042.聖女の戦場、勇者の困惑
上空で鳴り響く魔導砲の着弾音は、もはや絶え間ない雷鳴のようにソリダリスの街に降り注いでいる。
俺一人の魔力で維持している漆黒の氷壁は、数万の軍勢による波状攻撃をすべて弾き返していたが、その衝撃までは完全には相殺できない。
「……っ、ハァ……ハァ……」
氷壁の維持に全神経を注ぐ俺の耳に、街のあちこちで建物が崩れる振動が伝わってくる。
砲撃そのものは防いでも、振動による崩落までは防ぎきれない。
俺は血の味を噛み締めながら、視界を共有する魔導具を通じて街の様子を確認した。
そこには、俺が戦う理由そのものがあった。
「こちらに怪我人がいます! 早く、担架を!」
崩れた石材の隙間から、ノエルの凛とした声が響く。
彼女は今や地下のネットワークを束ねる指導者としてだけでなく、前線で傷ついた民を救う救護班の象徴となっていた。
瓦礫に埋もれた子供を、獣人の若者たちが協力して助け出し、ノエルがその場で治癒魔法を施す。
彼女の白い服は泥と血に汚れ、髪も乱れていたが、その瞳に宿る慈愛の光は、空を覆う漆黒の氷よりもずっと強く輝いていた。
「大丈夫ですよ、もう痛くありません。
……ガルシアさんが、空を守ってくれています。
だから、私たちは自分たちのできることをしましょう」
ノエルの言葉に、怯えていた民衆の瞳に再び力が宿る。
俺は独りで空を守っているつもりだったが、彼女は地上で、人々の「心」が折れないように繋ぎ止めていた。
◇◇◇
一方、連合軍の最前線。
勇者カイルは、魔導双眼鏡を通じて、漆黒のドームの僅かな隙間から漏れ見える街の光景を凝視していた。
「……なんだ、あれは」
カイルの隣に立つ兵士たちからも、ざわめきが漏れる。
彼らが聞かされていたのは、凶悪な魔王に支配され、恐怖に怯える民の姿だった。
しかし、そこに映っているのは、種族の垣根を越えて手を取り合い、一人の女性
――「聖女」と呼ぶに相応しい清らかな娘を信じて、必死に生きようとする人々の姿だ。
「魔王の片腕たる魔女が、民を洗脳しているという報告でしたが……
あんなに必死に、子供を助ける魔女がどこにいるっていうんだ」
一人の若き兵士が、困惑したように呟いた。
カイルはその言葉を、鉛を飲み込んだような重苦しさで受け止める。
彼は知っている。
あの娘こそ、ガルシアが命をかけて守り抜こうとしたノエルであることを。
そして、彼女が今、ガルシアの「業」を半分背負う覚悟でそこに立っていることを。
「勇者様、何を呆けておられる!
砲撃を緩めるな!
奴らの戦意を挫け!!!」
後方から将軍の怒声が飛ぶ。
カイルは反射的に聖剣の柄を握ったが、その手は微かに震えていた。
(僕たちは、本当に『悪』を討とうとしているのか?)
カイルの視界の端で、連合軍の補給部隊が混乱に陥っているのが見えた。
レオンが裏で手を回したのだろう、兵糧庫が原因不明の凍結を起こし、軍の足並みが乱れ始めている。
政治の道具として「正義」を強制する連合軍と、ただ生きる場所を守るために「泥」を啜るソリダリス。
カイルの「太陽のあざ」は、かつてないほどに鈍い輝きを放ち、その心に拭い去れぬ影を落としていた。
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