113 らぶらぶ夫婦
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その夜、私はカトリーアさまのお部屋にお邪魔していた。セシルさまも一緒だ。
各部屋にはベッドがひとつずつしかないため、ひとり一部屋が割り当てられているのだ。
「ねえねえアリアさま、恋バナしましょ」
瞳を輝かせて、カトリーアさまがにじり寄ってきた。
これはおそらく、何かよからぬことを企んでいる時の目だ。それも、彼女には利になるが私からすると迷惑な類の。
おおかた、私に好きな人がいるかとかそういう話だろう。うーん、いないので話すことも特にないし、この話題は断りたい。
しかし、ここで断るには理由がない。私とセシルさまはおしゃべりをするためにここいるのだから、そのおしゃべりの話題を断るのは不自然だ。
となれば、何かしら別の話題をぶつける必要がある。それも自然に、怪しまれないように。
一瞬の思考ののち、私はいいことを思いついた。もしかしたら、カトリーアさまよりもワルい顔をしているかもれない。
「いいですよ。私、カトリーアさまと殿下の出会いが知りたいです」
にやりと笑って、私は言った。
攻めようとしていたところを逆に責められたのが予想外だったようで、カトリーアさまは目を見開く。そしてすぐに、顔を真っ赤に染めた。
「いいいいいや、私はアリアさまに好きな人がいないか訊こうとしたんだけど!」
「いませんよ。いないので話せることもありません。ほら、早く殿下とのお話を聞かせてください!」
「むうぅ」
「あたしも聞きたい! 二人の出会いから婚約までの話は知ってるけど、何回聞いても面白いし。一人の時に思い出し笑いとかしてるし」
「ちょっとセシル、それは初耳よ」
「だって言ってないもん」
二人から期待のこもった目を向けられて、カトリーアさまは大きなため息をついた。
「……絶対に、茶化したり揶揄ったり広めたり笑ったりしないでよ?」
話す前から照れて赤くなっているその顔は、最高に可愛い。殿下に見せたら鼻血を噴いてしまうかもしれない。
カトリーアさまは諦めを滲ませた表情のまま話し始めた。いつもより、少し口調が荒い気がする。
「私は、最初は、お妃さまになんてなりたくなかったのよ」
だから、婚約者候補のお茶会があっても、絶対に殿下を避けてきた。
休めるお茶会は全部休む。
王族主催のものなど休めないものには参加するけれど、殿下には近づかない、視界に入らない、会場の隅っこで縮こまるというのを徹底していた。
公爵令嬢だから最低限の挨拶はしないといけないけれど、それ以外での接触は極力避けてきた。
「……それなのに! なぜか! あのラギさまは、私のことを認知して、さらに婚約者に指名したのよ! ほんとにほんとに、どうして!!」
「この話、カティが喋りながらだんだんヤケクソになっていくのが面白いんだよねえ」
拳を握りしめぷるぷると震わすカトリーアさまの隣で、セシルさまはにこにこ笑っている。
「そんなに会わないように徹底していたなら、一目惚れとかじゃないんですか?」
「あたしもそう思うなあ。それか、カティの気づいていないところで覗き見されてたか」
「でもラギさまの性格からして、一目惚れっていうだけで婚約を決めるとは思えないのよ。普段はあんなにふわふわしてるけど、仕事はちゃんとこなすし意外と真面目でしっかりしてるタイプだから」
たしかに、学園での殿下が提出物を忘れたり低い成績を取ったりしたところを見たことがない。
授業で当てられたらスラスラ答えるし、魔法も体育もその他の実技教科も平均をはるかに上回っている。今まで、『殿下だから』という言葉でひとくくりにして納得してきたが、たしかにあれは相当の努力がなければ実現できないものだろう。
「ううう、私の努力はなんだったの……」
カトリーアさまはしゅんと俯いて嘆いている。
「いいじゃないですか。結局、殿下に捕まってカトリーアさまも幸せでしょう?」
「……それはそうだけど」
彼女は、認めるのはなんだか悔しい、と唇を尖らせた。
「カティも恋に落ちちゃったんなら、それが運命だったってことだよ。外から見てても胸焼けしそうなくらいラブラブなんだからさ、素直になりな? 『私は殿下と一緒になれて嬉しいです』って」
「いい夫婦ですよね、お二人」
二方向からの温かい視線に、カトリーアさまは「まだ夫婦じゃないわよ!」と叫んだ。
「そ、そんなことよりアリアさま、気になる人もいないの? ユーリさまとか」
仕返しにと飛んできた言葉に、なぜか一瞬ドキッとした。
「い、いませんよ! というか、どうして具体例がユーリさまなんですか!」
「あら、ヘレンの方だった?」
「どっちも違います」
「お兄さまはやめといた方がいいよ。ポンコツだから。あたしも、幼馴染としてユーリさまをおすすめするなあ」
「ねえ、ユーリさまのこと、いいなって思ったりしないの?」
「しませんよ! しないのでおすすめもしないでください!」
なぜか二人とも、微笑ましいものを見るような顔でにこにこと笑っていた。
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ちょっとした息抜き回でした。




