第47話 空っぽのベッド
テルセロナ公爵家の屋敷は、王都から外れた山に近い場所にある。
王都の実家と比べると賑やかな小鳥の唄声が、ヒストリカの目覚まし時計だった。
「……ん」
か細い声を漏らして、ヒストリカは目を覚ます。
瞼を開けた途端の光の強さから、随分と遅めの起床であることをヒストリカは自覚した。
幼少の頃より、ヒストリカは早寝早起きを習慣づけていた。
効率よく勉強をするためという、親から強制された結果だった。
しかしテルセロナの屋敷で過ごす中で、少しずつ目覚める時間が遅くなっている。
(少し、気を引き締めないと)
寝起き早々、自分を律するヒストリカ。
形の良い眉が額によって、ただでさえ動かない表情に緊張が走る。
そんな彼女の視界に、白い猫のもふもふが映った。
ヒストリカの夫のエリクが、誕生日にプレゼントとして買ってきてくれたぬいぐるみ、『くも』である。
「…………」
ほんの少しだけ、ヒストリカの頬が緩んだ。
くもを見ると、不思議と胸が温かくなる。
本物の猫と接するように、ヒストリカはくもの頭を撫でた。
ふわふわとした感触。
朝陽を浴びた事によって、ほんのりとした温かさが伝わってくる。
癖になるその感触をしばらくの間堪能して、ヒストリカはハッとする。
(いけない)
パッとヒストリカはくもから手を離した。
以前、と言っても数日前のことだが、くもを抱き締めたり撫でたりしていたところをエリクにじーっと見られてしまい、大変恥ずかしい思いをした。
こほんと咳払いをする。
それから、私は何もしていませんよとばかりにゆっくりと、後ろを振り向いて。
「あら……」
いつもはすぐ隣で寝息を立てているはずのエリクの姿は、そこには無かった。
シーツを触ってみると、ひんやりとした感触が掌から伝わってくる。
どうやら随分と前に、旦那様はベッドから離脱したらしい。
今まではヒストリカが先に起きていたので、このパターンは新鮮だった。
ヒストリカが早起き過ぎるのもあるが、単にエリクが睡眠不足過ぎるのが理由だろう。
そこからのヒストリカの行動は早かった。
しゅたっとベッドから降りて、ヒストリカは足早に寝室を出た。
そのまま一直線に、ある部屋を目指す。
その途中、廊下の曲がり角で見覚えのあるシルエットと鉢合わせた。
「おはようございます、ヒストリカ様っ」
朝の目覚めに良さそうな溌剌とした声で挨拶をしたのはヒストリカ専属の侍女ソフィ。
付き合いはエルランドの実家にいた時から3年とそれなりに長く、公の場以外ではフランクなやり取りをする仲である。
サイドで纏めたブラウンの髪。
低く小柄な体躯はテルセロナ家のメイド服を纏っている。
小動物を彷彿とさせるくりっとした瞳に、あどけなさが残る丸みを帯びた顔立ち。
主人のヒストリカと違って感情がすぐ顔に出るソフィは、ご主人様を見つけた子犬のように表情を明るくしていた。
「おはよう、ソフィ。エリク様は?」
ヒストリカが尋ねると、ソフィの表情がみるみるうちに微妙なものへと変化した。
「あー……えっとですね……」
「察したわ」
頬を掻くソフィに、ヒストリカは淡々と言った。
「あまり怒らないであげてくださいね」
「エリク様次第です」
ソフィにそう返答して、ヒストリカはエリクの執務室へと向かう。
コンコン。
「失礼します」
部屋の主からの返答を待たずして、ヒストリカは執務室に足を踏み入れた。
部屋の主であるエリクは、書類の山が聳え立った仕事机に座っていた。
服装はいつもの仕事着ではなく、なんとパジャマ。
さらに色々察して、ヒストリカは盛大なため息をついた。
「うぇっ……」
ヒストリカと目が合うなり、悪戯がバレた子供みたいな反応をするエリク。
すっ──と目を細めて、ヒストリカは朝の挨拶を口にした。
「おはようございます、エリク様。お着替えもせずに、書類とお戯れですか?」
大変長らく更新をあけてしまい申し訳ございませんでした。
ヒストリカ第二章について、これからポツポツ更新していく予定ですので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
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