよ」
ウェルス殿の照れた顔。あれが想われている男性の顔だろうか。なんと妬ましい。
ロレッタ嬢は儚い表情だ。何か憂いがあるのだろうか。
「な、踊るか?」
「その提案に乗らないこともないですわ(訳:喜んで)」
ウェルス殿とロレッタ嬢が仲良さそうに踊っている。
「お兄様」
シェイラの声に盗み聞きを止めてシェイラに注意を向ける。
「ダンスに誘ってくださらないの?」
「……シェイラも誰か素敵な男性と踊ればよいのに」
「わたくしにはお兄様がいますわ」
シェイラが可愛く微笑んだ。無邪気な様子のシェイラを前に困った気持ちになる。僕はずっとシェイラを妹だと思ってきたし、シェイラも僕を兄だと思ってくれていると思っていた。
でもシェイラが屋敷でロレッタ嬢と話していた内容だと、シェイラは僕を特別な方と思っているらしい。異性として見てくれているなら申し訳ないけどお応えできない。
これ以上仲を深めるのはよろしくない気がするが、かといって無邪気にダンスに誘われるのを待っているのを断るのも気が咎める。
「ねえ、シェイラ。僕はシェイラを妹だと思っているよ?」
「はい! 『血の繋がらない』妹ですね」
輝く笑顔で言われてますます困惑する。確かに血は繋がっていないけど、本当に『妹』だと思ってるんだ。『女性』に見えないんだ。恋愛対象にはなりえないんだ。
シェイラと一曲踊った。
その後は他のご令嬢と踊ったり、男性の知人と喋ったり。
「アルト、ロレッタ嬢をダンスに誘わないのか?」
知人のディックに冷やかされる。
「……誘わない」
「なんでだよ? ロレッタ嬢って誘うと渋々だけれど、滅多に断らないぜ?」
振られる前なら色ボケして嬉々としてダンスに誘っていただろうね。
「……振られたんだ…」
「お、おう…」
正直に告げると気まずげな顔をされた。
「まあ、いい女なんていくらでもいるんだから、元気出せよ」
「うん…」
僕はどうも今まで恋などしたことがなかったみたいで、ロレッタ嬢が初恋の初失恋だから、よくわからないんだ。こんなに苦しい恋心はいつかは色褪せ、別の恋を得ることなどあるのだろうか。まだ他の女性のことを考えられるほど心は落ち着いていない。
聞こえたのは小さな騒めき、目を向けると床に尻餅をついたロレッタ嬢と一組の男女がいた。ぶつかったのかな?
男性の方が手を貸してロレッタ嬢を立たせる。ロレッタ嬢は痛そうに顔を顰めた。そしてフラフラ揺らめき再び尻餅をついて困惑した表情を浮かべている。
体は考える前に動いていた。
「ロレッタ嬢!」
声をかけてロレッタ嬢を抱き上げる。スカートの膨らみがやたら邪魔だし、中々重量がある。
「アルト…」
ロレッタ嬢が僕の名を呼んだ。僕は近くにいたヴェルモンテ家の侍女に声をかけ、手近な部屋を手配してもらった。最寄りの客間らしい。侍女が明かりに火を灯してくれた。僕はロレッタ嬢をベッドの隅に降ろした。
「医師は?」
「すぐお連れします」
侍女に呼ばれた医師がやってきて、ロレッタ嬢の靴と靴下を脱がせて素足を診察した。
「捻挫ですな。冷やして安静にされると良いでしょう。もしかしたらやや腫れるかもしれません」
侍女が洗面器に入った冷水と濡れタオルを持ってきた。僕はロレッタ嬢の足元に跪いて水で冷やしたタオルをロレッタ嬢の足に当てた。医師は退出し、侍女もロレッタ嬢の保護者を呼びに行った。ロレッタ嬢と部屋に二人きり。
「アルト様…後は自分で…」
「……先ほどは『アルト』と、呼び捨てに…」
急に呼ばれて驚いたけれど、嫌な気持ちはしなかった。親しげな感じがしてどきりとした。もう一度呼んで欲しい。
「……御無礼を(訳:ごめんなさい)」
ロレッタ嬢は呼んでくださらなかった。自分でタオルを使おうと手を伸ばしてきたが無視した。……僕に触れられているのが嫌なのかもしれない。
「……ロレッタ嬢は何故そんなに僕のことがお嫌いなのでしょう?」
「な、何を言って…?」
触れられるのも嫌なほど嫌われてると思うと悔しくて歯噛みする。僕はこんなにロレッタ嬢が好きなのに。タオルが体温でぬるくなってくると水につけ、冷やし変えて再び足にタオルを当てる。
「ウェルス殿はロレッタ嬢のことを可愛いと褒めていましたね」
「盗み聞き? 趣味が悪いわね(訳:聞いていたの? 恥ずかしいわ)」
盗み聞きを咎められた。事実なので否定はできない。
「……彼がロレッタ嬢を『可愛い』と言い、愛してくれる方なのですね」
思い返しても嫉妬で胸が焼ける。
「下らぬ勘違いね(訳:違うよ)」
「違うのですか? あのように親しげに抱きしめられておりながら」
「ウェルスのあれは、ただの慰めよ」
慰め…あのように密着しておきながら。あんなにも親しげに接していた癖にロレッタ嬢にはもっと親しい男性がいるのだろうか。嫉妬が轟轟燃えている。
「では、ロレッタ嬢を『可愛い』と言い、愛してくれる方はどのようにロレッタ嬢に触れるのでしょう? あれ以上に親しく?」
タオルをぽちゃんと洗面器に落としてロレッタ嬢の素足を掌で撫でた。
ロレッタ嬢を愛し、愛されている方はどのようにロレッタ嬢に触れるのだろう。舐めるようにねっとり撫でた。
「あ…」
ロレッタ嬢が恥じらい頬を染める。ほんのり感じているような官能的な表情。
「その方にはそのような表情を見せているのですか?」
スカートの内側に手を滑らせる。しっとりと滑らかな吸い付くような肌だ。
「ア、アルト…」
ロレッタ嬢の声が上ずる。
「どのようなお声でその方を呼ぶのですか?」
「アルト…」
溜息の様に吐き出される艶めかしい声に高ぶる。ロレッタ嬢が僕を呼んでいる。そうではないと知りながら、求められているような錯覚。
中腰になり腿を撫でた。かなりきわどいところを触れている。ロレッタ嬢に顔を近付けた。サファイアのような瞳は潤み、ふっくらとした唇は誘うように濡れている。
「…抵抗なさらないのですか?」
尋ねると僕の両肩に手を添えて、そっと押した。
「わたくし、心の通わない方に触れられたくなどないわ。そのように安く見ないで(訳:たとえ相手がアルトでも、好かれてもいないのに触れられたくないの)」
ロレッタ嬢には心の通った男性がいるのだ。その方にはこれ以上を許すのだ。苦しい。苦しい。こんなにも想っているのに違う男性を想うロレッタ嬢。違う男性を想っているのに僕にきわどい接触を許すロレッタ嬢。
「あなたは憎らしい方だ…」
肩を押すロレッタ嬢の手にさほど力は込められていない。無理矢理近付いて唇を奪った。
「ん…」
やはりロレッタ嬢はあまり抵抗なさらない。火遊びに慣れた方なのだろうか。嫉妬の炎は渦巻きながら恋の炎も巻き込んでますます燃え盛る。愛しいロレッタ嬢の唇は、瑞々しく柔らかく、例えようもなく甘美だ。
もっと深く…
衝動のままに舌で唇をなぞったところで、バタンと扉が開いた。
「お兄様!?」
シェイラだった。
唇を離す。手も離す。
衝動のままに行動しただけなのでその後のことは全く考えていなかった。ロレッタ嬢はそそくさと乱れたスカートの裾を直していた。
ロレッタ嬢の保護者の男性も入ってきたようだ。
「ロレッタ。足を怪我したんだってね。馬車を回したから、今夜はお暇しよう」
「え、ええ」
ロレッタ嬢は頷いた。
「君は、ロレッタを介抱してくれたのかな?」
介抱…とは言えないことをしてしまった。気まずくて、正直に言うわけにもいかず視線を逸らした。
「すみません…」
謝って俯いた。ロレッタ嬢の唇を無理矢理奪ってしまった。
「いずれ改めてお礼をするよ」
「お礼は…必要ないです」
寧ろ罰されてしかるべきだと思う。ロレッタ嬢は帰ったら先ほどのことを保護者の方に打ち明けるだろうか。僕に襲われかけたと。誰も来なかったら本当に取り返しのつかないことを仕出かしてた可能性はある。
キスだけでも無理矢理したから、打ち明けられればロレッタ嬢の保護者の方は怒り狂うかもしれない。もう二度と会わないようにと言われるかもしれない。
ロレッタ嬢…




