78 すべてはここから始まった④
それから、私達は三回ほど魔物の群れに遭遇した。さらに、群れからはぐれたらしき単独行動の魔物も三回見かけた。
魔物の群れの二回はヘレンドさまが瞬時に片付け、残りの一回は殿下が笑顔で『竜巻』を起こした。敵には容赦のない二人である。防御組や私が魔法を使う必要もなかった。
単独の魔物の方はというと、カトリーアが『渦中』で一匹、ユーリさまが二匹倒した。
つまり私は、狐の一匹以外には魔力を使っていない。しかもその消費した分も、昼食を摂る頃にはほとんど回復していた。
「ぬるいわねえ」
倒木に腰掛け、支給されている携帯食料を頬張りながら、カトリーアがぼやく。
「さすがの私でも思うわよ。魔物、弱らせすぎじゃあないかしら」
「まあでも、学園の生徒はみんな貴族だからね。怪我や事故が起こる方が困る。それにこの演習は、生徒に戦闘を経験させておくためのものだからね」
「サリヴィア先生も『これでもかというほど弱らせた』って言ってたしな!」
…………先程まで剣を振り回したり攻撃魔法をぶっ放したりしていたというのに、呑気なものである。
でも確かに、この実践演習はびっくりするほど呑気なのだ。目的が目的だから、仕方ないとも思うが。
「だからって、油断は禁物だよ。いつ強い魔物が出てきてもおかしくない」
何事も、慣れてきた頃が最も危険なのだと決まっている。
もうお昼だ。いつ決戦が始まってもおかしくはない。
「アリア嬢の言う通りだ。引き続き、気を引き締めていくぞ」
「そうだね」
携帯食料をかじると、口の中に、チョコレート味が広がる。今私が食べているのは、前世でいうプロテインバーやカロリーバーのようなものだ。これが、意外と美味しい。小麦粉やら大豆やら、いろんなものが入っている、栄養価の高いものなのだそう。
私は携帯食料を見るのは初めてだったので、この世界にも似たようなものが存在していることに驚いた。前世ではプロテインバーを食べた事がなく、たまにスーパーやコンビニ、自動販売機なんかで売っているのを見かけては、少し気になっていたのだ。
そんなことを思い出しながら携帯食料を味わっていると、ふいに殿下が尋ねてきた。
「そういえばアリア嬢は、今日はまだ魔物を倒していなかったよね。次に魔物と戦うのはアリア嬢でいいかな?」
もう、最初に確認した作戦なんていうものは無いに等しかった。複数で協力などせずとも、一人の力で退治できてしまうのだから。
「いえ。私なら、ヘレンドさまがウサギの群れを退治なさった少し後に、狐を一匹見つけたので倒しました。ですが、次遭遇したら私が相手をします。まだ、群れとは戦っていないので」
「オッケー。じゃあ、頼んだよ」
殿下の言葉に私は頷いた。
それから、一口分だけ残っていた携帯食料を惜しむようにちびちびとかじる。このチョコレート味、本格的で結構美味しいのだ。さすが貴族の子女が通う学園。非常食ですら美味しい。
しかしどんなに大切に食べても、いつかは食べ終わってしまう。私は最後の一口を、これでもかというほどゆっくり味わって食べた。
……演習中だというのに、つくづく、呑気なことである。
「みんな、食べ終わったら次は、あの道を行ってみない? まだあっちの方へは行っていなかったわよね」
食べ終わったカトリーアが、倒木から伸びる道の一本を指差した、その時だった。
「きゃああああああああああああぁぁぁぁぁ?!」
甲高い叫喚。カトリーアの指差した先、そう遠くない場所からだ。
私達は顔を見合わせ、すぐに立ち上がると、悲鳴のした方へと駆け出した。
――とうとう、始まってしまったのか。
もしこの悲鳴が決戦の始まりならば、原作と比べて一時間以上早い。
でも、ここは現実。小説の中の世界ではあるけれど、小説ではない。だから、同じようなイベントは起こっても、全く同じとは限らない。人が違ったり、場所が違ったり、時間が違ったり。
ともかく、現場を見ないことには、それが決戦の始まりなのかはわからない。
ひたすら、森の道を走る。
いつの間にか空は灰色の雲で覆われ、優しく降り注いでいた木漏れ日は消えていた。
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