黒の芽吹き
手紙でアルトを食事に誘った。今度は私がご馳走する番。マリア・ベルヌールというレストランの個室を予約した。ここも貴族定番のデートスポットだ。特に牛の各部位を使ったフルコースが人気。雰囲気も中々素敵なお店だけれど、味が絶品。
私はきっちり30分前に店に入って待つと、わずか5分程度待っただけでアルトがやってきた。
「ロレッタ嬢」
私の名を呼んでくれるアルトに少し頬が緩む。本当は慣れ親しんだ「姉上」という呼び方が恋しいけれど。
「アルト様、席について。わたくしは頂かないけれど、アルト様はデラノラの赤を召し上がると良いわ」
アルトがとても好きな銘柄だったはずだ。アルトは嬉しそうに笑った。アルトの笑顔に心癒される。アルトはなんだかんだ言って私に友好的に接しようとしてくれている姿勢がある。私が良くないことを言わなければ素敵な時間を過ごせるだろう。
「ではそうしますね」
アルトが頷いたので、ウェイターに注文を通して、ワインと料理を運んでもらった。アルトは運ばれてきたワインをグラスに注ぎ、色や香りを堪能しているようだ。一口口にして息をつく。
「美味しい…」
「良かったですわね。中年太りへの第一歩、おめでとう(訳:美味しくても飲み過ぎは良くないんですからね?)」
アルトは眉を顰めた。私の皮肉のような言葉を額面通りに受け取っているのだろう。ただ、アルコールは毒でもあるから身体には気をつけてね、って言いたかっただけなのに。
「どうしてそのように可愛くないことを仰るのですか?」
「癖ですわ」
私もこんな言い方したくてしているわけではないのよ。ただ幼少の頃身に染みついてしまった癖が全然抜けないだけ。ちょっと時間を貰えれば、素直な言葉もひねり出せるし、最近は少し改善しているとは思うのだけど。完全には直らない。
「嫌な癖ですね」
……現実世界のアルトはロレッタ語の翻訳が出来るようになった後は「ギャップが可愛い」と褒めてくれたけれどね。私にとってはやはり直したい癖であるよ。
テールのスープを頂く。ぷるぷるの舌の上で蕩けるような味わいだ。
「美味しいですね」
アルトが笑顔になる。
「まあまあですわ(訳:ええ。すごく美味しいわね)」
次々と料理が運ばれてくる。順に味わいつつお喋りする。アルトがやや緊張した面持ちを作った。
「ロレッタ様は、ヴェルモンテ家の夜会にはご招待されてますか?」
「ええ」
「エ、エスコートは…?」
アルトがおずおずと尋ねてくる。
「ウェルスがしてくれるはずよ」
アルトが唇を噛んだ。いつもウェルスがエスコートしてくれているようだから今回もきっとそうだろう。ウェルスは私の弟のようなものだし、婚約者や伴侶のいない令嬢を血縁がエスコートするのはありふれたやり方だ。
「『ウェルス』とは、以前ロレッタ嬢にクレープを買っていらした男性でしょうか?」
「ええ」
アルトがグラスの中のワインを一気に飲み干した。
……飲み過ぎないでと注意したのに。そんな飲み方をしてはきちんと味わえないだろう。私は眉を顰める。
「随分親しい仲なのですね」
「当然よ(訳:従弟ですもの)」
姉弟のように思っているし、とても優しい子だもの。ロレッタ語もきちんと翻訳できるし、とても親しいわ。やんちゃで明るくていい子よ。
アルトは苦々しい顔をした。
野菜の甘みとお肉の旨味を味わう。アルトも黙々と料理を口に運んでいる。全然美味しそうな顔をしていないが。ワインもカパカパあけているし。
「そんな渋そうな顔をして、きちんと味わってますの?(訳:もしかして口に合わない?)」
「ええ…お料理は美味しいですよ」
「あら、お料理以外に不満があるとでも仰いたいのね(訳:私との食事だから楽しくないの?)」
「……」
沈黙で肯定されて悲しい気持ちになる。
もし相手がシェイラ様だったら、優しく微笑んでお話を聞きながら料理を口にするのだろうか。私だから駄目なのだろうか。きっとアルトは私のことが嫌いなのだろう。前に一緒にお食事をした時もとても冷たい態度だったし。
「ロレッタ嬢のお心がわかりかねます。僕のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
直球でこられて言葉に詰まる。
「アルト様がわたくしに抱いている気持ちと正反対の気持ちを持っているのではないかしら?」
アルトは私のことを『嫌い』だと思う。けれど私はアルトが『好き』なのだ。私にできる最大限の言葉での告白。それを聞いたアルトは私を睨み付けた。
「本当にロレッタ嬢は可愛くない。そうならそうと最初からはっきり仰ればよかったのに。あんな気を持たせるようなお手紙をくださって…もう少しで、ロレッタ嬢がこの食事を楽しみにしていると勘違いしそうでしたよ」
「え…?」
楽しみにしてたけど…手紙にも「お会いできるのを一日千秋の思いでお待ちしています」ってちゃんと書いたし。私の意図とは食い違うアルトの言葉に私は戸惑うけれど、アルトは憎しみの籠っていそうな強い視線を私に向ける。
「人の心を弄ぶロレッタ嬢など大嫌いですよ」
「……」
アルトが私のこと嫌いだろうとは思っていた。だから「正反対の気持ちを持っている」と告白したけれど、今度は明確に言葉にして「大嫌い」と言われた。他人の心を弄んだ覚えはないけれど…
「本当に。ロレッタ嬢にはお会いする度にイライラさせられる」
「……」
前回のお食事でも気分を害して中座してしまったものね。私は前回失敗したからこそ、今回こそはアルトと親しくお食事したいと気負っていたのだけれど、アルトの機嫌はますます悪くなるばかり。
「共に食事などしなければ良かった」
吐き捨てるように言われた。
「…あなたは正直者ね(訳:はっきり言うのね)」
アルトはカトラリーを伏せて席を立った。
「本当に。時間の無駄でした。もう少しで馬鹿を見るところでした。これ以上あなたといたくないので失礼します。さようなら」
アルトが完全に個室から立ち去った後、こっそり泣いた。きっと『もしも』世界は覆らない。もう嫌われているのだもの。今、シェイラ様に明確な恋愛感情を持っていらっしゃらなくても、きっと私に対するよりましな感情を抱いているはず。シェイラ様の呪いは効果覿面だ。すごく嫌な気持ちに支配される。
パトル様は仰った。
期限は1年間。期限を過ぎたらシェイラの勝ち。シェイラがアルトに告白された際もシェイラの勝ち。と。
確かに嫌われている私が挽回して好意を持たれるのは難しいだろう。期限内に「好きだ」と言ってもらえる確率は低い。シェイラ様は勝つだろう。勝って『もしも』世界は現実と入れ替わるだろう。
でもね。シェイラ様の勝利条件は「シェイラ様がアルトに『好き』といわれる」工程を必ずしも踏む必要はない。期限が過ぎてシェイラ様は勝つだろう。アルトの妹として愛でられるだろう。でも私はひっそりと願う。「シェイラ様がアルトに妹以上に見られませんように」と。シェイラ様は勝つでしょう。でも、アルトの心が私のものでなくとも、シェイラ様のものでもないとしたら…誰か他の第三者のものになるとしたら。シェイラ様の心願は成就しない。私の幸福を踏みにじってかけた呪いでもシェイラ様に本当の幸せは手に入らない。
アルト、もういいよ。私を選ばなくてもいい。でもシェイラ様を選ばないで。
アルトとシェイラ様が結ばれることだけは祝福できそうにないの。私の心に黒が芽吹いた。




