第21話「生活魔法の本当の価値」
アルディナ王国の王都へと向かう馬車の中で。
宰相エリオット様は、静寂を破るように私へ一つの問いを投げかけました。
「リリア様、改めてお聞きしたい。
あなたにとって『生活魔法』とは一体何なのですか?」
その瞳は、単なる好奇心ではありません。
一国の運命を左右する技術の真実を見極めようとする、鋭い知性に満ちていました。
私は、膝の上に置いた『生活魔法カタログ80』の束を静かに撫でました。
かつて王太子アルドリック様は、これを「お冷を運ぶだけの児戯」と呼びました。
軍事至上主義の王国では、人を傷つける破壊の力こそが魔法の価値だと信じられていたからです。
しかし、私は一点の迷いもなく答えました。
「生活魔法とは、文明そのものです」
エリオット様は、意外そうに目を見開きました。
「文明……。
それは、人々の暮らしを支える根底にあるもの、という意味ですか?」
「はい。例えば、私のカタログ第1カテゴリーにある
『清浄水生成』や『魔法水道』を考えてみてください」
私は、指先にわずかな魔力を集めました。
コップの中の水を分子レベルで浄化して見せたのです。
魔力消費量、わずか0.01%以下。
誤差0.01度以内の精密制御。
「軍事魔法で雨を降らせるには膨大な魔力が必要ですが、私の魔法は
最小のコストで都市全体に安全な水を供給し続けます」
エリオット様は、私の術式が描く魔力回路を食い入るように見つめています。
「これは……衛生革命です。
疫病を激減させ、都市の生存率を劇的に引き上げる……!」
「その通りです。水、食料、温度。これらは単なる『家事』ではなく、
国家という巨大な装置を動かすための『産業基盤』なのです」
私はカタログをめくり、さらなる説明を続けました。
「第2カテゴリーの『魔法冷蔵』と『魔法保存庫』を物流に組み込めば、
収穫した作物の廃棄率はほぼゼロになります。
一年間の長期保存も可能です。これにより、飢饉という概念そのものを
この世界から消し去ることができます」
エリオット様の呼吸が、わずかに速くなったのを私は感じました。
「……飢饉の消滅。そして物流の効率化による経済の爆発。
あなたは、魔法を『産業』として定義しているのですね」
「ええ。アルヴァレード王国が予算の八割を投じている軍事魔法は、
平和な時代には無駄なコストでしかありません」
破壊の力は何も生み出しませんが、生活魔法は富を創造します。
「人を豊かにする力こそが、国家の真の価値を決めるのです。
エリオット様、私はこの隣国で、それを証明したい」
私の言葉を受け、エリオット様は深く、深く頷きました。
「リリア様。あなたは先ほどこれを『文明』と言いましたが、
私はそれ以上のものを感じます」
彼は窓の外、アルディナ王国の広大な農地を見つめました。
「これは……国家戦略兵器です。
剣よりも強く、盾よりも堅固に国を守り、繁栄させる究極の力だ」
エリオット様の言葉は、王太子アルドリック様の言葉を完全に否定するものでした。
王太子は「生活魔法など何の価値もない」と言い、私を捨てました。
しかし今、隣国の天才宰相は、私の技術を「世界を変える革命」と呼んでいるのです。
「第4カテゴリーの『農業革命』に早速着手しましょう。
収穫量を五倍に引き上げれば、世界は沈黙せざるを得ません」
エリオット様は、確信に満ちた表情で提案しました。
「そして、そのすべての発明を正当な権利として守るための仕組み……
『魔法特許制度』を設立しましょう」
魔法特許。
それは、私が持つ80件以上の技術を、世界を支配する「力」へと変えるための鍵です。
王都で嘲笑われた「お冷運び」の少女が、今、産業革命の旗手として立ち上がろうとしていました。
「承知いたしました、エリオット様。私たちの『文明』を始めましょう」
馬車が王都の門をくぐる時、私は自分の中にあった過去の怒りが、
新しい創造への情熱へと昇華されるのを感じました。
アルヴァレード王国が自ら捨てたものが、どれほどの損失であったか。
彼らが飢えと寒さに震える時、この国は私の魔法で黄金の稲穂に包まれることになるでしょう。
それは、どんな軍事魔法よりも冷酷で、そして慈悲深い「ざまぁ」の始まりでした。
エリオット様は私の手を取り、静かに、しかし力強く言いました。
「リリア様。あなたの魔法が、新しい時代を作るのです」
その時、私たちの視線の先には、やがて世界最大の魔法都市となる
「ルミエール」の礎が、確かな光を放っていました。




