35 守りたいもの①
サンドウィッチを食べ終わると、殿下とユーリさまは木陰で読書を始めた。私とカトリーアは湖のほとりで、寄ってきた蝶や鳥を観察しながらおしゃべりをする。ヘレンドさまはというと、私達の外側、さっき歩いた湖を一周する道をひたすら走っている。
侍女達も仕えている家を問わず楽しそうにおしゃべりをしていて、森には平和で美しい静けさが宿っていた。
「カトリーア、とうとうマヨネーズまで作ったんだね」
「だってたこ焼きにソースと青のりだけなのは寂しいでしょう。それに、きゅうりにもつけて食べたいし」
「やっぱり恋しい? 日本」
「全くといえば嘘になるけれど。でも、今が楽しいからあまり気にはならないわね。食べ物の開発はただの趣味よ。こっちに来てお米を見つけた時、気まぐれで炒飯を作ってみたら思いの外ハマっちゃって」
「お姉ちゃん、炒飯好きだったもんね」
「こっちと向こうじゃ、ある食材とか味も少し違ったから、再現するのに苦労したわ。同じものを入れてるのに、同じ味にならないのよ」
「それは大変」
二人顔を見合わせて、ふふっと笑った。
湖のそばの森とはいえ、今は夏だ。お昼の一時半にもなると、流石に暑くなってくる。
事件が起こったのは、「そろそろ帰る支度をしましょうか」とカトリーアと私達が腰を上げた時だった。
「うおっと」
こちらへ向かって走って来ていたヘレンドさまが、何かに気づいたように後ろに飛び退いた。そしてどこからか短剣を取り出すと、顔の前で構える。
その瞬間、三人の騎士達が殿下を守るように囲った。来ていた五人の騎士のうち、一人は殿下に言われてヘレンドさまの方へ走っていく。もう一人はこちらに走ってきて「お下がりください、バートネット様」と言った。カトリーアは大人しく、騎士に守られるようにして殿下の方へ歩き出す。だが足を踏み出す直前、私の手を掴んでぎゅっと握った。
途端に、あたりの空気がぴんと張り詰める。
「おいおいおいおい、まっさかこんな平和な森で血が流れるなんて思いたくないんだけど」
ヘレンドさまが引き攣った笑みを浮かべて言った。
ヘレンドさまのところまで辿り着いた騎士が、彼の視線を追って――凍りついた。
そこには、狼がいた。しかも一匹や二匹ではない。ざっと二十匹は軽く超える、真っ黒な狼の群れ。
相変わらず木漏れ日は優しく降り注いでいるし湖もキラキラと輝いているのに、何故かその狼だけが、光が一粒も当たっていないかのように真っ黒だった。
「ま、魔物……! なぜこんなところに!」
騎士は素早く剣を抜き、構える。一瞬のうちに、それまでの驚愕した表情は消え去っていた。
「上等だ。俺らの王太子夫妻サマには、その毛一本触れさせてやんねえぜ」
ヘレンドさまが、にやりと笑う。そして狼に向かって、一直線に走り出した。その後に騎士が続く。狼も彼らに向かって猛スピードで突進していく。
ヘレンドさまが、短剣を振り抜いた。
その途端、二匹の狼がグシャリと地面に崩れ落ちる。倒れた魔物は血も流さず、反撃もすることなく、塵となって風に消えていった。
「化け物かよ」
ヘレンドさまが苦い顔で呟いた。
何が起こったのかをやっと理解した私はカトリーアの手を振り解くと、狼の群れめがけて駆け出した。
「アリア?!」
背後でカトリーアが困惑したように叫ぶ。
「すぐ戻る!」
そう叫ぶや否や、両手を前方に突き出した。力を込めて高らかに叫ぶ。
「『渦中』!!」
水の渦が二本、勢いよく放たれた。水の方にも氷を混ぜてあるから、殺傷力は高い。群れの中心めがけて、魔法が飛んでいく。
『グギャアアァァァァァッッ!』
魔物が低い悲鳴をあげた。魔法が命中したのだ。氷の破片に傷つけられボロボロになった魔物はバタンと地面に倒れると形が崩れ出し、最後には塵となって消えた。
私はそれを確認すると、次は「『発射』!」と叫んだ。水の柱が、騎士の背後、剣撃をすり抜けた狼に当たり、また一匹、塵となる。
ヘレンドさまがまた、魔物を斬る。右に跳び左に跳び、加速し時には後退しながら、目に入った魔物という魔物を全て斬り倒していく。その少し離れた所で、騎士が剣を振るっていた。彼の剣をすり抜けた魔物や数が多い群れの中心に向かって、私はひたすら『発射』と『渦中』を撃ち続ける。頭がパニックを起こしていて、他の魔法を思いつかなかったからだ。
一応補足しておくと、騎士が弱いわけではないです。魔物が強いだけです。そしてヘレンドが規格外の強さなだけです。
次話は明日18時に投稿します。




