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婚約破棄された生活魔法の天才 隣国で魔法特許都市を作ったら世界一の国になりました  作者: もりのなか
第2章 追放と旅立ち

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第27話 魔法の量産化

 アルディナ王国の王都に設立された「アルフェリア生活魔法研究所・第一工房」。

 そこでは、かつてない熱量と共に、世界の常識を塗り替える作業が昼夜を問わず進められていました。

 私、リリア・フォン・アルヴェルトが掲げた次なる目標。

 それは、魔法の「属人性」を完全に排除すること――すなわち、魔法の完全なる道具化と量産化でした。


「リリア様、術式の固定化テスト、第42項目まで完了しました」


 そう言って分厚い報告書を携えてきたのは、エリオット様が極秘裏に呼び寄せてくれた、

 若き天才魔導工学者のマリナ・ベルクです。

 彼女は、私の脳内にある『生活魔法カタログ80』の抽象的な理論を、

 実体を持った精密な装置へと落とし込むための、最高にして唯一無二のパートナーでした。


「お疲れ様、マリナ。魔力伝導率の誤差はどうかしら?」


「完璧です。リリア様の設計通り、誤差は0.01度以内に収まっています。

 これなら、装填する魔石の品質に左右されず、誰が使っても安定した出力が可能です」


 マリナは誇らしげに、作業台の上に置かれた、鈍く銀色に光る金属製の小さな箱を指差しました。


 それは、生活魔法カタログ第2番『水生成魔法』を組み込んだ、世界初の「魔法水生成装置」のプロトタイプでした。

 これまでの魔法の世界では、水が必要な時は魔導師がその都度術式を脳内で組み、魔力を放出しなければなりませんでした。

 しかし、私の理論は根本から違います。

 精密に設計された完成済みの術式を、魔導回路ハードウェアとして装置に刻み込み、誰でも起動できるようにするのです。


「では、歴史的なデモンストレーションを始めましょう」


 私は工房に集まった熟練の職人たち、そして視察に訪れた宰相エリオット様の前に立ちました。

 エリオット様は、知性に満ちた鋭い瞳で、その小さな装置を食い入るように注視しています。


「皆さん、魔法はこれまで、選ばれた才能を持つ者だけの排他的な特権でした」


 私は静かに、しかし工房の隅々にまで届く透き通った声で語りかけました。


「軍事魔法がその最たる例です。強力な炎や雷を放てるのは、

 生まれ持った膨大な魔力量を持つ一握りの貴族だけでした。

 その力こそが階級を作り、支配の正当性を生んできたのです」


 軍事至上主義のアルヴァレード王国では、その「選民思想」こそが国家の基盤となっていました。

 王太子アルドリック様は、「軍事魔法が使えない女は無価値だ」と私を捨てましたが、

 それは魔法を個人の武力の尺度でしか測れなかった、旧時代の貧相な発想ゆえです。


「しかし、私が提案するのは『技術の民主化』です。

 魔法を、個人の才能から切り離された『道具』に変え、

 この国の誰もがその恩恵を等しく享受できる世界を作ります」


 私は、魔力をほとんど持たない工房の見習い少年を呼び寄せました。

 彼は緊張した面持ちで、装置の横にある起動用の小さな魔石に触れました。

 少年の、灯火ともしびのような微々たる魔力が装置に伝わった、その瞬間。


「……あ、出た! 水だ!」


 少年の驚きと共に、装置の蛇口から清らかな水が、勢いよく溢れ出しました。

 それは、生活魔法カタログ第1番『清浄水生成』が同時に発動し、

 大気中から集められた不純物ゼロの、極めて純度の高い飲料水です。

 魔力消費量は、私の基本スペックである0.01%以下を維持し、装置側で常に最適化されています。


「なっ……魔導師でもない子供が、これほど質の高い水を、一瞬で生成したというのか!?」


 老職人の一人が、腰を抜かさんばかりに目を見開き、驚愕しました。

 エリオット様は、溢れ出す水を掌に受け、その温度と純度を確かめるように静かに見つめました。


「素晴らしい。リリア様、これはもはや個人の力の範疇を超えている」


 エリオット様は私に向き直り、深く、感嘆の息を吐きました。


「あなたが作ったのは、単なる便利な道具ではない。

 魔法という、これまでは偏在していた『資源』を、誰にでも配分可能な状態にした……

 これは、経済の前提条件そのものを根底から覆す発明だ」


「はい。次はこれです」


 私は、続いて大型の堅牢な金属箱――

 生活魔法カタログ第14番『魔法冷蔵』と第15番『魔法冷凍』を実装した「魔法保存箱」を披露しました。

 これには、第7カテゴリー「物流革命」の第62番『保存輸送魔法』の理論も高度に応用されています。


「この保存庫は、内部の鮮度を一年以上、完璧に維持します。

 魔力を持たない商人がスイッチを入れるだけで、都市全体の食料事情を安定させることができます」


 マリナが装置の蓋を開けると、中には一ヶ月前に収穫されたはずの野菜が、

 今も瑞々しい朝露を湛えたまま、まるで今朝摘んだかのように並んでいました。


「これが量産化されれば、不作による飢饉は、過去の物語となります」


 エリオット様の瞳に、情熱的な、そして野心的な輝きが宿りました。

 彼の脳内では、この装置がもたらす経済爆発と、

 国家GDPが数倍に膨れ上がる黄金のロードマップが、即座に計算されているはずです。


「水生成装置、魔法保存庫、そして室温調整を組み込んだ魔法暖房装置……」


 エリオット様は工房の職人たちを見渡し、断固とした、威厳ある口調で宣言しました。


「諸君、今日この日をもって、アルディナ王国は『魔導産業国家』へと生まれ変わる。

 リリア様が設計したこれらの魔道具を、この第一工房を皮切りに、国中の工場で量産する!」


「量産、ですか……?」


 職人の一人が問いかけると、エリオット様は力強く頷きました。


「そうだ。一品生産の芸術品ではない。工場で規格化し、誰にでも手に入る価格で大量に生産するのだ。

 それが、リリア様が提唱する『魔法産業』の正体だ。

 この小さな装置一つが、一国の軍隊に匹敵する価値を生むことになる」


 生活魔法を装置化し、工業化する。

 そのために必要不可欠なのが、世界初の制度である「魔法特許法」でした。


「リリア・フォン・アルヴェルトの名において、これらすべての術式は特許登録されます」


 エリオット様は私のフルネームを呼び、その権利が国家によって守られることを明言しました。


「他国がこの装置を模倣しようとすれば、莫大な特許使用料を我が国に支払うことになる。

 あるいは、我が国から完成品を輸入するしかない。

 それはつまり、世界の技術と経済の主導権を、私たちが完全に握ることを意味するのだ」


 職人たちの間に、戦慄と、それに勝る狂おしいほどの興奮が走りました。


 軍事魔法の威力で他国を脅し、領土を奪うことでしか豊かになれなかった旧い野蛮な時代。

 そこでは、生活を支える魔法は「お冷運び」と嘲笑されるだけの無価値な存在でした。

 しかし今、その無価値とされた魔法が、装置という鋼の翼を得て、

 世界経済を支配し、人々に幸福をもたらす最強の力へと変貌を遂げようとしています。


「リリア様。あなたの頭脳が生み出す特許は、アルヴァレード王国の全軍事力よりも遥かに恐ろしく、そして美しい」


 エリオット様が私の手を取り、深い尊敬と、ある種の畏怖を込めて言いました。


「あなたが設計図を引くたびに、この国の未来が黄金色に輝いていくようだ」


 私は、工房の窓から遠く西の空――アルヴァレード王国の方向を見つめました。

 あちらの国では今も、王太子アルドリック様が「軍事魔法の訓練こそが国力だ」と叫び、

 疲弊した民の生活を犠牲にしていることでしょう。

 食料は不足し、干ばつに喘ぎ、インフラは崩壊の一途を辿っているはずです。


 彼らが気づいた時には、すべてが手遅れになっています。

 自分たちが「役立たず」と捨てた令嬢が、自分たちが喉から手が出るほど欲しがる

「世界の豊かさ」のすべてを、その手の中に独占しているのですから。


「魔法の量産化」。

 それは、旧き王国への決定的な、そして最も残酷で優雅な「経済的死刑宣告」でもありました。


 私はマリナと視線を交わし、次なる開発項目を確認しました。


「次は第8カテゴリー『都市インフラ革命』から、魔法街灯と魔法水道の量産に着手しましょう」


「了解です、リリア様! 私の工学技術で、世界一の魔法都市を形にしてみせます!」


 工房に響き渡る金属の打音と、魔力回路が繋がる微かな電子音。

 それは、新しい時代の産声でした。


 生活魔法カタログ80。

 そのすべてが装置となり、あまねく人々の手に渡る時。

 世界は、真の意味で、後戻りできない産業革命を迎えることになるのです。

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