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異世界でも凡骨は希う  作者: 日暮キルハ


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凡骨は知り合う

 佐藤夢路(さとうゆめじ)。

 資料室で本を抱えてうろうろしている彼女の名前だ。


 クラスメイトの一人。休み時間に前の席で文庫本を読んでいる姿が印象的だったただのクラスメイト。

 当然のごとく、彼女と話したことはない。なんなら話したことのあるクラスメイトの方が少ないまである。悲しくなってきた。

 悲しいことにそんなわけで俺はほとんどのクラスメイトと会話という会話をした記憶がない。たぶん記憶だけでなくて本当に一回たりとも話したことなんてなかったんだと思う。


 でも、だからといってまるでクラスメイトのことを知らないのかと問われるとそれは少し違う。

 関心がないわけではない。ただ単に理由のない雑談の始め方がよく分からないだけ。どうやって会話をすればいいのかが分からないだけ。

 本当に、ただそれだけなのだ。

 だから、きっと俺はクラスメイトが思っているよりよほどクラスメイトのことを知っている。少なくとも、表面的な情報に関しては。


 些か気持ち悪い自覚はあるが、そんなわけで俺は佐藤さんのことを多少なりとも知っている。

 彼女が文芸部に所属していることを知っているし、俺と違って数こそ多くはないものの友人がいることも知っている。

 本が好きで休み時間はずっと本を読んでいて、育ちがいいのかやけに姿勢が良くて字が綺麗なことも知っている。

 少し、ほんの少しだけ引っ込み思案だから授業で回答を振られる度に緊張で耳を赤くしていることも知っている。


 なんだかいよいよ気持ちの悪いストーカーのような偏った知識になってきているが、とにもかくにも俺は佐藤さんを知らないとは言えない程度には佐藤さんのことを知っている。

 そして、それは当然こ(・)の(・)世(・)界(・)に来てからも同様だ。


 ギフトの名は「読書家」。

 ステータスと一部のスキルに補正のかかるギフトでランクは1。

 こちとらランク0とかいう泣きそうになるギフトを与えられているので十分に強いように思えるが、残念ながらクラスでの彼女のギフトの評価は決して高いものではない。

 それは彼女の現在の待遇にも顕著に表れていて、彼女を指導している騎士は他にも複数名のクラスメイト達をまとめて指導していて、傍から見た限りでもその指導係の指導に対しての熱が彼女に向けられているようには見えなかった。


 きっと、あの模擬戦のあった日から俺以外の待遇も徐々に徐々に変わってきているのだ。

 平等に真摯にクラスメイト達に教育を施す時間は終わり、ここから先はきっと優秀な者とそうでない者への区別がこれまで以上に明確化していく。

 それが元々あった指導にあたる騎士の数であり、その限られた指導係から受けられる指導の質の差なのだろう。

 そして、彼女は比較的「下」のグループで、その中ですら「下」にいるのだ。


 つまるところ、彼女はおそらくこのクラスで俺の次に立場が弱い。


 と、ここまでが俺が勝手に観察してこうだと決めつけている佐藤夢路という人間の人間性。

 所詮は表面的なものに過ぎず、こんなもので相手を知るなんてことは到底不可能だ。

 だから、俺は今彼女がどうして資料室に来ているのか分からないし、何をしているのかも分からない。


「…………」


 資料室でいつも鎮座している司書さんに近づいて目が合うと目を逸らして何歩か後ずさってまた本を抱えたままうろうろと棚を見て回る。

 かれこれ十分ほど眺めていたが佐藤さんにこれ以上の行動はなかった。


 もし、資料室を出るのならそれを待ってから入ろうと思っていたのだけどそれを待つ意味もあまりなさそうだ。

 見るだけで相手のことを理解できるなんて厚かましいことは思わないけれど、それにしたって十分以上同じような行動をとっているのを見ればさすがに大体何を望んでいるのかは分かる。


「あの……佐藤さん?」


「……っ!? あ、えっと……こんにちは」


 人に声をかけるのは苦手だ。

 でも、ほとんど誰もいない部屋の中で顔の分かる相手を見なかったものとして扱うのはもっと無理だ。

 かけた声に肩をビクッと震わせて振り返る佐藤さんになるべく友好的な表情を浮かべることを意識して言葉を捻りだす。


「もしかして、何か探してますか? よかったら手伝いますけど」


「え……。あ……。う、ううん。大丈夫。大丈夫です! 自分で探せるので!」


 俺はそうだが、佐藤さんもあまり初対面の人間に話しかけるのがうまいようには見えない。

 だから司書さんに話しかけられない。けれど司書さんに話しかけたい用事はある。

 資料室で司書さんに話しかける用事なんてほとんど一つしかない。


 そう決め打ちしての確認はどうやら間違ってはいなかったらしい。

 どうやら助けは必要なかったみたいだけれど。


「……そうですか」


 断られてしまった以上、俺にこれ以上できることはない。

 無視をしたわけでもないしこの辺りが退き時だろう。


「……あ、あの……っ」


 そう思い、いつも座っている席へと歩を進めると背後から声がかけられる。


「えっと……ありがとうございます。白鷺君」


 振り向く俺に佐藤さんはお辞儀をしてそう言った。

 別に何もしていないのに。どうやら見ただけで分かる以上に彼女は律儀な人らしい。

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