噂と友情
「ロレッタがディナトール家の侍女の淹れたお茶に心が込められていないと非難した」「ロレッタがミカルド様を『お父様』と呼んだ」……そういう噂が伝搬し始めた。ショックを受けて震え、涙をこぼしながらシェイラ様が親しいご友人だけに打ち明けたそうだ。実にシェイラ様らしいやり口だと思った。親しいご友人だけ…というかとりたてて噂の大好きな女性に弱った姿を見せて「実は…」とやったのだろう。
パトル様はシェイラ様が私を脅威に思っていないと仰ったけれど、数回アルトとやり取りしただけですぐに警戒対象に入ってしまったようだわ。なんと危機意識の高い方でしょう。
私がミカルドお父様を『お父様』と呼んだ、という噂では「伯爵家令嬢が侯爵家に取り入ろうとしている」という形で更に広まった。なさぬ仲ながら名目上はミカルドお父様の娘のシェイラ様は大変な心痛らしい。酷く悲しい顔で連日沈み込んでいる様子を見せている。
「ロレッタ様って随分あさましいのね」
「ミカルド様の娘のシェイラ様を押しのけてその位置につこうなど…流石汚職をするような方の血を引いている子供は考え方が違いますわ」
私は義憤に燃えるシェイラ様の取り巻きに連日嫌味を言われている。
今もシュゼット・ペーロー子爵夫人のお茶会に招かれ、ご自慢の庭を拝見していたら、4人の令嬢に囲まれ、庭の隅に追い詰められてしまった。
「父のように頼もしい方を思わず呼び間違えてしまっただけですのに、そのように邪推する方の方が心が醜いのではなくて?」
「どうだか!」
「どうせ計算ずくのわざとなのでしょう? ミカルド様に媚びを売るなんていやらしい」
「シェイラ様がお可哀想だわ」
「シェイラ様はあなたと違って愛らしい令嬢ですから、シェイラ様を妬んでいるのではなくて?」
「きっとそうだわ!」
「なんていやしい方!」
何を言っても聞く耳もたずに私を責め立てる。シェイラ様はか弱い素振りで周囲の印象を操作するのが本当にお上手。
令嬢方は集団で群れて大層気が大きくなっているよう。キャンキャン好きなことを喚きまくっている。
「あらっ? 集団で一人の令嬢を取り囲んで罵倒なさるなんて、もしかしてこれが『いじめ』ってやつかしら?」
バーベナ様が何食わぬ顔でやってきてニヤッと笑った。
「い、いじめだなんて…」
「人聞きが悪いですわ…」
「わたくしたちはただシェイラ様がお可哀想だから…」
令嬢たちがバーベナ様に言い訳をしている。令嬢間でバーベナ様の発言力は無視できないので、バーベナ様に目をつけられるのが怖いのだろう。
令嬢たちはシェイラ様のシンパではあるが、実際の所「か弱いお友達を守る」自分たちに酔いしれながら日頃のストレスを私にぶつけているだけだと思う。「言い訳できるならしても良いよ」と言われたところで私が上手いことを言えるはずもないだろうけど、私の言い分なんて最初から聞く耳もたずに一方的に責め立ててるし。ただ「集団で責め立てる」という行為が楽しいのだろう。
「ほうほう! つまり、たった一度なさぬ仲の父を他の令嬢に『お父様』と呼び間違えられてしまったシェイラ様はお可哀想だけれど、集団で寄ってたかってたった一度の呼び間違いを責め立てられるロレッタ様はお可哀想ではないと? まあ、なんて義侠心が溢れているのでしょう! 素晴らしい倫理観ですわ」
バーベナ様がさも「感心した!」という風にパチンと手を打った。
「そ、そんなつもりじゃ…」
「わたくしたちはシェイラ様の為に…」
バーベナ様が猫のような目を真ん丸にした。
「まあ! 『シェイラ様の為に』? つまりシェイラ様は『ロレッタ様が令嬢たちに集団で責め立てられる』のをお望みなのね? なんて素晴らしい人格者でしょう! シェイラ様のお心の内が知れ渡るのもきっと皆様のおかげね?」
「バ、バーベナ様…それはあんまりな仰い様…」
バーベナ様の口撃に令嬢たちはたじたじだ。
「まあ、わたくし、何か間違ったことを言っているかしら? どうぞ遠慮なくご指摘なさって?」
バーベナ様はにっこりと微笑んだ。
令嬢たちはもごもごと言い訳を呟いて、尻尾を巻いて逃げてしまった。自分より弱い立場の令嬢には好きなだけ噛みつくけれど、自分の敵わない方には決して歯向かわない…実に世間をよく知っている令嬢たちだと思う。
「バーベナ様…敵を作るのは主義に反するのではなくって?」
バーベナ様は角が立たないように立ちまわることを良しとする主義の方だったはずだけど。だからこそ味方が多く、敵が少ない、社交界で無視できない発言力がある。
「だって、見捨てるなんてあんまりに友達甲斐がないじゃない」
バーベナ様はけろりと仰った。
「あなたは変人よ(訳:不利になるのがわかってるのに庇ってくれて有難う)」
バーベナ様は大切なお友達。敵ばかり作っている私にいつも手を差し伸べてくれる優しい親友。バーベナ様が私の力になってくださるように、私もバーベナ様に何か返してあげられると良いのだけれど。
「でも、なんだってロレッタ様はシェイラ様に敵視されていらっしゃるの?」
頭の良いバーベナ様は今、私に向けられている小さな悪意たちが、シェイラ様に態々作られたものだとお気付きなようだ。
「わたくしがアルト様に構うのがお気に召さないのではないかしら?」
「ロレッタ様はどうしてアルト様に構っていらっしゃるの? 敵まで拵えて」
「……」
私は赤くなった。「アルト様を振り向かせたいから」なんて正直なことは言えない。バーベナ様は私の表情からあっさりと読み取ってしまったようだけど。
「まあ。意外だわ。アルト様ってちょっと頼りない方のように思いますけれど…」
「そういう面もあるわね(訳:頼りになる面もあると思うんだけど)」
『もしも』世界のアルトに当てはまってるかはわからないけど。私がアルトを頼りになるところもある…と思っているのはアルトが私を「姉上」と呼ぶ現実世界での日々が理由だから。私が困ってる時にツンケンしながらさっと助けてくれたりね。
まあ「包容力があって、頼りになって~」と一般のお嬢様たちが仰る『素晴らしい方』というのとはやや違っていることは認める。一般的なお嬢様たちが認める『素晴らしい方』と言えば、やはりジークムント様のような方のことを指すのだろう。
でも私はアルトの方が好きなのだ。
いーじゃん。だって可愛いんだもん。
「恋は人の好き好きですから、ロレッタ様のしたいようになさればいいとは思いますけれどね」
バーベナ様は楽しげにニヤッと笑った。




