16 まじらぶごっこ
***
「アリアさま! まじらぶごっこをしましょう!」
「へ?」
とある五月の初めの休日。ノックの音を聞いたハンナが部屋のドアを開けるなり、カトリーアさまは爛々とした瞳で意気揚々と言った。
「何かありました? 変な物でも食べましたか?」
「いいえ何も」
「じゃあ考えたくもないのですが、毒でも飲みました?」
「私を殺そうとしないでくださる?」
休日だというのになぜか制服を着ているカトリーアさまは、不満そうな顔をした。それに対して私はくすくすと笑う。
最近かなり気安い仲になってきた彼女とは、ちょっとした冗談も言えるほどだ。
「思ったの。ヒロインもまじらぶを知っているのなら……」
「知っているのなら?」
嫌な予感がする。
「あのまじらぶの世界を再現できるかもしれないとね!」
「何をどうしたらそんなことを思いつくんですか」
思った通りの言葉に呆れる。
カトリーアさまの思いつくことは、時々意味不明で理解不能だ。
「でも、面白そうなので乗ってあげましょう。それで、私はヒロインの『アリア』役をすればいいんですね」
「ええ! ぜひお願いするわ!」
「カトリーアさまは悪役令嬢役ですか? ヒロイン役はやらなくてもいいのですか?」
「悪役令嬢がどんなことを考えて過ごしているのか、少し興味があったのよ。ほら、だって私、全然悪役令嬢してないじゃない?」
「確かに……」
おかげさまで、私は王子と恋愛せずに済んでいる。
「それで、どの場面にします?」
「そうね……。紅茶をかけるのは服が汚れるから却下ね。階段から突き落とすのも危ないから却下。陰口を言うのも、話し相手がいないからだめね」
「となると、できるのは悪役令嬢がヒロインに直接嫌味を言うところくらいでしょうか」
「そうね、それにしましょう! ではアリアさま、制服を着て中庭にレッツゴー!」
「制服も着るんですか」
「ええ、やるからには徹底してやらないと!」
にこにこしているカトリーアさまは、まじらぶごっこが楽しみで仕方がないらしい。可愛い。
***
「アリアさま、少しよろしいかしら?」
寮の建物を出て校門を過ぎたところで、カトリーアさまが仁王立ちで立っていた。
棘のある声色は、怒りを含んでいる。
その一言で彼女は本気なのだと理解し、おとなしく返事をした。
「なんでしょう」
「ちょっと私についてきてくださる?」
そう言うと、カトリーアさまはくるりと振り返りコツコツと靴音を鳴らして歩き始めた。二人分の硬い靴音が、道の脇の柔らかい芝生に吸われて消えていく。
やがて、彼女は中庭に来ると足を止めた。くるりと私の方を向くと、つかつかと歩み寄ってくる。その勢いに押されるように数歩後ずさると、煉瓦造りの校舎の壁に手のひらが当たる。
カトリーアさまはぐいっと顔を近づけ私の瞳を覗き込むと、強い口調で言い放った。
「貴女、私の殿下に何をしたの?」
その目尻は吊り上がっている。
「なんのことでしょう」
「とぼけないで。貴女、いつもラギリス殿下と一緒にいるじゃない。殿下の婚約者になるのは、公爵令嬢である私なのよ。それをわきまえていただけるかしら?」
「……」
一瞬の沈黙。
カトリーアさまの刺すような鋭い視線を受けて、私ははあ、と溜息を吐いた。
「それが何か?」
「なっ……」
カトリーアさまは、唇を震わせた。
「殿下はまだ婚約していらっしゃらない。それに、まだ殿下の婚約者が貴女と決まったわけではないでしょう。私だって伯爵令嬢です。殿下と婚約する可能性は、十分にあります」
怒りをたたえた彼女の瞳をまっすぐに見て、告げる。
「殿下が誰を選ぼうと、それは殿下の勝手だと思うのですが。貴女に、とやかく言う権利はないはずです」
カトリーアさまは俯き、わなわなと震え出した。そして。
「素晴らしいわ! アリアさまはとても演技が上手なのね!」
ばっと顔を上げた彼女は、私の部屋をノックした時よりも爛々と光る瞳で身を乗り出してきた。お互いの鼻が触れ合いそうな距離だ。
私は驚いて思わず後ずさろうとしたが、後ろは壁で一歩も動けない。
「カ、カトリーアさまこそ、とても凄かったです。迫真の演技で、本当に怒られてると勘違いしてしまいそうでしたよ」
「そう思ってもらえたのなら嬉しいわ」
にこにこしているカトリーアさまは、満足げにそう言った。
私達はお互いが至近距離にいるのも忘れ、それぞれの感想を伝え合う。おもに、相手の演技やまじらぶ原作の賞賛を。
ハイテンションでお喋りしていた、その時。
「カトリーア」
少し低い声の主は、呼ばれた彼女が振り向くよりも早く、その腰に腕を回して後ろに引いた。バランスを失いよろけた彼女が、その胸にぽすりと収まる。
「ちょっとアリア嬢と近すぎない? 僕とは顔を近づけるだけで逃げるのに」
「ら、ラギさま……!」
「殿下。こんにちは」
ラギリス殿下は私を見て、にこりと微笑んだ。一見明るい挨拶のようだが、しかしその顔にどこか黒さを感じたのは気のせいだろうか。
彼はまたカトリーアさまの方を見ると、今度はどこからどう見ても黒い笑顔で微笑んだ。
「そんなに仲良くされると、流石に妬くんだけど。僕は、君の周りの女性にまで警戒しないといけないのかな?」
「ラギさま! 誤解しないでくださいませ、アリアさまはただのお友達ですわ!」
「へえ。じゃあなんで、あんなに近かったのかな?」
「それは……」
カトリーアさまが一瞬言葉に詰まり、私の方を困ったように見た。視線を受けた私は、こくりと頷く。
「アリアさまと、小説のごっこ遊びをしていましたの……。二人とも大好きなお話だったから、つい盛り上がってしまって」
「そう。でも今度からは、あまり近づきすぎないよう気をつけるように。アリア嬢もびっくりするだろう」
「ごめんなさい」
カトリーアさまは素直に謝る。
殿下はまだ少し不服そうだったが、引き下がってくれたようだ。
「そういえば、殿下は校舎の方からいらっしゃいましたけど、どこかへ行かれていたのですか?」
「ああ、図書館にね。ちょっと調べ物をしたくて。帰りにカティをお茶に誘おうと思っていたから、ここで出会えてちょうどよかった。カティ、寮の庭に行こう」
「ええ、もちろん」
殿下からの誘いを快諾したカトリーアさまは、何かを思いついたようで、ポンと手を打った。
そのにこにこ笑顔と爛々とした瞳に、嫌な予感が……。
「そうだ! アリアさまも一緒にいかが?」
……悲惨な状況が見える気がする。この二人に挟まれた状況で、お茶なんて飲めるはずがない。想像しただけで、甘すぎて胸焼けがしてくる。
「私は遠慮しておきますね」
「ええっ。どうして? 二人よりも三人の方が楽しいのに」
――そこは察してください、カトリーアさま。ほら、殿下も苦笑いになってますよ。
「婚約者のお二人の間に私が入るのは少々申し訳ないので」
「そんなこと、気にしなくていいのに」
ぷうと膨れる彼女も可愛いが。
カトリーアさまはよくても、私が気にするのだ。
「と、とにかく私はこれで失礼させていただきます! カトリーアさま、小説のお話はまた今度にでも!」
「あっ」
私は、逃げるようにその場を去った。
お茶会日和の春の陽気は、確かに人を誘いたくなるのもわかるけれど……。
今度、今日断ったお詫びも兼ねて、私から彼女をお茶会に誘ってみようと思ったのだった。
***
息抜き回でした。お楽しみいただけましたら幸いです。
面白ければ評価(☆)、リアクション等お願いします!
【お知らせ】
明日からは毎日投稿をストップして、私の執筆スピードに合わせての投稿になります(とはいってもストック話がかなりの量あるので、ある程度継続的に更新していきます)。
次話は来週火曜日(10月7日)朝7時半に投稿します!5話連続です!キリがいいので。
更新予定日は作者のXでポストします。
X→ https://x.com/jiu_mapleleaf?s=21
また、更新通知がくるので、ぜひブックマーク登録をしてお待ちください!




