第7話: お兄様失踪!? 姉妹、緊急出動!
――夢を見ていた。
「……っ、痛い……」
頬が熱い。
身体中が痛い。
何度殴られたのかも、もう分からない。
ある夏の日。
強い日差しに照らされた公園で、僕は同級生たちに囲まれていた。
「キモいんだよ!」
「死ね!」
怒鳴り声が響く。
逃げようとしても、足に力が入らない。
「やめて……」
かすれた声で呟く。
けれど――
「聞こえねぇよ!」
また、身体に衝撃が走った。
「……っ!」
痛い。
怖い。
もう、何も考えたくない。
それでも終わらない。
笑い声と罵声だけが、いつまでも耳に残る。
「…………」
僕はただ、身体を丸めて耐えていた。
――どうして。
――どうして、誰も助けてくれないの?
そんなことを考えながら。
ただ、終わるのを待っていた。
そして――
「……っ!」
禎丞は、勢いよく目を覚ました。
「っ……!」
「はぁ……っ、はぁ……!」
荒い呼吸を繰り返す。
胸に手を当てると、心臓が激しく鼓動していた。
「…………」
禎丞は呆然としたまま、周囲を見回す。
まだ見慣れない高そうな自分の部屋。
カーテンの隙間からは、柔らかな日差しが差し込んでいる。
「…………夢」
そう呟いた瞬間、ようやく現実に戻ってきた気がした。
「…………はぁ」
禎丞は額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。
「……なんだったんだ、今の」
夢の内容は、もうほとんど思い出せない。
ただ胸の奥に残った嫌な感覚だけは、消えてくれなかった。
「…………」
禎丞はしばらく黙ったまま、ベッドの上に座っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……嫌な夢だったな」
そして、枕元に置いてあったスマートフォンへ手を伸ばし画面を点ける。
「…………え?」
表示された時刻を見て、禎丞の目が大きく見開かれた。
「……もうこんな時間!?」
悪夢の余韻も一瞬で吹き飛んだ。
「美容院……!」
禎丞は慌ててベッドから飛び起きた。
禎丞は時計を確認して、慌てて部屋を飛び出した。
「やばい……!」
予約の時間が迫っている。
急いで服を着替え、そのまま玄関へ向かう。
リビングでは、紅音と彩葉がソファに座っていた。
「…………?」
紅音が、慌ただしい足音に気付いて顔を上げる。
「禎丞?」
「お兄様?」
禎丞は二人の方を見ることもなく、急いで靴を履く。
「えっと……財布、スマホ……よし!」
そのまま玄関の扉へ手を伸ばす。
「…………?」
紅音は不思議そうに禎丞を見つめる。
「お兄様、どこかへ――」
「行ってきます!」
ガチャッ!
バタンッ!
「…………」
「…………」
リビングが静まり返った。
紅音と彩葉は、閉じられた玄関の扉を見つめたまま固まっている。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙。
そして――
「…………今」
紅音がぽつりと呟いた。
「……禎丞、行ってきますって言わなかったか?」
「…………」
彩葉も、玄関をじっと見つめる。
「……言いました」
「…………」
「今、禎丞一人で外に行かなかったか?」
「………ええ、一人で外に行きましたね」
二人はもう一度、玄関を見る。
「…………」
「…………」
紅音の表情が、少しずつ変わっていく。
「……え?」
「…………」
「ちょっと待て」
「…………」
「禎丞……一人で外に行ったのか?」
「…………」
彩葉の顔からも、笑顔が消えた。
「…………え」
二人は同時に立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って……!」
紅音が慌てて玄関へ駆け寄る。
「禎丞が……?」
扉を開ける。
しかしそこに禎丞の姿はない。
「…………」
紅音が固まる。
彩葉も後ろから玄関を覗き込む。
「……本当に、いない」
紅音と彩葉は、顔を見合わせた。
「…………やばいよな?」
「…………やばいですね」
二人の脳裏に、最悪の光景がよぎる。
「急いで私達も追いかけましょう! じゃないと、お兄様が……!」
彩葉の顔から、いつもの柔らかな笑みがすっと消えた。
黒を基調とした地雷系の服。その袖をぎゅっと握りしめながら、普段は穏やかな瞳が、見る者をぞっとさせるほど冷たく細められている。
「禎丞が……!」
「どこかの知らない女に連れ去られて――」
紅音の顔がみるみる険しくなる。
「拉致監禁されて、オス堕ちしちゃいます!!!」
「巫山戯んな!! そんな事させるか!!」
紅音が拳を握りしめ、怒鳴り声を上げる。
「そんな事絶対に許しません!!!」
「待ってろ禎丞ぅううう!!!」
「お兄様ぁぁぁぁぁ!!!」
二人は弾かれたように玄関を飛び出していった。
こうして、禎丞のちょっとした外出は、姉妹による緊急救出作戦へと発展することになった。




