第9話:散りゆく正義、あるいはヨルムンガンドの産声
1. 逃れられぬ包囲網
205X年、降りしきる雨の臨海地区。
白神は、血の混じった唾を吐き捨て、コンテナの影に身を潜めていた。
手元にある「手帳(SDカード)」は、すでに志乃を通じて新(佐野)の手へと渡っている。彼の役目は終わっていた。だが、緒方組の刺客たちは、情報の「出口」を完全に塞ぐまで止まらない。
「白神さんよ……あんた、やりすぎたんだ」
闇の中から、緒方組の暗殺者たちの足音が響く。
2. 傍観する亡霊
新(佐野)は、数キロ離れたセーフハウスで、ハッキングした監視カメラの映像を凝視していた。
彼の指先には、白神を救い出すための「自動運転車の介入」スイッチがある。……だが、新はその指を動かさなかった。
(……済まないな、白神。君がここで生き残れば、自由民社と緒方組は『君を消す』ためにさらに血眼になる。だが、君がここで『英雄』として死ねば、その遺志は消えない。……何より、私の叔母、志乃が『本当の悪』に目覚めるための、最高の燃料になるんだ)
前世の佐野源助が持っていた、地政学的な冷徹さ。
「一人の犠牲が、万人の秩序を生む」という非情な計算が、新に介入を思い留まらせた。
3. 暁への絶叫
銃声が響く。一発、二発。
白神は倒れ込みながら、雨空を見上げた。その瞳には、自分の死後に動き出すであろう「何か」への確信があった。
「……あとは……頼んだぞ、若いの……」
白神の意識が遠のく中、彼の通信端末には一通の未送信メッセージが残されていた。宛先は、かつて自分が追っていた『ヨルムンガンドの夜明け』の主人公。
【後は、お前が穿て。無味無臭に、跡形もなくな】
白神の心臓が止まった瞬間、二つの物語が一本の線で結ばれた。
4. 志乃、覚醒の夜
「……死んだのね」
新の横で、志乃が掠れた声で呟いた。彼女の瞳からは涙が消え、代わりに底知れない「暗い決意」が宿っていた。
新が白神を見殺しにしたことも、彼女は察していた。だが、それを責める言葉は出てこない。
「ええ。彼の死によって、この手帳の価値は数千倍に跳ね上がった。……さあ、志乃。泣くのは終わりだ。この血の代償、自由民社と緒方組に、骨の髄まで払わせてやろう」
新(佐野)は、冷え切ったコーヒーを一口啜る。
その味は、かつて日本を二分する戦いに挑んだ時と同じ、重く、苦い味がした。




