15 追憶③
しとしとと雨が降り始める頃、一限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
机に突っ伏しぐったりとしている私の横で、カトリーアさまがくすくすと笑う。
前世の、それも一番辛かった時期を夢に見たので、私は朝からご機嫌斜めだった。
「何ですか」
むっとした顔で言うと、カトリーアさまはまたくすくすと笑う。
「だって、あの真面目なアリアさまがこんなにだらっとしているなんて貴重なんですもの」
面白そうに言うカトリーアさまを尻目に、はあ、と溜息を吐く。
「数学は苦手なんですよ。昔から」
『昔』という言葉に『幼少期』以外の意味が含まれていることに気付いたのは彼女だけだろう。
ふとカトリーアさまは何かを思い出したようで、あら、という顔をした。そして私を見てふふっと笑う。
「アリアさま、次は魔法科論理の授業ですわよ。元気を出してくださいませ」
その言葉に、暗かった頭の中がぱああっと明るくなる。
魔法科論理は私が一番好きな教科。内容は幼い頃に本を読んで全て知っているとはいえ、本で手に入れた上辺だけの知識と、実際に使った人の生の声はやはり重みが違うのだ。自分が使えない属性の話は特に興味深い。風属性や火属性のクラスメイトを質問攻めにしたくなるのを、授業の度にこらえている。
私の表情が明るくなったのを見たカトリーアさまがまたふふっと笑った時、教室のドアが開いて、サリヴィア・フラン先生が教室に入ってきた。それに気づいた生徒達が、自分の席に戻り始める。私もカトリーアさまとの話をやめ、前を向いて座り直した。
「皆席についたー? じゃ、授業を始めるわよ」
サリヴィア先生はふわふわの癖毛を揺らしながら教室を見渡す。全身から、優しいほのぼのオーラが溢れ出しているこの先生も、かなり難しいという試験を突破した、国家魔法士の一人である。
この国の魔法学園の教師は、全員が学者である。数学なら数学者、理科なら科学者。魔法科は国家魔法士から、実技や研究において優れた者が国から派遣される。これは、『将来を担う子供達に間違った知識を与えることがないように』という、国王をはじめとした国の重臣達の総意らしい。
――なんて考え事をしていた私の耳に飛び込んできたサリヴィア先生の言葉に、私はばっと顔を上げた。
「今日の授業は、怪我と魔力の関係についてです。このクラスにはラティーアさんがいるから、もしかしたら今後治癒魔法を見る機会があるかもしれないし、騎士団や国家魔法局に入るなら必須知識ね」
治癒魔法。私が前世で最も強く欲した魔法。そして、今私が研究している魔法でもある。治癒魔法を元に、新しい魔法を生み出そうとしているのだ。
「皆知っていると思うけど、治癒魔法は光魔法の一つね。光魔法は他の属性と比べて少し特殊だから、今日はその仕組みから解説していくわ」
開発の手がかりを得られればいいなと頭の隅で思いながら、話に耳を傾ける。私の頭にはかなり高度な知識まで入っているが、どんな事も基本にかえることは大切だと、いつか聞いた。
「治癒魔法は、体内の魔素の循環速度を速めることで怪我を治すの。まず、これまでの授業でも何度か言っているけれど、魔力、つまり体内の魔素は生命力に直結するわ。魔力が無いと、怪我は治らないし、力も入りにくくなる。魔力は時間の経過や食事で回復するし、魔力切れの状態で怪我をする事はあまり無いから、知らない人もいるかもね」
サリヴィア先生は黒板に棒人間を描き、その横に『魔素』と書いてぐるぐると囲った。棒人間の頭の部分に書かれた、きらきらした二つの目が可愛らしい。
「だから、治癒魔法は魔力切れの人には効かない。騎士を目指す人、この点は特に注意してね」
棒人間をぐるりと矢印で囲って、サリヴィア先生は言う。最後に、矢印の先に『魔力』の文字を足した。
「来年は実戦演習もある。魔力が切れても命に関わることはないわ。でも、大怪我をしている時に魔力切れになったら、最悪の場合命を落とす可能性はあるということ、よく覚えておいて」
先生の言葉に、皆はそれぞれ頷く。
先生は満足そうに頷くと、また黒板に向き直る。
「さて、前置きはこのくらいにして、魔力で怪我が治る仕組みについて詳しく解説していきましょうか。この単元は重要だから、テストに出るわよ」
にこりと可愛らしく笑った先生に、私やカトリーアさまを含むクラスの半数ほどは嫌そうな顔をする。前世でもテストは嫌いだったから、訳が分からない問題を前に悶々と頭を悩ませる感覚を思い出して、顔を顰める。
魔法科で習う知識はほとんどが幼少期に覚えたことの復習とはいえ、忘れていた事や発展的な内容もたまにある。
テスト勉強はちゃんとしておかないと、と思うのは、前世からの真面目と言われる性格故だろう。
「まず、さっきも言ったけど魔力というのは――」
先生が話し始める。それらはやはりすでに知っている知識だったが、読んだ本とは説明の仕方や例が違っていて、人による解釈や考え方の違いを感じた。研究者というのは、それぞれがそれぞれの見解や見方を持っているのだろう。私も、いつか自分の視点を持つことができるのだろうか。
授業を聞き板書を取る傍ら、考え事をしていたら、授業の終わりをしめすチャイムが鳴った。と同時に欠伸が出る。
目覚めが早かったせいだろうか。昨日のカトリーアさまとのまじらぶトークを思い出して興奮していたせいだろうか。それとも、今朝方見た夢のせいだろうか。
きっとその全てだろうな、と思い苦笑する。できれば、あの夢はもう見たくないな。
何となく、窓の外を見る。
雨足が強まってきた中庭は、白くて薄いヴェールに世界全体が覆われているような錯覚を覚えた。うっすらと、疎外感のような寂しさを感じた。
【お知らせ①】
明日公開予定の第16話以降は、一旦毎日投稿をストップして、私の執筆スピードに合わせての投稿になります(とはいってもストック話がかなりの量あるので、ある程度継続的に更新していきます)。
更新予定日は作者のXでポストします。
X→ https://x.com/jiu_mapleleaf?s=21
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【お知らせ②】
なろうさまの企画『秋の文芸展』に投稿していた作品が完結しました。全6話でサクッと読めます。
苦くて懐かしくて、胸の奥でキラキラと輝いている思い出のお話。
こちらもぜひお読みください!
*「あの頃と同じ、欠けた月。」https://ncode.syosetu.com/n3084lc/
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