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令嬢の戦

ロレッタ嬢は僕に襲われかけたことを誰にも打ち明けなかったようだ。打ち明けられなかったのかもしれない。僕たちが二人きりでいたのは本当に短い間だけど、僕に襲われかけたなどと言おうものならあっという間に尾びれ背びれがついて立派な魚になって社交界を泳いで行ってしまうかもしれないから。傷物にされたなどという風評は障りがあるだろう。

シェイラは何を考えているのかよくわからない。責めるわけでもなく、追及するでもなく、妙に甘えるように気を引こうとしてくる。


「よ! 色男! 話題になってるな!」


ロバートが冷やかしてくる。いつもの茶会とも言えない杜撰な集会で。


「想い人との二人きりの密室だったんだろー? 何があったんだー?」


ディックがニヤニヤ笑う。


「ロレッタ嬢を襲ったよ」


さらりと答えると周囲が静まり返った。


「アルト…」

「……本気にした?」


にっと笑うと周囲からヤジが飛んだ。


「ばかやろー! 女の敵!」

「根性なし! 女の敵!」


真実なんだけどね。皆は何もなかったと思っている。僕たちが二人きりになったのは本当に短い時間だったし、急展開で何かあったと思う方が変だ。変なことは実際に起こってしまったのだけど。


「でもロレッタ嬢は他の令嬢に叩かれるだろうな。シェイラ嬢は人気があるし」

「だなー。『シェイラ様がお可哀想!』って」

「僕はシェイラとはただの兄妹だよ」

「だけど女性陣はそう思ってないぜ? アルトとシェイラ嬢はお似合いの恋人同士って見られてるから」


僕は顔を顰めてしまった。ロレッタ嬢に無理矢理無体を働いてしまっただけでも罪悪感があるのに、更に令嬢たちに責められる状況に置いてしまうだなんて。


「苦情は僕に言いに来てくださればよいのに…」

「どうかなあ? シェイラ嬢が涙をこぼして令嬢たちに慰められながら『ロレッタ様をお責めにならないで…すべてわたくしが悪いの…』って言ってたからなー」


ディックが胡桃の入ったパンに手を伸ばしながら言った。


「? じゃあ、ロレッタ嬢安全じゃねーか」


コリンズが首を傾げる。


「そう受け取るならお前はまだまだ女ってもんがわかってねーな。それは令嬢語に訳すると『ロレッタ様が悪いのです、大いに責めてください』って意味だ。……俺はちょっと引いたな。今までシェイラ嬢ってちょっと可愛いなって思ってたけど、結構こえーなって」


ディックはパンをむしってむしゃむしゃ食べた。


「まじか」

「女こえー」


やいのやいの声が上がる。シェイラの言動の意味をイマイチ把握していなかったけど、そういう意味なのか。確かに「あの女が悪いのよ!」って声高に罵るよりも「責めないであげて、私が悪いの」と健気に振舞った方が相手を責める気持ちが湧くし、発言主の評価も下げない。随分と計算高い。

僕はシェイラの仮の姿を見ていたのだろうか。無邪気に好意を寄せてくれるシェイラが全て嘘だとは思わないけど、猫を被って自分の有利になるように計算高く上手に立ち回っていたのかもしれない。

あの日感じた『涙』を説得材料にロレッタ嬢の悪評を広めたのは、やはり計算で故意だったのだと思う。悪意があった。シェイラがそんなことする理由はないと思っていたけれど、僕はロレッタ嬢に好意を持っていて、シェイラが僕に好意を持っているのなら、シェイラがロレッタ嬢を憎む理由にはなる。

遅まきながらにシェイラの狡猾さに気付く。


「可愛くても、そういう言い方を選ぶ腹黒いタイプの令嬢はちょっとなー」

「でも誰でも多少はやってる印象操作だろ? 俺は別に気になんない」

「可愛ければ何でもいい」

「俺はやだなー。自分の手を汚さないところが陰険で」


賛否両論なようだ。


「アルトはどう思ってるんだよ?」

「何とも言えない。妹を見る目が変わってしまった」


可愛く優しく素直で無邪気な自慢の妹だと思っていた。でも実際は演技派で計算高く好戦的な一面を備えている。よく知る妹のように思っていたのに全く未知の生命体のように感じる。


「あー、じゃあ、シェイラ嬢大失敗だな」

「ロレッタ嬢を首尾よく攻撃できてもアルトに不信感を持たれてたら本末転倒だな」

「いや、妹の新たな一面を見て、女性として意識したり…」

「マイナスイメージの新たな一面を見せてどうするつもりだよ」


ふざけ合っている。

紅茶にブランデーを垂らしたものをグイッと飲んだ。


「アルトはよー。ロレッタ嬢には振られたんだろ? シェイラ嬢が無理なら他の令嬢に目を向けた方がいいんじゃねえの?」

「今はそんな気分になれない」

「まだ好きなん?」

「……」


好きだ。ものすごく。嫌われてる。無理矢理襲うような真似して、もっと嫌われただろう。なのに一層恋心が募るのだ。


「手紙だな」


ディックが断じた。


「手紙…」

「古来よりお付き合いは手紙のやり取りからって決まってるんだよ。面と向かって気まずい思いをしなくていいし、言いたいことをじっくり考えられる。諦められないなら、アタック! アタック! あ、でも返事が来なかったら文通は諦めろよ?」


ディックの助言に少し心動かされた。




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