脱線
「お前まだ学生なのに一人暮らしなんてしてんのか」
「今日が初日。引っ越してきたばかりなんだ」
「じゃあ色々と案内してやらねえとな」
「あ、結構です」
「遠慮すんなよ。お前は命の恩人だ」
醤油臭いヌタヌタした河童による地元観光ツアーなんてまっぴらごめんである。
そのイベントは転校初日に自己紹介を終えたのち、世話焼きのクラスの美少女に校内を案内されるまで温めておきたい。
結局河童は元気になった。
それどころか俺は今、河童と将棋盤を挟んでいる。
醤油をかけたまま放置すると異臭騒ぎが起きてしまいそうなので、致し方なく風呂場でシャワーをかけてやったその流れでそのまま居座ってしまったのだ。
「ほう、四間飛車からの穴熊か」
対する河童は生意気にも6六銀型を選択してきた。
本当に生意気である。
「お前動じないな」
「よく爺ちゃんと将棋指したからね」
「違う。なぜ俺を前にして冷静を保っているかと聞いているんだ」
どうやら化け物という自覚はあるらしい。
「心は人間だから!」とか言い出されたら、扱いに困るから安心した。
「そういえばここに住んでた爺さんもお前と同じように動じない爺さんだったな」
「爺ちゃんが?」
「そうか……お前の血縁か。歴史は巡るな」
「……どんな会話をしたの?」
「主に恋の話だ」
興味が無さ過ぎるし想像するだけで胸焼けがする。
河童と爺ちゃんの恋の話なぞ、どこに出しても需要が無さそうな会話である。
しかしこんな奇妙奇天烈な奴を庭で飼っていたなんて初耳だ。
そりゃあそんなこと話したら親戚一同大反対だ。
犬猫飼うのと訳が違う。
すぐさま害獣と認定され地元のハンターが家に大挙すること間違い無しだ。
「俺はお前の爺さんにも命を救われたんだ」
「河童、お前は命の危機に瀕しすぎだ」
「あれはいつの頃だったかな。人間界が昭和なんて時代を生きていた頃だ」
「そんな昔なんだ」
「当時はまだ戦争の爪痕があちこちに残っていてな。食うもんも無ければ着るものも無かった」
「お前全裸じゃん」
「人間の話だよ」
「ああ、ごめん。少しでも自分を人間だと思っているなら分からせてやろうかなと思って」
「お前辛辣だな。でも……嫌いじゃないぜ」
特に好かれたくもない。
「河童も大変だったぜ。特に都会住みの河童は被害甚大だった。胡瓜なんてそりゃあもう高級品よ。どこ探しても無いから、もうヘチマでもいいやってなる河童もそこら辺に溢れかえったぜ。あれ体も洗えるし肌にも優しいし万能だよな。聞いた話じゃ沖縄ではナーベラーって言って当たり前に食用として扱われているらしいぜ。でもヘチマだって有限だ。だからもう最後の方なんて蝉食ってたからな。今みたいに蝉の声聞いてると、あのパリッとした食感を思い出すよ。そうだ、あとでご馳走してやるよ。意外といけるんだぜ。特にミンミンゼミがいい。アブラゼミもいいがやはりミンミンゼミだ。夏の終わりはツクツクボウシだな。ヒグラシも捨てがたい。関西ではクマゼミなんて物騒な名前の蝉もいるらしいが、流石にそれを食べる目的で遠征するほど俺も暇じゃなかったからな。それにやっぱり大阪って言ったら粉もんだよ。ミーハーって言われちゃあ元も子も無いけどな。だけど実は俺って猫舌でよ。はは、笑っちまうよな。河童なのに猫舌だぜ。でもよ、出来立てをハフハフしながら上顎の皮デロンデロンにして食べるたこ焼きが美味いこと美味いこと。青のりと鰹節がまたいいアクセントになってよ。あ、そうそうカツオブシで思い出したけどよ、あれって釘打てるくらい硬いんだぜ」
よく喋る河童だな、おい。
「あのさ話まとめてくれない? とっ散らかり過ぎて、なんも頭に入って来ないんだよ。そもそも爺ちゃんに命を救われたって話だろ。なんで着地点が鰹節になるんだよ」
「だから近所の子供に鰹節で皿を割られたって話」
じゃあその一文でいいじゃん。
瓜科のくだりも蝉のくだりもいらねえよ。
ついでに言うとお前が猫舌とか心底どうでもいいわ。
お前の上顎がデロンデロンになることくらいどうでもいいわ。
「お、詰みだな」
「……あ」
「良かったな。尻子玉賭けてなくて」
……こいつ本当にむかつくな。




